第49回


*使用したお題*
感情
腹八分目じゃ足りない


彼女は些細な事でも感情を露わにする。たとえばそれは大好きな食事の時であってもそうだ。
目の前で上機嫌を隠さずに次から次へと運ばれてくる料理を口に含んでいる姿を見ながらカインが「美味いか?」と聞けば手を止め、満面の笑みで頷いた。
「ここのお料理、すっごくおいしいですね!バロンの城下町にこんなところがあったなんて、知らなかったです!」
「なんでもつい最近出来た店だそうだ。部下が話していたのを小耳に挟んでな」
「へぇーなるほどです!」
言葉に相槌を打ちながらも手は休まずに動いている。テーブルの隅や座られていない椅子には綺麗に空となった皿が何枚も積まれていた。その量の多さに周りにいる客が彼女に好奇の眼差しを送っているが当の注がれている本人は全く気付いていない。
――ある日の昼時。城下町に買い物がてら出てきたのだがそこでカインは以前より連れてきたかった店へと彼女を案内したのだ。
「お値段は程よくて、しかも味はばっちり!うん、私こういうお店大好きです!」
「そうか、それは連れてきた甲斐があったな」
「はい!ありがとうございます!」
満面の笑みで礼を述べる姿に自然と笑みが浮かぶ。
目の前にあった皿を隅に置くや店員を呼び、メニューを広げながら店員と話しながら注文をしている姿を見ながらそれにしてもよく食べるものだと改めて感心をする。
月での戦いの時はさぞ食べれなくて不満だったのではないかと思うくらいだ。
「カインさん、カインさん」
「なんだ?」
「何か注文します?さっきから食べてないじゃないですか」
「いや、俺はいい」
「えっでも」
「それよりもお前が食べたい物を注文するといい」
「そ、そうですか?じゃあ遠慮なく!」
お前が幸せそうに食べている姿を見ているだけでこちらは満腹になる、とは言わず心の内にそっとしまっておきながら店員と話をしている姿を見つめる。
開いているメニューのページの料理を一通り注文し終え、店員が去ると高揚した気分の色を隠さない瞳がこちらを見つめる。
「カインさんって意外と小食なんですねえ」
「お前から見たらそうかもしれないな」
「ふふんっ、私はまだまだ食べれますよ!」
小柄で華奢な体のどこにこれだけ大量の食べ物が入っていくのか、気になるところではある。
目の前で次の料理はまだかとそわそわとしている姿を眺めながら水を口に含む。
しばらく無言の間が続く。だが居辛さは感じずむしろ心地よいくらいだ。彼女といる時は気を張らずに済むからなのかもしれない。
穏やかな時間だ、と思っていると目の前から名を呼ばれる。「なんだ?」と問えば先程からずっと変わらずの笑顔のままで彼女が言葉を紡ぐ。
「そろそろご飯を頼むのはこれくらいにしようかなぁって思うんですけど」
「満足したのか?」
「ん…正直に言うともうちょっとだけ食べたいかなーって思うんですけど、でもあんまり食べてばっかりだとカインさんとお買物が出来ないなーって」
「時間はまだある。気にする事はないぞ」
「それはそうですけど…」
自身の言葉に悩む仕草をする姿を何も言わずにじっと見つめる。
数分の後。答えを出したのか、ぱぁっと何故か表情を明るくさせながらこちらを見つめ「あのですね」と言葉を続ける。
「私の中は、いまご飯を食べてほどほどに満たされてるんです!でもいっぱいじゃないんです!じゃあいっぱいにするにはどうしたらいいのか?ご飯じゃなくてカインさんとお買い物をする事だと思うんですよね!」
だからお買い物、行きましょう!と笑顔で言葉を続けるが彼女の言葉が想定外で咄嗟に言葉を返す事が出来なかった。
彼女は言葉を飾らない。思い、感じた事を素直に言う。だからこの言葉は偽りのない真実だ。そう思った瞬間、一気に自分の中で充実感と満足感が広がり、と同時に何とも言えない気恥ずかしさを感じてしまう。
彼女の笑顔と瞳を見ていられず、思わず目を閉じ額に手を当てる。すると「ど、どうかしましたか?」と心配を含んだ声音が聞こえてきた。その言葉に「何でもない」と答えるがその声は自分が出したというのに酷く小さかった。
「ほ、本当ですか…?」
「……あぁ。心配するな…」
「は、はい…」
何も何でもなくはないがまさか彼女に理由を言う訳にもいかない。平常心を取り戻すべく小さく息を吐き、意を決して彼女を見れば心配そうに揺れる瞳と目があった。
その瞳を見て不安を取り除いてやらねばと思い、言葉を口にする。
「運ばれてきた料理を食べ終わったら買い物へ行くか」
「…!はい!」
自分の言葉に先程までの瞳の色は一瞬で消え去る。本当に彼女は素直で他人や自分の心を満たすのがうまい。それ故に出来ればその素直さは自分だけに向けてくれたらいいのだが、と思うが。
運ばれてきた料理に再び嬉しそうに手を付け始める姿を見つめながら食べ終わったらどこへ連れて行ってやろうかと考えを巡らせるのであった。









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