第46回


*使用したお題*
夜明け
あふれてこぼれた

薄暗い室内を照らすのは仄かなランプの灯りだけであった。
かつては漆黒の空にいた輝く月や様々な色で瞬く星達、または透き通るような青い空に浮かぶ太陽がランプと共に照らしてくれていた室内であったが今ではその場面は夢での光景だったのかもしれない。そう錯覚をしてしまう。
古びたドアを出来るだけそっと閉め、部屋へと入る。
室内には壊れかかったベッド、今にも倒れそうな棚、座ると今にも壊れそうな椅子やちょっとした重みで真っ二つになりそうなテーブル――そしてそんな古びた家具達には不似合いな、一目で高値であろうソファーが1つ。
そしてそんなソファーには頼りない灯りだけの室内でも分かる銀色の物が散らばっていた。まるでソファーの模様のように。
「セッツァー」
返事はないと分かりつつもソファーにいる主に声をかける。
ソファーの主ことセッツァーはソファーに寝転がっていた。私から背を背けて。
そんな彼の足もとには空となった酒瓶が好き放題に寝転がっていた。それらを一本一本回収し、部屋の隅へと追いやる。
――彼がこんな姿になってしまってどれだけの時間が流れたのか。つい最近だったか、ずっと昔だったか。時間の流れが最近になってあやふやになってきた。
かつて彼が愛した飛空艇で共に飛び回った日々は今や何十年も昔に感じられた。そっと彼の背中を見つめ、静かに目を閉じる。
帝国の野望を阻止しようと仲間達と共に飛空艇で飛び回った日々もあった。それはいつだったか。手にしている空となっている酒瓶に指を滑らせる。
いつだったのかはもう酷くあやふやだけれど瞼を閉じれば昨日の事のかのように思いだせる。あの時は辛い事も沢山あったけれどそれでも楽しさもあった。
けれど今はどうだろうか。嬉しい事も楽しい事も何もない。かつて私に背を向けている彼の傍にずっといたいと願った事は、今や現実となったけれど私はこんな彼と一緒にいたい訳ではなかったはずだ。
だからこそ初めは彼に対して前向きな言葉をかけていた気がする。けれどもいつしかそれが無駄なのだと気づき、やめてしまった。そうだ、そこから時間の流れがあやふやになり始めてきたのだ。

そっと目を開け、再びセッツァーを見る。
私が好きだった彼はいつも不機嫌そうな表情を浮かべていて、けれどもお人好しなところがあって。根は顔に似合わず優しい人なのだ。
そして何より私が好きだったのは飛空艇を操縦している姿だった。
目を閉じなくても飛空艇を操縦しているセッツァーの姿は思い浮かべる事が出来る。あの姿に私は惹かれたのだ。
もう一度あの姿を見たい。そう願うけれどもう叶うことはないだろう。今の彼の背中がそれを物語っていた。

手にしていた酒瓶を床に置き、静かに部屋を後にする。
今の私に出来る事は彼がいつか昔の様な姿になった時に困らない様にしておくことだけだった。
私の言葉は彼には届かない。けれど私は彼の役に立ちたいのだ。その思いだけがあるからあやふやになった時間の中でも生きていける。
あやふやな時間の中でセッツァーの存在だけがまるで薄暗い室内にあったランプのように灯りを灯しているのだ。
外へと通じるドアを開け、何となく空を見上げる。
不安定な空はまるで今の私やセッツァーを表しているようだった。いや私達だけではないだろう。誰もが今やこんな感じではないだろうか。
空から視線を外し、歩き出す。

いつか、いつか昔の様な空をまた見れたら。
そんな叶う様な叶わない様な願いを胸に秘めて見えない空を行く。
けれども見えない空にも終わりはあるものだ。その終わりがどんな終わりなのかは分からないけれど。

――不意に背後から名前を呼ばれる。
不思議に思い、振り返ればそこにはこちらを見つめる男女の姿。
その姿を認識した瞬間、私の見えない空は終わりを告げた。









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