青空と花を見る-01-


ふぅ、と風に紛れながらも微かに届いた吐息混じりの溜息にセオドアは瞳に疑問の色を浮かべながら横にいる、溜息をついた主へと視線を向ける。
そこにいるのは城の外で剣の手入れをしている真っ最中だった自分を見つけ、寄ってきた魔道士のシオンだった。最近は父であるセシルの手伝いで各地を奔走している彼女が珍しく城にいた。
幼い頃から笑顔で遊び相手になってくれていたシオンがどこか悲しげな表情をしながら溜息をついている姿にセオドアは何かあったのだろうかと剣の手入れをしていた手を止め、シオンの顔を覗き込む。
「シオン、何かあったの?」
そう聞くとシオンは「んっ?」と我に返った様な顔をしながら「どうしたの?」とセオドアを不思議そうに見つめた。そんな彼女にセオドアは「ぼくの話、聞いてなかったの?」と少しだけ拗ねた様に言えばシオンはへにゃりと愛想笑いを浮かべた。
「ごめん、聞いてなかった」
「…もう。何かあったの?って聞いたんだ」
「へ?なんでそんな事を聞くの?」
「さ、さっき溜息をついていたじゃないか」
「……そうだったっけ」
「もしかして無意識?」
少しだけ驚きを顔に浮かべながらセオドアが聞けばシオンはこくりと頷き「溜息ついてたんだね」とまるで他人事の様に言った。
そんなシオンにセオドアは今度は不安を覚え、まだ幼さが残る顔にその感情を表しながら口を開く。最近のシオンは多忙過ぎてほとんどを城外で過ごしているし、その事で父が頭を悩ませている事をセオドアは把握していた。
「無理してない?大丈夫?」
だから自然と口からそんな言葉が零れた。シオンは口ではいい加減な事を言ったりもするが根は真面目過ぎるところがあった。だからセオドアも心配をしているのだ。
けれどシオンから返ってきた言葉はセオドアの予想をある意味裏切る言葉であった。
「大丈夫だよ。疲れてるとかそういうのじゃないから」
「え?」
口早に言ったシオンの言葉にセオドアは目をぱちぱちと瞬かせ、その様子を見たシオンは小さな声で「あっしまった」と声を洩らしてしまった。
そしてその小さな声をしっかりと聞いたセオドアは瞬かせていた目に少しだけ怒りの色を滲ませながら眉を少しだけ寄せたかと思うとぐいっとシオンに顔を近づた。そんなセオドアの行動が想定外だったのかシオンは驚きの表情を浮かべながら目を見開いた。
「ぼくに隠し事?」
「えっ、あ、いや、そういう訳じゃ」
「じゃあ話してくれるよね?」
「な、なんでそんなに聞きたがるの!」
「シオンがぼくに隠し事をするからだろ。何を隠してるの?」
言うまで離れないから、と言えば観念をしたのかシオンが「言うから言うから!」と声を張り上げた。その声にセオドアは顔を離す。意外と押しに弱いのだ、シオンは。それを知っていたからこそ少しだけ強気に出たのだがうまくいったようだ。
シオンが今まで自分に隠し事をする様な事はなかった…いや、もしかしたら今までもしていたかもしれない。けれど今の様なあからさまな態度はした事はなかった。だからこそセオドアはそれが気に入らなかったのだ。
「笑わないでよ…」
「うん」
「こ、恋に悩んでるのよ」
「……え?」
セオドアから顔を背け、ぼそりと呟かれた言葉にセオドアは再び目を瞬かせ、それに気づいたシオンはほんのりを顔を赤く染めながら「だから言いたくなかったのに!」とセオドアをキッと睨み付けながら不貞腐れた表情を浮かべる。
そんな彼女に対してセオドアはどういった態度をとればいいのか分からなかった。きっと仕事に関する事だろうくらいにしか思っていなかったからだ。
恋。確か月に行っていた時に共にいた人達が語っていた内容だった気がする。けれどセオドアにはよく分からない内容で流し程度に聞いていたくらいだった。好きな人と一緒にいたいと思う気持ち…だった気がする。記憶が曖昧すぎて合っているかも分からないが。
「…シオン、好きな人がいるの?」
「……うん」
「そ、そうなんだ……な、なんかごめん」
「い、いや、別にセオドアが謝る事はない…と思う…よ…?」
「う、うん…」
なんだか気まずさを覚え、セオドアは視線をゆっくりと剣へと向けた。かつて父たちと共に行った月で振るっていた剣は戦いが終わった後も手入れを欠かさずに行っている。あの時と同じで今も世界の平和の為に振るう剣だ。そしてかつては剣を振るう自分の傍にシオンもいた。魔法を得意とするシオンは後方から時には支援、時には攻撃を行っていた。その魔法にセオドアは何度も助けられた。
セオドアにとってシオンは姉の様な存在であった。両親を手伝う傍らで勉学や遊びを教えてくれたのは彼女だった。そんな彼女が人知れず恋に悩んでいた事にまったく気付かなかった。
剣へと向けていた視線をちらりとシオンへと移せばシオンは上空に広がる青空を見つめていた。今日は雲が一つもない快晴で、だからこそセオドアも自室ではなく外を選んだのだ。
その空を先程セオドアが話しかける前に見せていた瞳で見つめているシオン。セオドアの中のシオンは常に笑顔で自分とは違って悩む姿とは無縁な存在であった。だから今の様に彼女を悩ませている人物が誰なのか気になった。けれどこれは聞いても良いことなのだろうか。セオドアはまだ恋というものを経験した事がなかった。いやもしかしたら経験をした事があったのかもしれないがそれを恋と呼べるのかが分からない。
「あのさ、」
「うん?」
「その人に、好きって言えないの?」
結局知りたい気持ちが勝った。恐る恐る訊ねれば空を見上げていた瞳がゆっくりとセオドアへと向けられ、目が合うやシオンはふんわりと笑った。
「言わないよ。だってその人にはずっと好きな人がいるからね」
「…そ、そう、なんだ…」
セオドアはどんな反応をすればいいのか分からなかった。恋を知っていたら彼女に慰めの言葉をかける事が出来たのかもしれない。
言いたくても言えない言葉。それは内容は違えどきっと胸の内では苦しい思いをしているのだと思った。かつてのセオドアがそうであった様に。
「ねぇセオドア」
「な、なに?」
気がつけば先程セオドアがした様に、シオンが顔を近づけていた。突然間近に迫った顔に思わずセオドアがたじろげばそれに気づいたのかシオンは小さく笑った。
「こういう時はね、ならぼくがお嫁さんにしてあげるよ!くらい言える様にならなきゃ」
「な…!な、何言ってるんだよ!そ、そんな事言える訳…!」
「ふふふ、冗談だって」
そういうところはセシルさんとそっくりだなあと笑い声を含みながら言うシオンにからかわれたのだと分かったセオドアはむっとした表情で唇を尖らせ、それに気づいたシオンはますます笑う。
「あと数年したらセオドアのお嫁さんになるのも悪くはないかなあ」
「冗談か本気なのか分からない事は言わないでよもう…」
「ふふっ、拗ねない拗ねない」
「拗ねてない!」
シオンの顔がゆっくりと離れる。その顔にはいつも浮かべている、セオドアが好きな笑顔が浮かび上がっていた。その笑顔を見て、先程までの話は終わりなのだと悟る。
「そろそろ私は行くよ。風邪を引かないようにね」
「そ、そうやってすぐ子供扱いする!…シオンこそ気を付けてよ」
「はいはい」
ぽんぽん、と軽くセオドアの髪を撫でる様に触るとシオンは城内へと消えて行った。その背を見送るとセオドアは1人空を見上げ、しばらくするとある事に気付いた。
「…そういや誰か聞き忘れちゃったなぁ」
物心ついてからずっと傍にいてくれたシオンがどんな人を好きになったのか。興味が半分、応援をしたい気持ちが半分、セオドアの中にはあった。
シオンは諦めている様子だったが彼女が思っている事が間違っている可能性だってある。もしそうだったら何としてでもその恋を叶えてあげたかった。それが今までの、そしてこれからも自分の傍にいてくれようとしている彼女への恩返しになるだろうから。
青い空を眺めながらセオドアは剣の手入れをする事を忘れ、どうすれば良いのか考えるのであった。









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