見えぬ真相と想い


成り行きとはいえ我ながらすごい事をしているなと最近、このもう一つの月に来てから感じるようになっていた。
数十年前にある事件で故郷と家族を一瞬で奪われ、居場所を無くした私は気がつけば各地を転々としていた。その中で世界の異変の騒動に巻き込まれ、今に至る訳だ。
共に戦っているのは数十年前の事件を解決した英雄達とその子供達や関係者――そして、私から全てを奪っていった事件の当事者。
まだ幼かった私の前で彼――ゴルベーザは一瞬のうちで私の全てを奪った。崩れ落ちる家々、各地で上がる人の悲鳴。今でもそれらは色がついた状態ではっきりと思い出す事が出来た。
残虐非道な事を繰り返していた男はてっきりセシル王達の手によって殺されていたと思っていた。だが彼は生きており、何と各地の幻獣達をリディア様達と共に助け出したのだという。それだけでも困惑をするというのに彼はこの月に共に来ていて、私達を助けてくれているのだ。
まったくもって意味が分からなかった。だって私の記憶の中の彼はそれらとは無縁な男、としか記憶にない。配下だったであろう魔物ですら人と共に焼き払う事もしていた彼が、今は私達と共に戦い、時には身を呈して攻撃から庇ってくれたりしているのだ。
そんな姿を見るたびに数十年前の彼と同一人物なのかと疑ってしまうのだが周りの、かつての英雄達の反応を見ていると確かに同一人物なのだ。
「理解出来ません」
思考の海に沈んだままだった私の口が無意識に言葉を発したのに気付いたのは目の前から向けられた視線のおかげだった。
いつの間にか俯いていた顔をゆっくりと上げれば視線の主と目が合う。
今は先程の魔物との戦いで負傷をした彼――ゴルベーザを治療している最中だった。傷は深くなかった為、わざわざ私よりも白魔法が得意な方達がやる必要はないと自ら買って出たのだった。
正直に言えば彼を治療するという行為に対して複雑な気持ちがない訳ではない。だがそうは言っていられる状況ではなかったし何より私を庇ってくれた際に負ってしまった怪我だ。私が治すべきである。
私が呟いた言葉の続きを彼はじっと待っているようであった。だが無意識に呟いてしまった言葉には先はない。そう頭では思っていたのだが口はすらすらと言葉を吐いていく。
「貴方は本当に私から全てを奪った人なんですか」
胸の内でずっとぐるぐると渦巻いていた感情達を吐き出すと一瞬だけ彼の瞳が何かを映し出した気がした。けれどその正体が私には分からなかった。
ややあって彼が「そうだ」と静かな声で言う。その答えに思わず治療魔法の為に彼にかざしている両手が震えたのが自分でも分かった。何故震えたのか。それはかつての封印したくてもする事が出来ない記憶が蘇ったからか、それとも別の理由があるからか。
「私はお前から全てを奪い、苦しめた元凶だ」
「…じゃあ、なんでさっき私を庇ったりなんかしたんですか」
その問いに対しての返事は言葉では返ってこず、代わりに彼の瞳が静かに閉じられた。その反応が何を意味するのか分からないがただ一つ言えるのは彼がその問いに対して語るつもりはないという事だ。
「話してくれないんですか。ならもうさっきみたいな行動は止めてください」
今まで彼に抱いていた感情は負の感情だけだった。その感情が、この月に来てからじわじわと消えていく事が怖かった。許してはいけないのに許しそうになる。それでは死んでしまった人達に顔向けが出来ない気がして。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼の返答は私の言葉の否定であった。
「それは出来ぬ」
ゆっくりと瞳が開かれ、視線が合う。彼の瞳の中に映っているのは硬直している私の顔だった。
「謝って済む事ではない。だが、すまない」
はっきりと私を見据えながら彼は謝罪を口にし、同時に私は悟った。この人は私の胸の内の葛藤を知っているのだと。知っていて、それでも私を苦しめる。そんな姿はかつての彼ではないのか、と思うのにどこかで違うと否定する自分がいる。
「…貴方は酷い人ですね。それはあの時から変わらない」
かざしていた手を下げ、震える声でそう告げれば彼は再び瞳を閉ざした。










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