近くて遠い記憶



「ゴルベーザ様、ゴルベーザ様」
呼び掛けながら主であるゴルベーザ様の顔を覗き込む。普段は漆黒の兜で覆い尽くしている素顔が見れるのはこうして彼が寝ている時だけであった。
毎日変えている、真っ白のシーツの上に散らばる彼の銀色の髪はまるでシーツに模様を付けているようであった。微かに陽の光を浴びて輝くその髪をそっと指に絡める。
いつ触っても綺麗な髪だなと思いつつしばらく堪能をし――はっと目的を思い出す。自分はゴルベーザ様を起こしに来たのであった。危うく忘れる所だった。
「ゴルベーザ様、起きてくださいよー朝ですよー」
先程より少しだけ大きめの声で呼べば、ゴルベーザ様が微かに身じろぐ。そしてゆっくりと髪と同じく普段見る事が出来ない紫色の瞳が開かれた。
「おはようございます、ゴルベーザ様!」
「……シオンか」
「はい、もう朝ですよ」
ゴルベーザ様が寝坊をするなんて珍しいですね、と言葉を続ければすかさず「黙れ」という言葉が返ってきたが寝起きの為かいつもより覇気がない。
こんなゴルベーザ様は滅多にない。上半身を起こし、片手を額に当てているゴルベーザ様を見ていると少しだけ好奇心が疼く。
「夜遅くまで何をされていたんですか?」
「…知ってどうする」
「いや、別にどうもしませんけど…気になっちゃいまして」
「別に何もしていない」
「あっもしかして昔みたいに夜遅くまで本を読んでいたんですか?大きくなっても変わりませんね!」
少し前――いや数年前か。まだ彼に少年という言葉がぴったりな時の頃の姿を思い出し、思わず笑う。世界各地から集めた黒魔法の書物を読み漁っていた姿は自分の中では記憶に新しかった。
今ではそのおかげか立派な黒魔法の使い手になったものだと思っていれば「昔みたいに…?」という何故か疑問符がついた返答が返ってきた。
その声に疑問に思い、ゴルベーザ様を見れば心なしか少しだけ驚きの表情を浮かべている様だった。そんな彼の様子に思わず「え?」と声を洩らしてしまい、慌てて無礼な事をしたと思うや言葉を発する。
「そうですよ。今より少し幼い時は沢山本を読んでいらしたじゃないですか」
「…そうだったか」
「もしかしてまだ寝惚けていますか…?」
「…今日はいつもにもまして随分と生意気な口を叩くな、お前は。そんなに私が気に入らぬか」
「へ!?い、いやそういう訳じゃないですよ…!?」
ぎろりと睨み付けられ、思わず後ずされば直後逃がさないと言わんばかりにすぐさま片手を掴まれた。少し調子に乗りすぎたかと思ったがもう遅い。
「調子に乗りましたっ、ごめんなさい!」
「そう思うのであれば今から言う質問に答えろ」
「お答え出来る事であれば!」
「幼い私は何の本を読んでいた?」
「へ?」
じっとこちらを見ながらそう言ったゴルベーザ様に今度は間抜けな言葉を消す言葉が浮かばなかった。
何故自分の事を他人に聞いてくるのだろう。もしやあまりにも多忙な生活のせいで過去の記憶が飛んでいるのか、それとも本当に寝惚けているのか。
「まだ寝惚けているなどという考えが浮かぶか」
「こ、心の中を読まないでくださいよ!」
「読まなくともお前は見ていれば分かる。それよりも早く答えろ」
「はーい…えっと、そうですねえ、一番読まれていたのは黒魔法の関係の本でしょうか。そして次に歴史書だった気がします」
「その本達はどうした」
「私の部屋にありますよ。ゴルベーザ様が全部私に押し付けたじゃないですか」
「あぁ…そういえばそうだったな」
ようやく思い出してくれたらしい。
ちなみにそれらの本のほとんどは私が用意した物である。幼い頃の彼は人の前に出るのを嫌っていたのだ。理由を聞いても答えてはくれず、結局今でも何故なのかは知らないが。
「確かすべてお前が選別した物であったな」
「そうですよ。どの本も沢山読んでくださいましたよね」
手元に戻ってきた本達は何度も読まれた跡が沢山残っていた。人間と一切関わらないでいたゴルベーザ様にとってのご友人が本であったのだ。
「また何か読みたいですか?探してきますよ」
「……そうだな。たまには良いだろう」
「今のゴルベーザ様にぴったりの物を探してきますね」
捕まれていた手がゆっくりと離される。そういえば出会って間もない頃は手を繋いだりもしたなとふと思い出す。
「何を笑っている」
「いえいえ、少し昔の事を思い出していただけですよ」
「昔、か…」
「ゴルベーザ様は多忙ですからね、忘れちゃったんですよきっと。でも安心してください、私がばっちり覚えていますので」
だから思い出したくなったらまた言って下さいね、と言えば「気が向けばな」と素っ気ない返事。その返事に再び私は笑うのであった。










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