誰よりも一番に


衝動に身を任せて行動をした時、大抵は起こしてから後悔をする事が殆どであった。
またやってしまった、と小さく吐いた息は後悔の念も含みながら宙へと溶けていく。けれどそうしたところで自身の中からは決して消える事はない。
一つのドアの前に立ってシオンは眉を寄せる。薄暗い城内の廊下をゆっくりと進みながら来た足は疲労を訴えている。普段は生活の殆どをベッドで過ごしている身に自身の部屋からこの目当ての部屋までの道のりはかなり険しかった。けれど例え翌日に体調を崩そうがどうしても今来たかったのだ。
(もう寝てしまったかな…)
ここまで来てしまったもののいまいちドアを叩く気になれないのはもう随分夜更けの事だからだ。それに加えて早朝にはこの城を立つと聞いていた。もう寝ているとしたら起こしてしまうのは気が引けた。
行動をしてからこんな事を考えるというのもおかしいものだ、と思わず自虐的な笑みが零れてしまう。
(もしドアを叩いて、返事が無かったら帰ろう)
そう決心をし、ドアをこんこんと優しく叩けば静まった廊下に思いのほか響いた。
数秒待つが中から返事はない。これは寝てしまっているな、と思うのと同時に胸の中に広がるのは安堵と落胆であった。もう眠っているという安堵と会えなかった落胆。出来れば皆より1番にある言葉を言いたかったが寝てしまっているのなら仕方がない。
ゆったりと動作でドアから背を向ける。その時だった。
中から声がした。微かにだが「誰だ?」という声が。思わず「私だよ」と再びドアに向かい合いつつ言えば間を置かず中から盛大な物音が響いた。
その音に思わず目を瞬かせながら「マッシュ、さん…?」と部屋の主の名前を呼ぶのと同時にどたどたという盛大な音と共に勢いよくドアが開かれる。
「シオン!?」
勢いよく現れた部屋の主ことマッシュは何故かこちらを見る目を思いっきり見開いており、思わずその気迫に押され、シオンは一歩後ずさる。
「ど、どうしてこんな夜更けに、いやそんな事は後だ!とにかく部屋に入れよ、寒いだろ!?」
「う、うん…?」
別に寒くはないのだけれどそう言う前に手を引かれ、有無を言わさず室内へと案内される。連れて行かれたのはベッドの上だった。自分が使っているよりもふかふかとしているベッドの上に座らされ、その感触にふかふかだなぁと感心をしていれば隣にマッシュが座る。
「まさかシオンだとは思わなかったぜ…」
「ご、ごめんなさい。寝てた?」
「…いや、そろそろ寝ようかなと思っていたところだ」
「そうだったんだ。なら良かった」
起こしてしまった訳ではなかったことに思わずほっと胸をなでおろす。と同時に早く言って出ていった方が良いのではという言葉が頭の中を過る。長居をしてはならない、彼は彼の仲間達と世界に関わる大事な旅をしているのだから。
「マッシュさん、こんな夜遅くに来たのは伝えたい事があったからなんだ」
「つ、伝えたい事?」
「そう。今日絶対に伝えなきゃって思って」
戸惑いを含んだ青い瞳をじぃっと見つめながらここに来るまでの間に何度も心の内で呟いた言葉を唇に乗せる。
「お誕生日おめでとう!」


ドアの前に誰かがいる気配は何となく察していた。最初こそは自分たちが気に入らない者かと思ったがドアの前にいる人物は一向に動かず。では誰だろうと考えを巡らせていた時に響いたのはとても遠慮がちに叩かれたドアの音であった。その音にその手の者ではないなと何となく察し、「誰だ?」と言いつつ仲間の内の誰かだろうと予想をしていた。
けれどドアの向こうより返ってきた言葉はこの時間帯には決していないであろう人物からの声であった。その声に体は知らずの内に勝手に動いていた。頭の中ではまさか、だとかそんな事はなどと自身が導き出した答えを否定していたが何とか辿り着いたドアを開けた先には答えを肯定する彼女がいたのであった。
そんな彼女に動揺を隠せないままベッドへと導き、どうしてこんな時間にと思っていた矢先に告げられた言葉。その言葉に思わず「へ?」と何とも間抜けな言葉を返してしまった。
するとシオンはくすくすと小さく笑いながら言葉を紡ぐ。
「エドガーさんに、教えてもらったの。今日はマッシュさんのお誕生日だって」
「あ、兄貴が…?」
「うん。起きたらエドガーさんにもおめでとうって言わないとね」
にこにことしながらそう言った彼女の顔を呆然としながら見つめる。
今日が誕生日だという事をすっかり忘れていたこともあるが一番はこうして彼女がわざわざその言葉を言うだけの為に自室を訪れた事が何よりも衝撃的だった。
「そ、それを言う為にわざわざ来てくれたのか…?」
「うん。プレゼントを用意できなかったから、せめて言葉だけでも皆より一番にって思って…ごめんね」
「何言ってるんだよ、言葉だけでもすんげー俺は嬉しいぞ?ありがとうな、シオン」
本心を伝えながら頭を撫でればシオンは擽ったそうに笑う。
心から幸せだと思った。病弱な身を押してまでこうして自分の部屋まで来てくれて。しかも誰よりも一番に伝えたかったとまで言われたら尚更だ。
「ふふ、伝えに来て良かった。じゃあ私、部屋に戻るね」
あまりいたら寝れないでしょ、とこちらを気遣う言葉を唇に乗せてシオンは笑う。その表情に少しだけ疲れが滲んでいるのは気のせいではないだろう。こんな姿の彼女を1人で帰すだなんて出来るわけがない。
「よし、そんじゃ送っていくぜ」
「えっ?だ、大丈夫だよ。ここまで1人で来れたもの」
「そうは言われてもなぁ…俺が心配だからやっぱり送っていくぜ」
よっ、と声と共にベッドから立ち上がり、まだ座っているシオンへと片手を差し出す。最初こそその手を取る事を躊躇う素振りを見せていたが最終的には自身の手に重ねてくれた。
「うーん、なんだか私が誕生日プレゼントを貰っちゃったみたい…」
ぽつりと困った様な表情を浮かべながら呟くシオン。その言葉の意味が分からず、思わず首を傾げればそれに気づいたシオンは小さく笑いながら言う。
「マッシュさんと一緒にいる時間をマッシュさんからプレゼントして貰っちゃったなぁって思って」
少しだけ頬を赤く染めながら言う姿。その姿を見ながら思わず固まってしまう。この子はさらりとなんて事を言うのだと。
こんな事を無意識に言うからこちらは気が気ではないのだ。今の行動だってそうだ。普通夜更けに異性の部屋に行こうなどと思わない。いくら助けられた恩を感じているとはいえ流石に起こせない行動ではないか。いやだが彼女がこうして行動を起こしてくれたからこそ今こうして過ごせているのだが。
「へ、変な事言っちゃったね!早くマッシュさんも寝なきゃだし、部屋に戻ろう!」
繋がっている手を縦にゆさゆさと揺さぶられ、はっとしてそうだなと頷く。いまだにベッドに座っているシオンを立ち上がる様に促す為にそっと手を引けばひどくゆったりとした動作でシオンは立ち上がった。
「辛くなったら言うんだぞ」
「心配性だなぁ。大丈夫だよ」
「シオンの大丈夫はたまに信用できないから言っているんだぞ。すぐ無茶をするから」
「酷いなぁ。でもありがとね」
自分の体温がうつった手を少しだけ力を込めて握ればそれに気づいたシオンは小さな力で握り返してくれた。そんな些細な事でも何だか嬉しくなってしまい、思わず頬が緩んでしまうのが自分でも分かった。
「シオンの誕生日には真っ先に俺がお祝いをするからな」
「本当?ふふ、楽しみにしてるね」
心の底から楽しみといった表情をするシオン。その表情に胸の中が満たされるのを感じながらシオンの部屋へと足を向けるのであった。










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