青い夢を見る


魔大陸へ行き、すべてが終わったあの日からそろそろ1年が経とうとしている。
世界が荒れ果てたのと同時に人の心も荒れ果て。無論すべての人々がそうではないだろう。けれど今私がいるこの場では少なくとも人の心は荒れ果てているだろうと感じる。
そしてそんな私もその一人だ。
喧騒にまみれた酒場の隅で毎日1人で酒を煽る日々。
ブラックジャックから落とされた私が行きついた先は二ケアに程近い場所だった。意識を取り戻した時、周りにはかつて共にいた仲間達の姿は誰一人となかった。
あの時…落とされかけた私に手を伸ばした彼も。その姿は今でも記憶にこびりついており、街中で彼と同じ金色の髪を持つ人を見かけるたびに思い出してしまう。
仲間達も、そして彼も、全員死んでしまったのではないか。信じたくはないがこんな世界だ。そんなことも大いに有り得る。一度はニケアを飛び出し、仲間達を探そうと思ったがふと浮かんだそんな考えにすっかり勢いは身を潜めてしまった。
以来、ただひたすら昼間は資金調達の為にニケア周辺の魔物を狩り、夜は酒場に繰り出す。そんな日々を過ごしていた。
そうしていなければ思い出してしまうのだ。あの時にもっと別の行動が出来たのではないかと。ただ後悔という感情だけがぐるぐるとし、息苦しさが襲う。
今の自分には誰も声をかけてくれる者はいない。けれどもそれが今は気楽で心地良いのだ。
ただひたすら魔物を狩り、酒を煽り、美しかった思い出に浸る。それだけで十分。そう思っていたのに。
「またこんなに飲んでるな」
手の中にあった先程注いだばかりのグラスが隣から聞こえてきた声と共に消える。
「…また来たの」
「お前と話をしたくてな」
「……私はしたくないのだけど」
「そう言いつついつも付き合ってくれるじゃないか」
隣に座った男が私が先程まで飲んでいた酒に口をつける。後で請求をしよう、などと考えていると男は口を付けたグラスをじっと見つめ、次に私を見てきた。
「きつくないかこれ」
「別に。これくらいがちょうど良い」
「若いうちからこんなに飲むと体を壊すぞ」
「盗賊の親分さんは優しいんだねえ。私の体が壊れる前に世界が壊れそうだけど」
皮肉交じりに返すが男からの返事はない。
この男…ジェフと名乗った男は数日前から私が酒場にいるとこうしてやってくる。
盗賊の頭をやっているらしいがそれ以外の事は詳しくは知らないし私も特には気にしていない。盗賊と仲良くする気はないからだ。
向こうは名乗ったが私自身は名乗っていないし、ましてや素性は一切話をしていない。にも関わらず男はこうして私の隣にやってくるのだ。盗賊だからなのだろうか、さっぱり訳が分からない。
けれどもこうして男が来るとつい話をしてしまうのは何となく彼に似ているからかもしれない。髪色も服装も全く違うのにどこか話し方や仕草が似ているから。
「ねぇねぇジェフさん」
「なんだ」
「なんで貴方はこんな街にいるの?ここにはお宝なんてないと思うんだけど」
何も考えなしに、浮かんだ疑問を口にしただけだった。
だからその言葉に普段あまり感情を浮かべないこの男がはっきりと感情を浮かべた表情でこちらを見てきて、思わず程よく回っていた酔いが冷めそうになってしまった。
だがそんな表情は一瞬だった。何の感情を浮かべたのか読み取る前に男は普段の表情に戻ってしまった。
そして淡々とした口調で「そうだな」と言い、空になったグラスを見つめる。
そんな男に何故か気まずさを覚え、気を紛らわすためにマスターを呼び酒を注文する。
「お前は」
注文をし終えたタイミングで男が話しかけてくる。
「お前は、何故この街にいる?」
先程私が質問をした内容が返ってきた。その問いに答えようと思考を巡らせるが酒で濁った思考では何も浮かばないしそもそも何故そんな質問をしてきたのかという疑問が先立つ。
「この街からは船が出ている。故郷であるサウスフィガロに行けるじゃないか」
サウスフィガロ。その単語に首を締め付けられるかのような感覚を覚える。
そうだ、この街からは行く事が出来る。それは知っている。けれどもそれが出来ないのは。
「そうだね。そんな事知ってる。でも行く必要なんてない、あそこには私が欲しいものはないから」
私が欲しいものはサウスフィガロ…いやフィガロにはないのだ。
だってもしあったら今頃私はこんなところで飲んだくれになっていないし、世界はこんなにも絶望に満ちていない。
「欲しいものはなんだ?」
「いくら盗賊さんでも無理なものだよ」
「無理かどうかは聞かないと分からないぜ?」
その声音がやけに自信に満ちている気がし、不思議に思い男を見るが男は普段と変わらない表情でこちらを見つめている。
彼と似た青い瞳を見ていると不思議と饒舌になってしまう。余分な事まで話してしまう。
いつの間にか運ばれてきていた酒に視線を投げ、開けながら「人」と一言答える。我ながら素っ気ないと思うがこれに尽きる。
そんな素っ気ない返答に男は気分を害した様子もなく、むしろ逆に何故か少しだけ気分を良くした感じが伝わってきた。
今日の男はだいぶ機嫌が良いようだ。何か良いお宝でも手に入れたのだろうか。少しだけ興味が沸くがそんな興味は男の問いによってかき消される。
「人か。そいつは死んだのか?」
「…さぁ。でも死んだと私は思うよ」
「何故?」
「何故って…こんな世界だし」
何故この話題にそんなに突っかかってくるのだ。
あまり話したくない話題に触れられているからか、苛立ちが沸き上がってくる。
「仮にそいつが生きていたら、お前はどうするんだ?」
「は?」
思わずグラスをずっと見つめていた視線を男に向ける。
かつて見る事が出来た海のように青い瞳はまっすぐにこちらを見つめていた。
その目から視線を逸らしたいのに何故か出来ない。逸らしてはいけない気がして。
「どうなんだ」
返事を急かされ、はっと我に返る。
返事を考える反面何故この男にそのような事を答えなければいけないのだとは思うが何故か言わなければいけないという思いの方が先立つ。
「そうだね…もし会えたら一発殴る。どこで今まで女とつるんでたのか問いただしつつ」
そう言うと男は一瞬だけ、けれどもはっきりと分かるように表情を変えた。
それは呆気にとられた感じに見えた。そんなに予想外だったのだろうか。
疑問に思い問おうとする。が、それより先に男が先に口を開いた。
「そうか。お前みたいな女に殴られたらかなり吹っ飛ばされそうだな」
そう言った男の声音は何故か酷く嬉しそうな気がした。
本当に今日のこの男はおかしい。私の言葉1つ1つに感情を出してくる。いやもしかしたら今までもそうだったのかもしれない。私が気づかなかっただけで。
「それが女性に対して言う台詞かな」
「初めて出会った時にレディ扱いをしたら武器を取り出したのはどこの誰だったか」
「……忘れたよそんなの」
ふいっと視線を逸らし、グラスに視線を向ければ男の微かな笑い声。
その笑い声といい先程の「レディ」という単語。本当に彼にそっくりだ。彼がここにいて私と話をしているのではと錯覚をしてしまう程に。
一瞬、今までのこの男とのやりとりは全部酒が見せている夢ではないかと思う。けれども例えそうだとしてもこれが夢であると思いたくはなかった。例えすべてが夢だったとしても。
「もう少し話をしたいがそろそろ行かないといけない。子分達が待っているんでな」
「だったらとっとと行きなさいって」
「本当に素っ気ねぇな。まぁ次会った時はとっておきの宝を見せてやるぜ」
「期待しないで待っていてあげるよ」
男が再び小さく笑い、そして席を立つ音がする。
「またな……シオン」
そう言い残し、男は席を後にした。
ふと、男が残していった言葉に疑問が浮かぶ。
この男とは既に何度か出会ってはいるが…私は名前を教えた事があったか。
もしかしたら酷く泥酔をしてうっかり洩らしたのか。いやそれはあり得ない。そんなに酔いつぶれる程飲んだ事はない。では何故。
「ジェフ」
思わず名前を呟き、視線で男を探すが人で溢れている時間帯である酒場では見つける事は出来ず。
喧騒を聞きながらそっと小さく息をつき、再びグラスを見つめる。
そういえば酒代を貰うのを忘れてしまった。次に会ったら請求をしなければ。
そして何故私の名前を知っていたのかも問い詰めなくては。

酒場の夜が明けるのは遅い。けれども今日はすぐに夜が明けそうだと何故か感じた。









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