理由と思いと


「リルム、ずっと気になってた事があるんだけど」
「なんですか?」
「なんで色男の事、名前で呼ばないの?」
「ぶっ」
飛空艇で次の目的地へと向かう中。
自身の部屋でまったりと本を読みながら過ごしていたシオンのもとにこの仲間内の女子全員が突然やってきた。
話をしたいと口を揃えて言う彼女たちを拒む理由などなく、人数分の椅子を用意し、お茶とお菓子も用意して。
皆が席につき、女性陣の1人であるリルムがお菓子の袋を開けながら開幕一番に言い放った言葉はそれだった。
その言葉にシオンは飲みかけていた珈琲を思いっきり噴出す。
咽るシオンの背中をティナがあわあわとしつつも撫で、セリスがリルムに「直球すぎよ!」と言いつつ珈琲が飛び散ったテーブルを拭く。
「ぐ、ぐるじい……」
「シオン、大丈夫…?」
「な…なんと、か………」
「慌てすぎー」
「あ、慌てます!というか動揺しますって!きゅ、急に何を言いだすのですか!」
「リルムはただリルム達が思ってる事を言っただけだよ」
「達って……」
リルムの言葉を聞き、ティナとセリスを見る。
ティナは困ったように視線を彷徨わせ、セリスに至っては思いっきり明後日の方向を見ている。
話というのはこれか、と思いつつ自身の軽率な判断を内心で非難するがもう遅い。
「だ、だって、マッシュの事は名前で呼んでいるじゃない?なんでエドガーだけ名前で呼ばないのかなって」
「そ、それは……い、言えません!たとえ皆さんだとしても…」
「そんなに隠したい事なのね…怪しい…」
セリスとリルムからじぃっとした視線を受けつつシオンはこの場をどう切り抜けようか必死に考えを巡らせる。
ある意味魔物より厄介な相手だ。迂闊な言葉を口にしてはいけない、と勘が告げている。
「街中で買い物してる時は絶対に名前も普段の陛下って呼び方もしないよね」
「そ、それは…一応一国の主ですからね…どこに何が潜んでいるか分かりませんし」
「でもさー1回くらいは呼んでもいいんじゃないの?」
「1回なら昔に呼んでいましたけど」
「昔ってエドガーが王位を継ぐ前でしょ?継いだ後は呼んでない感じだと私は思うのだけれど」
「う…そ、そうですけど…で、でも別に良いじゃないですか」
「良くないわ!」
バン!とテーブルを叩き身を乗り出すセリス。そんなセリスにシオンと何故かティナもが驚く。
「せ、セリス…?」
「主の望みを叶えるのが従者でしょう?貴方はそれでいいのっ?」
「ちょ、お、落ち着いてくださいって…!」
「そうだよー色男の望み、叶えてあげなよー」
「そっちに同意ですか!む、無理なものは無理なんですって…!」
「……?シオンはどうしてそんなに拒否するの…?」
不思議そうに小さく首を傾げるティナ。
普段なら可愛らしい反応だ、と思うが今はとてもそうには思えない。しかし彼女は思った事を素直に飾る事なく口にしているだけなのだ。
…そう考えるともしや彼女が一番この中で厄介なのでは。そう悟った時には既に遅かった。
「名前を呼ぶのはそんなに難しい事なの…?私やマッシュは普通に呼んでくれるじゃない」
「そ、そうですけど…あ、あのお方の場合はちょっと事情が……」
「事情?」
セリスとリルムが興味津々と書かれた顔を近づけてくる。
自身の軽率な発言にしまったと思ったがもう遅い。何もかもが後手に回っている。
「その事情を詳しく」
「……い、言いません!」
「ちっ…もうこうなったら奥の手を使うしかないじゃん」
「お、奥の手…?」
「そーそー」
にんまりとした表情でリルムが自身の鞄を漁り、取り出したのは一冊のノートだ。
まさかここで似顔絵をとは思ったが取り出したのはノートだけだ。いったい何を企んでいるのだこの少女は。
「じゃっじゃーん!この中にはね、こんなこともあろうかと前に聞いたシオンの幼少期の事が書かれているのでーす!」
「わああ!?な、何を持っているんですか貴方は!」
「さすがリルムね!情報源は想像できるから信憑性も高い!」
「もう脅迫じゃないですかそれ!リルムそれを渡しなさい!」
「タダじゃ渡さないよーだ!渡してほしかったらしゃべろー!」
どっちが喋った。いやこの場合はどっちもか。いやその前に今はそんなことを考えている場合ではない。
自分の過去を暴露されるか、おとなしく相手の要求を呑むかの選択肢。まるで帝国に人質を取られたような感じだ。
「どうすんの?はやくしないと読んじゃうぞー」
「わ、分かりましたよ!…い、言えば良いんでしょう…」
「リルムよくやったわ!」
「ふふんっこのリルム様にかかればちょろいもんよ」
今後この少女を敵に回さないようにしよう。そっと心の中で静かに決意をし、シオンは会話こそ参加はしていなかったものの興味津々!とばかりな眼差しを送ってきてるティナの視線を受け止めつつ話し出す。
「事情、という程でもないんですけどね…あのお方は一国の王で私はその国に仕えてる騎士。そして私はもともと王の側近の騎士として育てられた身です。ですから呼び捨てなど出来ない、という事ですよ。主を呼び捨てなんておかしいでしょう?」
「…ええと、つまり昔呼び捨てにしていた理由はエドガーが王様じゃなかった、から?」
「そういう事になります。あとすごく名前を呼べとせがまれたのもありますが」
「………つまんなーい。リルム、もっと面白い話かと思ったのにー」
拗ねた様な表情でチョコレート菓子を口に放り込むリルム。
セリスはカップを手に持ち「シオンらしい答えだったわね」と口にし、ティナは不思議そうにシオンを見ている。
その視線に気づいたシオンはティナを見つつ訊ねる。
「ティナ?どうしました」
「あ、ううん、なんでもないの…」
「あーぁ、リルムつまんなーい!何か面白いお話してよー!」
「面白い話って、どういう話よ」
「リルムが面白いって思うお話!」
どうやら自分の話題は終わったようだ。
まるで戦闘後のような疲れを感じ、シオンはこっそりと息をつく。
「……廊下……誰かいたような気がしたのだけれど…気のせいかしら…」
ぽつりと小さく呟いたティナの言葉はセリスとリルムの言い合いと重なり、隣にいるシオンですら聞き取れなかった。









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