飲まれたお話


暗い空間に微かな眩しさを感じる。
ぼんやりとしたような、ゆったりとした意識の中で感じたそれは次第に色濃くなり、時間をかけて鮮明となる。
「うう……」
自身の口から無意識に零れた小さな声を聞き、そっと目を開ける。
最初に目に飛び込んだのは金色だった。美しい金色の何かが白い物の上に散らばっている。
そんな金色を綺麗だなあと見つつ、シオンはぼんやりとする思考の中でふと思う。
(……今何時)
金色をぼんやりと見つめつつ体を微かに動かす。
が、何故か動かない。仕方がないので諦め再びそのままぼうっとしつつ金色を見つめる。
――見つめながら次第にゆったりとだが意識が覚醒をしてくる。けれどもその覚醒を妨害するかのように頭がずきずきと痛む。
「……あたま、いたい」
「大丈夫かい?」
無意識に呟いた言葉に返答。
その声を最後に数十秒の間。
たっぷりの間を置いたシオンは「え?」と呟き、自身の頭に何故か温かさを感じながら頭を衝撃を与えないようにゆっくりと上げる。
「ようやくお目覚めかな」
こちらを穏やかな表情と共に見つめる青い瞳。
その瞳を間近に見た瞬間、シオンは自身の目を大きく見開き、小さく悲鳴を上げた。


「……大丈夫かい?」
「………ぜんぜん、だいじょぶ…じゃないです」
シオンの返答にそうだろうなぁと苦笑をしつつ頭を撫でるエドガー。
普段の彼女なら今頃ベッドから跳ね起きて自身と距離を取っているだろう。それが出来ないのは余程頭が痛むという事だ。
「その様子だと昨夜の事は覚えていない感じか」
「昨夜…?」
「あぁ。ほらセッツァーに呼ばれて飲んだだろう?」
頭に響かぬようにとエドガーが小声で話かけるとシオンはうーんと小さく唸る。
やがてぽつぽつとシオンが記憶を辿るかのようにしつつ言葉を発する。
「昨夜…昨夜…セッツァーに突然呼ばれて…部屋に行ったらマッシュと陛下がいて…」
「うん」
「帰ろうとしたら陛下に脅かされて…」
「脅かしたつもりはなかったんだが」
「それでしょうがなく部屋に残って……残って……」
そこで言葉が途切れ、シオンが不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせる。
「……どうなったんでしょう?」
どうやらそこまでしか覚えていないらしい。
やはりほとんど記憶が残っていないようだ、とエドガーは再び苦笑を浮かべた。
「飲んだ記憶はまったく覚えていない?」
「飲んだ……私が、ですか……?」
「あぁ。正確には飲まされた、の方が正しいか」
ゲームに負けた罰で飲まされたんだよ、と言葉を続け、シオンの表情を見る。
シオンはいまだに不思議そうな表情を浮かべていた。
「……本当、ですか?」
「あぁ。その証拠が痛む頭だと思うけどね」
「………ぜ、全然記憶にありません……わ、わたし」
エドガーの言葉に偽りがないと感じたのだろう、シオンがかぁっと頬を赤らめ、視線をおろおろと彷徨わせる。
あまりにも普段と違う反応についエドガーの中で悪戯心が生まれる。
「普段のシオンも魅力的だけど酔ったシオンもなかなかだったな」
「へ…!?ま、待って下さ、私何してたんですか…!?」
「それはもったいなくて言えないな」
「何ももったいなくないでっいたた…」
「大きな声を出すと頭に響くぞ」
「うう……と、ところで、なんで陛下が私の部屋にいるんですか…」
「ここは俺の部屋なんだが」
「はい!?」
シオンが慌てて上半身を起こし、部屋を見回し…顔を真っ青にする。
「な、ななな…!?」
「君は覚えていないようだが俺は楽しかったぞ」
「……あぁ…もう絶対お酒飲まない…」
疲れ切った顔で再びシーツに顔を埋めるシオン。そんな彼女の頭をよしよしと撫でるエドガーだが今の彼女はそれにすら反応をする気力はないようだ。
「それは困るな。酔ったシオンとまた話をしたいしな」
「…私はしたくありません…はぁ…しばらくセッツァーとマッシュに顔向けができません…」
「そう気に病む事はないと思うがね。二人も楽しんでいたし」
「そうですか…はぁ…」
酔っていた時の自分が何をしていたのか。気になるのと同時に怖い。
このままシーツと同化したいと小さく唸りながらシオンは心の中で泣きながら呟いた。
そんなシオンにエドガーは小さく微笑みながらシオンに問う。
「もう少し眠るかい?」
「…今何時ですか」
「お昼近く」
「そ、そんなに寝てたんですか私…お、起こしてくれなかったんですか…?」
「眠る君の顔があまりにも可愛くてついね」
「………」
呆れを含んだ眼差しを向けるがエドガーは特に気にした様子もなく、自身の指にシオンの髪を絡めている。
いつものシオンならばさらっと聞き流す言葉だがこうも反応をしてしまうのはそれだけ体調が良くないからなのか。
「眠るのだったらご希望の時間に起こすよ」
「……そのような事を陛下に頼むわけにはいきませんよ」
「愛しのレディの頼みなら何でも聞くよ」
「はいはい……」
「…信用されていないのを感じてしまうのは悲しいものだな」
「日頃の行いじゃないですか」
「君の目に映っている俺がよく分かったよ。以後気を付けよう」
ほんの少しだけ苦笑いを滲ませながらエドガーがシオンを引き寄せる。
そういう事をするから信用されないんですって、と言おうとしたが触れたエドガーの体温が心地良くて思わずそちらに気を取られてしまう。
「少し経ったら起こすから寝なさい。そのままだと辛いだろう」
触れてる温かさとゆったりとしたリズムで撫でられる髪の感触を感じ、意識が微睡む。
このままではいけないのに、と片隅で思うのだが体が言う事を聞かない。
ふと、そういえば昔にもこんな事があったなと遠退く意識の中で思い出す。確か自分が熱を出した時だったか。
あの時も彼はこうして傍にいてくれたな、と思いだし、思わず笑みが零れる。
その笑みに気付いたのだろう。エドガーが不思議そうに「シオン?」と名前を呼ぶ。
だがその問いには答えず、体を自らエドガーにくっつけ、目を閉じる。
「……少し経ったら、起こしてくださいね……エドガー」
エドガーが微かに息を飲んだのを感じた気がするが気のせいだろう。おかしい事をやっても、言ってもいない筈だから。
起きた時に頭痛が消え去っている事を願ってシオンはそっと微睡の世界に身を委ねた。

シオンが完全に寝たのを見届けたエドガーは込み上げてくる様々な感情を逃がさぬ様に…まるで封じ込めるかのようにシオンを抱き締める腕を少しだけ強くしたのであった。










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