コンプレックス


飛空艇に乗っているメンバーの朝は人それぞれだ。
例えばマッシュの様に朝早くから鍛錬の為に起きている者もいれば夜更かしをし過ぎて用がなければ昼まで起きてこない者もいる。
起きるのがメンバーの中でも早めなマッシュは他の仲間達を起こさぬように飛空艇内を歩く時はなるべく音を立てぬように歩く。
朝の鍛錬を終え、向かう先は調理場だ。
そこには彼と同じく、早めに起きるメンバーの1人がいるだろうと思って。
そしてその予想は当たる。ただその予想が当たったと気づいたのはまるで何かが落ちたかのような音が静寂に包まれた飛空艇内に響いたからだ。
その音にはっとし、なるべく音を立てぬように歩みを速める。
「シオン?」
調理場を覗くとそこにはマッシュに背を向け、しゃがみこんでいるシオンの姿。その姿にマッシュは慌てて駆け寄る。
「大丈夫か?」
「いたた…あれっ、マッシュ。おはよう」
「あぁおはよう!…って!じゃなくて質問に答えてくれ」
「質問?…あぁ大丈夫大丈夫!ちょっとあれを取ろうとしたら違う物が降ってきただけだから」
そう言いながらシオンが指で示した先は彼女の身長より高い場所にあるボトルだ。
「あれが欲しかったのか」とマッシュは納得をし、シオンから離れるとその場所へと歩を進める。
「これだけで良いのかー?」
「うん」
ボトルを手に取りつつマッシュが振り返り、シオンに渡そうとする。
が、いたのはこちらを何故かじぃっと見つめるシオンだった。その眼差しにマッシュが「どうしたんだ?」と首を傾げる。
「……ずるい」
「え?」
「私もマッシュみたいに軽々と取りたい!身長よこせ!」
「急に何を言いだすんだよ!無理に決まってるだろ!」
「無理かどうかはやってみないとわからない!」
「何をどうやるんだって!落ち着けよ!」
急に訳が分からない事を喚きだしたシオンをマッシュが慌てて宥める。
こんなに大声を出したら皆が起きてしまうかもしれないとは思うがとりあえずシオンを落ち着かせる方が先だ。彼女の声はよく通るから。
「で、急にどうしたんだ?」
「……だってさぁ、マッシュが私が一生懸命取ろうとしてた物をあっさり取っちゃったんだもん。不公平じゃん」
「何が不公平なのかよく分からないけど、仕方がない事だと思うんだが」
「仕方がないで片付けたら成長出来ないよ!そもそもマッシュはでかすぎる!だから少しくらい身長を分けてくれたっていいのよ!」
「言ってる事がすごいむちゃくちゃだって自覚はあるのか…?」
「ある!あるけど、あるけど!羨ましいんだもの!」
むすっとした表情でマッシュを見るシオン。そんな彼女にどうしたものかと頭を悩ませるマッシュ。
これが自身の兄だったらきっと彼女をすぐに上機嫌へと変える言葉を口に出せるだろうが生憎マッシュにはそんな言葉が浮かばず。
そもそも彼女は無茶苦茶な事を言っているという自覚があるのだ。にも関わらずまるで子供の様な(これでも一応女性陣の中では最年長だ)態度を見せている。
そんなシオンに可愛らしさを感じるが今はそれを感じたところでこの場が収まるとは思えない。
「身長を伸ばす方法はいろいろ試したんだけど、どれも効果がないんだよね…そのうちリルムに抜かされちゃう…」
「リルムに抜かされたくないのか?」
「当たり前じゃない!最年長が一番身長が低いなんて嫌だ!」
別に良いと思うんだけどなあ、という言葉を言う寸前で飲み込む。危うく火に油を注ぐところだった。
それにしてもシオンがここまで身長に対してコンプレックスを抱いているとは知らなかった。
…と、今より身長が高くなったシオンはどうなるのだろうかという疑問が浮かぶ。目の前で不機嫌そうにしている彼女を数十センチ高くして想像し…違和感を覚える。
まず最初に思ったのが高くなると頭が撫でにくいのではないかという事だ。そして次に浮かんだのは彼女を肩に乗せた時に飛空艇の天井にぶつけてしまうのではないかという事。
「……嫌だな、これ」
頭を横に振り、想像をかき消す。やはり今のままのシオンが良い。
と、マッシュがぽつりと呟いた言葉を先程自分が言った発言の返答だと思ったシオンは何度も頭を縦に頷きながら捲し立てる。
「そうでしょ!?だから私は身長が欲しいの!理想はセリスより大きくなる事だけどまずはリルムに抜かされないように」
「違う違う!俺が嫌だって思ったのはシオンの身長が高くなる事だって」
「え」
マッシュの言葉にぽかんとした表情をシオンが浮かべる。
そんな彼女の頭をぽんぽんと優しく撫でつつマッシュは話し出す。
「だって大きくなったらこうやって頭を撫でるのもやり辛くなるし肩に乗せる事も難しくなるだろう?俺は嫌だな、それ」
思った事を素直に述べる。
すると今まで不機嫌だったシオンが急に顔を真っ赤に染め、そわそわとし出す。先程までマッシュを見つめていた視線は忙しく部屋中に向かう。
そんなシオンの変化をマッシュは不思議そうに眺める。何かおかしな事を言ったのだろうかと思いつつ。
「シオン?急にどうしたんだ?」
「む…無自覚なのがたちが悪い…兄に似てそういう事をさらっと言うからほんともう…!」
「ん?兄貴がどうかしたのか?」
「な、なんでもない!……マッシュがそこまで言うんだったら諦めるよ」
「おっ本当か!いやぁ良かった良かった!」
どうやら機嫌を直してくれたらしい。
心の底から良かったと思い、ふとここに来た理由を思い出す。シオンが急に身長の事を言いだし、すっかり忘れていた。と、同時に腹が切なげな音を立てる。
「なぁシオン」
「分かってるよ。朝ごはん作るから待ってて」
「いや俺も手伝うよ。何を作るんだ?あと何人分作るんだ?」
「サンドイッチとかかなあ。今から作る分は多分もう起きてるエドガーとそろそろ起き始めるちびっこたちかな」
「…結構作らないといけないんじゃないかそれ」
「まぁね…ガウはよく食べるからなあ」
マッシュの手からするりと離れ、シオンは台所へ向かう。
シオンが離れた事で少しだけ名残惜しい気持ちにはなったが今は朝食を作る事の方が先だと思い、シオンの隣に並ぶ。
「なぁなぁ」
作り始めてからしばらくし、マッシュが手を動かしつつ話しかける。
「ん?」
「飯作り終わったら肩に乗せてもいいか?」
「……お好きにどーぞ」
ちらりとシオンを見やれば答えたシオンの顔は先程ではないものの赤く染まっている。
自分の言葉のどこに赤く染める要素があるのか分からないが自分の言葉1つでこうも表情を変えてくれる事が嬉しい。
朝から大変な事もあったが良い思いも出来たなあと手を動かしながらマッシュは思うのであった。









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -