騎士の喜び


「陛下を見ませんでしたか?」
「色男だったらさっきやけに嬉しそうな顔でいろいろ持ちながら自分の部屋に戻っていったよ」
入れ違いになってしまったか、とシオンは思いつつスケッチブックとにらめっこをしているリルムに礼を言い後にする。
飛空艇の整備をしたいと申し出たセッツァーの申し出を受け、陸地…とある街の近くに降り立った一行は自由行動をしていた。
街に出たシオンは故郷から届いた大量の手紙を受け取り、その手紙をエドガーに届ける為に飛空艇内をうろついていた。
最初に彼の部屋を訪れた際は不在だった為、こうして船内に残ってる仲間達に聞いて回っていたのだ。
さすがに故郷からの手紙を主が不在の部屋に置いておく訳にはいかない。
(部屋に戻ってみましょうか)
歩きつつ、ふとリルムが言っていた言葉を思い出す。
彼がご機嫌な時は大抵機械が絡んだ時だ。城にいた時も何度かあった。
王になる前は得意気に自身が開発をした機械を自慢してきたものだ、などと考えているうちに目的地に着く。
「陛下、いらっしゃいますか?」
ノックをしつつ声をかけるが返事はない。が、中から何やら物音はする。
「失礼します」
聞こえてはいないだろうと思いつつも一応言葉を添えてドアノブを回す。
ゆっくりと開けたドアの先にはこちらに背を向け、テーブルの上で何かをしている探し人の姿。
「陛下」
声をかけるがやはり返事はない。
小さく息をつき、わざと靴の音を響かせて近付く。それでも彼はこちらを見向きせず、テーブルの上で機械の部品と思われる物を弄っている。
ふと軽い好奇心が生まれる。後ろから覗きこんだらどういう反応をするのだろうかと。
(この方だったら特に面白そうな反応はしない気がしますけどね…)
これがロックやセリスだったらとても面白い反応をしそうだが。だが、せっかく浮かんだのだから試してみよう。
靴の音を響かせるのを止め、そっと彼に近づく。やはり彼は何も反応をしない。
「―――陛下」
呼びながら彼の横顔を覗き込む。その直後だった。
「―――!?」
本で見た海の底を連想させるかのような青い瞳に驚きの色が生まれた。
えっ、とシオンが心の中で微かに驚いた反応をしていた時には彼は横にいなかった。


「も、申し訳ありません…」
「いや…君は悪くない」
「ですが驚かせてしまったのは私ですし」
驚きのあまりに椅子から転げ落ちるとは想定外だった、と己の浅はかな行いを反省しつつシオンはしゃがみ、いまだに床に座っているエドガーに手をかざす。
「軽く体を打っただけだ。ケアルをかける程ではないよ」
「で、ですが、万が一というのがあります…陛下に何かあったら故郷の者に顔向けができません」
「やれやれ…ところで俺に何か用かな?」
「話を変えようとしても駄目ですよ。ケアルをかけてからお話します」
「…分かったよ」
目を閉じ、かざした手に意識を集中させてケアルを唱える。
そんなシオンの様子をじっと見つめるエドガー。
「……はい終わりです…って陛下?」
目を開けるとこちらを見つめる青い瞳と目が合う。
その瞳が何かを語りかけている気がするがシオンにはさっぱり分からない。
「あ、あの…?」
「……いや…いつになったら名前で呼んでくれるのかなってね」
「ま、またそのお話ですか…!?」
「君が呼んでくれるまで何度だって言うさ」
「……何度言われても無理なものは無理ですからね」
ぷいっとエドガーから顔ごと逸らすシオンに逸らされた側は小さく笑う。
「さて…じゃあそろそろ俺の部屋に来た理由を話してもらおうかな」
「城より手紙が届いています」
言いながら手紙の束をエドガーに差し出す。
量的には100通は優に超えているだろう。その量にエドガーは微かに整った顔を歪ませた。
「今から読んだら明日になりそうだな」
「そうですね」
「皆の声にも耳を傾けたい…が…」
言いながら一瞬だけちらりとテーブルに視線を投げるエドガーをシオンは見逃さなかった。
そんな王の様子に思わず盛大な息を洩らしてしまう。
「陛下……」
「…最近全然触っていなかったんだ。少しくらい良いだろう…?」
「お気持ちは分かりますが受け取った以上は目をお通しください」
シオンの言葉に返事はない。
普段の王らしくない言動にどうしたものかとシオンは考える。
シオンとて鬼ではない。彼の一時の安らぎを壊したくはない。けれども国の者達の声も聞いてほしい。
(…あぁそうか)
思いついた。とても良い方法を。
「陛下」
「…なんだい」
「陛下はそのまま先程の続きをなさってください」
「え?」
予想外の言葉だったのか、エドガーの顔が驚きに変わる。
今日はこの表情をよく見る、と何だか嬉しい気持ちになりつつ言葉を続ける。
「ただ陛下の耳だけは私がお借りしてもよろしいでしょうか」
そう言うとエドガーは何かを察したような表情をした。うまく伝わったようだ、とシオンが小さく微笑む。
「……なるほど、そういう事か。だがそれではシオンが」
「ご心配なさらず。私でしたら大丈夫です」
「……すまないな」
「いえ。このような小さき事で陛下のお役にたてるのでしたら光栄でございます」
エドガーの手から手紙の束を受け取る。これをすべて読み終わる頃には本当に明日の朝になりそうだなと思いつつも嫌な気はしない。
むしろエドガーの役に立てると喜びを感じているくらいだ。
「陛下のお役にたてるのでしたら私は何でもしますよ」
「…何でも、か」
「はい。ですから何かございましたら何なりと」
「では名前を「それは出来ません」
言葉を遮りつつ返ってきた言葉に「何でもすると言ったじゃないか」とやや不満げに言うエドガー。
そんな彼に対してシオンは「例外もございます」とぴしゃりと言い放つ。
「……いつか言わせてみせるからな」
「陛下……小声で言ったみたいですけど思いっきり聞こえてるのですが」
「わざとだよ。…それに、不公平な物は公平にしないと」
「…?何の事か良く分かりませんけど…とりあえずそろそろ手紙を読みませんか」
「そうだな。これだけの量だからな、始めようか。本当にありがとう、シオン」
エドガーの礼の言葉にシオンはふわりと微笑みを返した。


(……なにあれ)
(なにって、兄貴が機械いじっててその横でシオンが手紙を朗読してる)
(そんなの見れば分かるわよ!何なの、あの光景…)
(フィガロにいた時はよくある光景だったらしいぞ)
(……シオンの主馬鹿、少し直した方が良いんじゃないかしら…)









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