願いを約束に


ワガママかもしれない。




――7月7日。
いわゆる世間でいう七夕という日だ。
バロンの城下町では笹の前で子供たちが短冊に願い事を書いている。
その中に混ざって子供たちと仲良く話ながら短冊に願い事を書いているのはシオンだった。

無邪気に笑っているシオンを前にカインはやれやれと息をついて話し掛けた。

「ここにいたのか」

「あ、カインさん!」

シオンがカインを見つけるや、短冊を持ったまま駆け寄ってきた。

「どうしたんですか?」

「どうした、じゃない。買い物に行くと言って出ていってからどれくらい経っていると思っているんだ」

カインが咎めるとシオンは罰が悪そうな表情をして「ごめんなさい」と謝った。

「帰る途中で子供たちが楽しそうに短冊を書いていたので声をかけたんです。そしたらいつの間にか日が暮れてしまって…」

「…まぁ、いい。それよりも願い事は書いたのか?」

カインはシオンが持っている短冊をひょい、と取る。
あっ、と声を上げるシオン。

「カインさん!」

「まだ書いていないのか」

真っ白な短冊を返す。
受け取ったシオンはうーんと唸った。

「何を書こうか迷っていて」

「たくさんありすぎるのか?」

「はい。どれにしようかと迷っていまして…」

シオンが短冊をじっと見つめていると子供たちがこちらへと走り寄ってきた。

「あっ、カインさまだ!」

「カインさまも何か書きにきたのー?」

わらわらと子供たちが集まってくる。
思わずカインは後ずさる。

「い、いや、俺は――」

「はいっ、カインさま!」

1人の少年が水色の短冊をカインに差し出した。
思わずカインはシオンに助けを求めたが、にこにこと笑っているシオンに竜騎士は本日二度目のため息を洩らしたのであった。



「カインさん、書けましたか?」

シオンが短冊とにらめっこをしているカインに話し掛けると彼はびしっ、と短冊を無言でシオンに突きつけた。

真っ白な短冊にシオンは戸惑う。

「あの…」

「俺には書けん」

きっぱりと言いはなったカインにシオンは唸る。

「うーん…あっ!赤き翼が事故に遭いませんように、とかどうですか」

「周りには将来の夢が書いてあるのに、か?」

「…うーっ、確かに…」

困りましたね、とシオンは考え込む。
ふとカインはシオンが結局何を書いたのか、疑問が浮かんだ。

「シオン。結局お前は何を書いたんだ?」

「えっ、わ、私ですか!?な、なんだっていいじゃないですか!」

動揺するシオンにカインの中にある悪戯心がくすぐられた。

「ふむ…」

「な、なんですか!その物凄く悪戯しそうな目は!」

「失礼だな。シオンのを参考にさせてもらおうと思ってな」

言うや子供たちが群がっている笹の前へと歩き出す。慌ててシオンが追いかけるように走り出し、カインの前に立った。

「だ、だめです!ストップです!」

必死になってカインを追い返そうとするシオンに思わずカインは顔を緩ませた。

「何をそんなに必死になっているんだ?」

「ひ、必死になってなんかいません!」

とにかくだめなんです!とシオンが必死の形相で責め立てる。

仕方がないな、とカインは苦笑した。

へ?とシオンが首をかしげた時。
カインが動いた。
あまり身体能力が高くないシオンは突然姿が消えたカインに目を疑った。
――と。

腹の辺りに腕らしきものが回されシオンは思わず「うわっ!」と声を上げる。
そしてそのまま宙に体が浮かんだ。

「な、な…!?」

突然の出来事にシオンはもがくように手足をばたつかせ始めた。

「お、おい!暴れるな」

カインがシオンを宥める。
それを聞き、担がれているシオンは抵抗をやめてカインの縛ってある金色の髪をぐいっ、と引っ張った。

「ひ、引っ張るな…!」

「レディに対してこういう扱いはどうかと思うのですが?」

「お前が退いてくれぬからだ」

「わ、私のせいですか!?」

最悪です!とシオンが叫ぶ。
やれやれとカインはシオンを担いだまま歩き出す。

「いーやー!見ないでー!」

「…賑やかな奴だ」

子供たちが不思議そうな表情で2人を見つめている。カインはそれを受け流しつつ笹の前に立った。

観念したのかシオンはふてくされた表情で大人しくカインの髪の毛を弄っている。

葉についている短冊を一つ一つ見ていく。子供たちの夢に無意識のうちにカインは微笑んだ。
そしてすぐに見慣れた字を見つける。丁寧に書かれている字に書いた人物の生真面目さが伺えた。

「これか」カインがそっと短冊に触れた。
シオンが「見つけれなければよかったのに…」と呟くがあえて無視をしてカインは短冊に込められている願いを見た。
――と、カインの表情が驚愕に変わった。

「お前って奴は…」

ぽつりと呟き、カインはシオンをそっと地面に降ろした。

むっ、と赤い表情をしているシオンと目をあわせてカインは静かに微笑んだ。
それを見たシオンはふい、と視線を逸らして呟いた。

「だから嫌だったのに」

「シオンの気持ちがよく分かった」

その言葉に「うーっ…」とシオンが唸る。
カインはそっとシオンの髪を撫でた。

「これからはもう少し一緒にいれるよう、努力する」

シオンの願い事は「恋人との時間をください」というものだったのだ。
ここ最近は遠征から帰ってきても疲れていて寝てばかりだったからか、とカインはシオンに対する罪悪感が芽生えた。

「努力…信用できません」

拗ねた表情でシオンはカインを見据える。
どうしたものか、とカインは困り果てた。シオンは普段が穏やかな分、機嫌を悪くするとなかなか直さないのだ。
――と、シオンが拗ねた表情から一転。
いつものにこやかな表情へと変わった。微笑みながら鈴のような声で言う。

「嘘ですよ」

ふふっ、とシオンは笑うと、呆気にとられているカインの腕をとった。

「カインさんが苛めてくるから悪いんですよ?」

「…参った。シオンは侮れんな…」

苦笑をしながらカインは自分を見つめてくるシオンを見た。

「さっきの言葉に嘘はないからな」

「はい。信じていますからね」

にっこりと微笑んでシオンはそう返したのであった。











(カインさま、お願い事書けたのー?)(…い、いや、まだだが…)(早く書いちゃいなよー!)(――っ、こ、こら、腕を引っ張るな!…シオンも微笑んでいないで助けてくれ!)









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