しあわせ


私が少し前から共に過ごす様になった人はあまり口数が多くない人だ。おまけに表情もあまり変えない。
最初こそはなんだこの人はと思ったものだ。セシル様とは真逆の様な人が本当に兄なのだろうかと今にしてみれば失礼極まりない事も思った。
けれど共に過ごす内にそんな考えは消えて行き、気がつけばこうして昼夜問わず共に過ごす仲へとなった(もともと彼は私の仕事の手伝いをしているのだ)
人生とはどうなるのか分かったものではない。
などと考えていれば隣にいる彼が私を呼ぶ。その声に「何ですか?」と答えた瞬間、ソファに預けていた体が傾いた。
「珍しく考え事か」
私の隣で同じくソファに腰を掛け、ずっと活字まみれの本を読んでいる彼が字から視線は反らさずに私の腰に腕を回した状態で問う。
彼はよく本を読む。私からしたら何が楽しいのか全くもって不明だ。魔法を扱う者はこういう人が多いのだろうか…と思ったが私も魔法を使えるのであった。
だが私は座学というものが昔から死ぬほど嫌いで結局見様見真似の魔法しか使えないのだが。そういえば以前彼が素質はあるのだからちゃんと学べばみたいなことを言っていた気がする。
「なら言った本人が教えてくれたら良いのに」
「……何を考えている」
「え?あっ、あぁ!?ごめんなさい、口に出てた…えっと何でしたっけ」
思わず口に出てしまっていた。私の悪い癖だ。慌てて謝るが時すでに遅し。
思いっきり呆れを滲ませた息を吐かれながら「もう良い」と言われてしまった。
凄い気になるものだが再度聞いたところでもう言ってはくれないだろう。
自分が悪いのはわかっているが何だかそれが凄くもやもやとしたので読書の妨害を兼ねて思いっきり本を覗き込む(我ながら子供染みている…)
目の前に広がるのはひたすら字が泳いでいる光景だ。書かれている文字は幼い頃から慣れ親しんだ文字だというのに書かれている事はさっぱり分からない。
「読みたいのか?」
「わざと言ってますよねそれ…」
返ってきたのは小さな笑い声だ。それが答えである。この人はたまにこういう意地の悪い事をしてくるのがちょっぴり悩みだったりするのは内緒だ。
まぁでもそれだけ私に気を許してくれてると思うとなんだかんだで嬉しいところでもあるけど。
「唯でさえお仕事の書類を見るだけでも嫌なのにこんなの読めませーん」
「そうであったな。字が多いとすぐ私に投げるお前が読める筈がないか」
「嫌味ですかそれ!もう拗ねちゃいますよー」
やっぱりこの人、セシル様の兄じゃない気がするぞ。
セシル様は書類を投げたくなる私に対して苦笑いをしつつお願いをしてくるお方です。…ん?いや待て、これは似ているのではないだろうか…?あれ、やっぱり兄弟な気がする。
などとむくれながらごちゃごちゃ考えていれば目の前からすっと字の海が消えた。かと思えば腰に回されていた腕が動き、次にはそっと頭が彼の、魔法を扱う者には不似合いと思われる厚い胸板へと寄せられた。
おりょ?と小さく驚いていれば彼はそんな私に気づいているのか分からないまま口を開いた。
「拗ねる事はない。お前はそのままでいれば良い」
それはつまりお馬鹿なままでいろという事でしょうか。いや違う…と思いたい。きっとそういう意味ではない筈だ。たぶん。
たまに意地の悪い事を言う人だけどすごく優しい人だって知ってるから…うん。
「えぇっと、わかり、ました…?」
どこか引っかかるのを拭えず、我ながら曖昧な返事をしてしまった。
だが彼は気に留めなかったようだ。
それで良い、と言わんばかりに髪に触れられる。この人と付き合う前は親しい人でも触れられるのがすごく嫌だったのだが今では嫌どころかもっと触って欲しいとさえ思ってしまう。
以前彼は私にこうして触れながら冷たくはないかと聞いてきたが程よい体温で私は好きだ。むしろもっと触って貰いたいくらいで。自分の想像以上に彼が好きなんだなと思う。
「セオドールさん、セオドールさん。大好きです」
思わず彼の名前を呼びながら胸の内から溢れた感情を言葉で表せばセオドールさんは瞳に嬉しさを滲ませた。










「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -