居場所はそこではない


漆黒が全てを染め上げ、その中で小さく瞬くのは淡い光を放つ星々。そんな夜空を窓から見ながらシオンは良い眺めだなぁと先程運ばれてきた果汁入りの飲み物が入ったグラスを手に取る。
そんな彼女の正面には先程運ばれてきたばかりの料理をぱくぱくと頬張っている少年騎士。余程おいしいのか、それとも食べ慣れぬ味付けが興味深いのか。一言も発さず集中している少年を横目で確認しつつグラスに口を付ける。その時だった。
「シオンさーん!そっちにいないでこっちに来ましょうよ!」
少し離れた席から自身の名前を呼ばれる。ちらりと視線を向ければ少年騎士と同じ部隊に所属をしている団員がこちらに手を振っている。顔を真っ赤に染め、さも上機嫌といった姿で。そんな彼の様子にシオンはグラスから唇を離すと片手を上げながら「後で行きますよー」と返した。
「後でって…それ何人目?」
不意にシオンの言葉を聞いた少年騎士――セオドアが忙しなく動かしていたフォークの手を止め、じっとシオンを見つめながら言葉を発した。
夢中になって食事を楽しんでいると思ったら意外と周囲の会話を聞いていたらしい。セオドアに少しだけ苦笑の色を浮かべた表情をしながらシオンは口を開く。
「何人目だっけ?忘れちゃったなぁ」
「行かなくて良いの?」
「酔っ払いの相手をするのは仕事疲れには堪えるの」
「ふぅん…だからこっちに来たんだ」
「まぁ後は1人寂しくしてるセオドアが可哀想だなって思ったのもあるけどね」
「さ、寂しくなんかない!ぼ、僕もシオンと一緒で疲れてるんだよ…!」
むすっとした表情を浮かべるセオドアにシオンはくすくすと小さく笑うと視線を辺り――酒場内へと巡らせる。そこにいるのは見慣れた飛空艇団の団員達ばかりだ。
ほぼ貸切状態の酒場に何故飛空艇団の団員とシオンがいるのか。それは数日に及ぶ任務が終わってからの打ち上げの為であった。
陽気な音楽を背景に盛り上がる各テーブル。最初こそシオンとセオドアもその中にいたのだが段々と盛り上がる周囲についていけなくなり、そっと離れて窓際の空いていたテーブルに身を預けたのだ。
「それにしても…初めてご一緒してるけど、すごい盛り上がり様だね。いつもこんな感じなの?」
元々酒場という場所にあまり来た事がないのもあるのだが普段生真面目に働いている団員達の様子が180度変わっている姿にはさすがに驚きを隠せなかった。
シオンの問いにセオドアは見慣れているのか「そうだよ」と淡々とした口調で答えた。
「そういえばシオンは初めてだったね」
「うん。任務はたまにご一緒してるけど、その後の打ち上げまではご一緒した事なかったからね」
今回は偶然帰国後の予定が空いていたから来てみたのだ。任務時とは違った姿の団員達を見れるのはそれはそれで楽しい。…多少度が過ぎているとは思うが。
「ここの酒場、よく来る所なんだ。ご飯が美味しいから僕は好きだな」
「さっきからずっと食べてるもんね…よく食べれるなあ」
「シオンも食べる?これ、美味しいよ」
持っていたフォークに薄い肉を刺すやシオンに差し出す。食いつけという意味なのだろうか。
ほら早く、と言わんばかりの瞳を見せるセオドアに断る理由もないので良いかとシオンが身を乗り出し、小さく口を開けながら近付く――直後。
ひゅん、と小さく風を切る様な音が2人の耳に響く。その音に2人は同時に「ん?」と声を発し、同じ場所――窓のすぐ傍へと視線を投げる。
見ればそこにはセオドアが持つフォークと全く同じのフォークが壁に突き刺さっていた。思わず顔を見合わせ、目を瞬かせる2人。と、少し離れたテーブルから一際大きな声が上がる。
「隊長すごい!やっぱり隊長はすごい!」
「投擲の腕も素晴らしいですね!」
「……」
歓声が上がるテーブルへと2人が視線を移せばそこには団員達に囲まれながらグラスに注がれている酒に口を付けている飛空艇団の隊長の姿があった。そんな彼の、グラスを持っていない手には何故かフォークが握られている。
「……セオドア。カインさんって酒に弱いの」
「い、いや…強いと思う…」
「という事は酔ってないの」
「た、たぶん…ってシオンの方が詳しいんじゃ」
「わ、私といる時はカインさん全然飲まないから知らないのよ」
「そ…そうなんだ……」
いまだに盛り上がっているテーブルに視線を注ぎながら2人は知らずの内に声を潜めながら会話を続ける。
「酔ってない筈の隊長がなんでこっちに向かって…!?」
「し、知らないよそんな事!あっいや待って、もしかしたら酔ってるのかもしれない…!だってあんなに酒瓶が転がってる!」
「いや…あれはまだ少ない方だよ…普段はもっと飲むし、飲んでもいつも通りだよ」
「…そ、そうなの」
周りにいる団員達が飲んだ分も含まれているとは思うが少なくとも見ただけで空になった瓶が4、5本転がっている。実際には更にありそうだ。
訳が分からないと思いつつ壁に突き刺さっているフォークと顔を引き攣らせているセオドアへと視線を交互に流すシオン。
と、そんな彼女を呼ぶ声が喧騒に包まれている酒場の中ではっきりと、静かに響く。その声の主は名を出さずとも分かる声だ。
「シオン」
再度、名を呼ばれる。その声にシオンは体を強張らせ、セオドアはその声音に酔っていないと確信を持つ。
「い、行ったほうが良いんじゃないかな…」
なんとなく、ここで行くのを拒んだら嫌な事が起きる気がする。自分にも、シオンにも。そんな事を考えながらセオドアが言えばシオンも似た事を考えていたのか、静かに立ち上がった。
「だ…大丈夫だよ、ほら酔ってないと思うから…!」
人に向かってフォークを投げつけてきた人の元へと向かう者に何という言葉をかける。
フォローに全くなってないセオドアの言葉にシオンは何も返さず、いまだにこちらを見つめている視線の先へと両目を向ける。
そこにいるのは普段通りの彼だ。団員たちを率いる彼の姿。見慣れた姿なのに今はとても近寄り辛い。本能が危険を察知していた。
そしてその危険予知が見事に当たったのだとシオンが確信を持つのは少しだけ酒の匂いを漂わせた彼に引き寄せられた時なのであった。










人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -