青空と花を見る-06-


眩しいと感じるくらいの陽の光が自身や赤い翼の隊員達を照らす。バロンよりも強いと感じる陽射しを浴びながらカインはとある方向を黙って見つめていた。
視線の先にあるのは木々や植物が生い茂る森であった。夜更けに訪れた森を遠くから見れば異常なのは明らかだった。森はカイン達がいる場所にそびえ立つ木々よりも明らかに高く、深緑の葉を身に着けている。
その森を、木の枝の上に立ち、腕を組みつつ見つめながら果たして自分の判断は適切であったのかと考える。判断とはあの森に2人で向かわせた事だった。やはりもう少しあちら側に手を回すべきであったか。しかし村人の話だと各地から魔物達が現れていると聞き、赤い翼の隊員達もそれぞれ分散させなければならなかった。1か所ずつ叩くという手もあったが何せ出現箇所が多く時間がかかりすぎると予想をされた為だ。
時間をかけては刺激をされた魔物達が多数攻めてくるかもしれない。そうなればさすがにこちらも分が悪かった。その為、現在の様な判断をしたのだが。
――セオドアには陽が暮れぬ内に必ず戻れと伝えてはある。そしてその言葉を少年は敬礼と共に受け取ったが果たして遂行をする事が出来るか。気掛かりなのはシオンであった。
セオドアをシオンの護衛に回したのは長い付き合い故に不測の事態の際に連携が取り易い事、そして彼女を止める事が出来るのはセオドア以外にいないと判断をした為だ。セオドアがいる事で無理をしてまで調査を行わないだろうとカインは考えたのだ。
だがその考えとは裏腹に何故か嫌な予感がしていた。その考えを消すべく頭を振る。今はただ2人が帰ってくる事を信じるだけだ。それにこちらにもやるべき事は多々ある。
「次の場所へ向かうぞ」
枝から飛び降り、隊員達にそう告げるやカインはマントを翻した。

「好きな人がいるんです」
そう呟いた彼女の瞳にはどこか諦めの様な色が浮かんでいた。
「でもその人にはずっと好きな人がいるんです。私よりも綺麗で強くて賢い人なんですよ」
静かにそう話す彼女はずっと夜空を見上げていた。その瞳は全てを話し終えるまで、一度もカインを映す事はなかった。
「だから私が好きだと言ってもその想いは間違いなく受け入れては貰えないんです。だからさっさとこの気持ちはしまわないといけないんですけど、それが出来ないんですよね」
小さく彼女は笑う。その笑みに自虐のみが含まれている事は明確だった。
「出来なくて、時間があるとその人の事ばっかり考えちゃうんですよ。だからそんな自分が嫌になって今みたいな生活をしているんです」
そう語る彼女に一言「そうか」としか返せなかった。話を聞けば聞く程、カインの中で何かが大きくなる。彼女がそれ程までに慕う人物はきっと余程人が出来ているのだろう。そう思うと何故か苛立ちの様な物を感じる。
「っていうお話なんですけど…あんまり良いお話じゃないでしょう?時間の無駄だったとは思いますが」
小さく息を吐き、目を瞑る彼女の横顔を見つめる。きっと頭の中には慕う人物が思い描かれているのだろう。今話をしているのはその人物とではないというのに。
「そんな事はない。無理強いをしてしまってすまなかった」
「貴方が謝る事じゃないですからそんな事は言わないでください」
困惑の色を浮かべながらシオンがカインを見る。
聞きたい事は沢山あった。けれどどれを聞いたとしても彼女を傷つける事は分かり切っていた。だから当たり障りのない事しか言えない。
セオドアは彼女をずっと笑顔にしたいと言っていた。だがそれを出来るのは彼女が慕う人物か時が経ち、彼女の心の整理が出来てからなのかもしれない。
だがそうだとしてもカインの中では諦めが浮かばない。今の彼女はかつての自分と似ていた。だからこそ、自分が何とかしてやりたいと思う。ではどうすれば良いのか。そう思ったのと同時にカインの中で1つのある思いが浮かび――同時にそんな思いが浮かんだ事に困惑を覚えてしまった。
「カインさん…?」
カインの様子が変わった事に気付いたのか、シオンが恐る恐る声をかけるが彼にしては珍しくその声は届かなかった。

――あの時に浮かんだ言葉が頭の中から離れない。
本日予定していた箇所の駆除を終え、飛空艇に戻ってからというものカインはぼんやりと壁に寄り掛かりながら思案していた。
その言葉が何を意味しているのか、その答えは出ていた。けれどその言葉を、思いを彼女に伝えて良いのかが分からない。
結局あの場では自身の事で一杯になってしまい、彼女に何ひとつ言う事が出来ずに別れてしまった。今朝も都合が合わずに見送りも出来なかった。
このままではいけないとは思う。だがどう動けばいいのか。
と、思案するカインの耳に聴き慣れた声が飛び込んできた。その声にいつの間にか閉じられていた瞳を開け、声がした方へと視線を向ける。
「セオドア、ただいま戻りました!」
カインの前に来るや敬礼をしたのはセオドアだった。
陽が落ちるのにはまだ十分時間がある。言われた通りに遂行が出来たか、と安堵の色を微かに滲ませるカインだったがそこである事に気付く。
「シオンはどうした。それに何か臭うぞ」
そう指摘をすればまだ幼さが残るものの凛々しく努めていた顔が一気に歪み、困惑の色を浮かべた。
「そ、それが…」
セオドアがぽつりぽつりと言葉を洩らす。
その言葉を聞き終えるやカインは槍を片手に飛空艇を飛び出した。

昨日の夜に通った道を思い出しながらも失速する事なく駆け抜ける。
時折邪魔をするかの様に飛び出してくる魔物を槍で薙ぎ払いながらカインが目指すのは森の奥であった。
いつしか道はカインが通った事がない道へと入り込んでいた。けれどそれでも彼が失速をしなかったのは異臭の為だった。
鼻につく悪臭と呼べるそれは先程飛空艇に戻ってきたセオドアも身に纏っていたものだ。進むにつれ濃くなる臭いに思わず顔をしかめていると視界の隅に一際光が射し込んでいる場所を見つけた。その場所へと迷う事なく足を向ける。
そこは森を抜けた先だった。そしてその場所こそがセオドアの話を聞き、カインが目指した場所。
――色鮮やかな花が咲き誇っている場所。その花畑の中でこちらに背を向けて佇むのは見慣れた人物。
その人物を見つけるやカインは足を止め、気がつけば声高に発していた。
「シオン!」
カインの声が届いたのか、シオンが振り返る。その瞳に驚愕の色を浮かべながら。
「か、カインさん!?」
上擦った声を上げるシオンにカインが早足で近付く。と、それに気づいたシオンが慌てた様子で「来ないでください!」と声を発した。
その言葉にカインは足を止め、怪訝な表情を隠す事なく浮かべる。
「だ、駄目です!それ以上近寄ったら…!」
「何故だ」
「な、何故って、駄目なものは駄目です!というかなんでここに…!?」
「決まっているだろう、お前を迎えに来た」
だからそちらに行くぞ。
そう言うやカインは再び歩き出す。シオンはといえばあわあわと視線を彷徨わせ、口を閉じたり開いたりしていた。
やがてカインはシオンの目の前に辿り着く。そして同時に顔をしかめ、それに気づいたシオンがへにゃりと眉を寄せながら「だから言ったのに」と呟いた。
「……セオドアより臭うな」
「い、言わないでくださいよ!だから言ったのに!なんで来るんですか!」
「す、すまん…直撃か」
「そうですよ!だからセオドアを先に帰らせたのに…!こんな臭いじゃ恥ずかしくて帰れないから…!」
捲し立てる様に言うやシオンは顔を両手で覆ってしまった。これにはさすがに言いすぎてしまったかと決まりが悪そうな顔をするカインは気まずさからか彼女から視線を逸らし、視界に花を映し出す。
――セオドアから聞いた話はこうだった。
森の奥深くから魔物の咆哮がし、行ってみるとそこにはモルボルがいたという。ただサイズは2人が今まで見たものよりも巨大だった。そしてそのモルボルは今カイン達がいる花畑で花を貪っている最中だった。
この異質なモルボルが土壌の異変の原因ではないかと疑ったシオン達はこのモルボルを倒した…のだがその際にシオンがセオドアを庇って悪臭を放つ息を一身に受けてしまったという。
戦闘が終わるやすぐさまセオドアが治療をしたもののまだ気怠さが残っており、かつこの花畑の調査がしたいと帰るのを渋ったシオンは自分も残ると言うセオドアを無理矢理先に帰したそうだ。
無論シオンが帰るのを渋った理由は本当だろうが一番はこの悪臭を保ったまま帰るのが嫌だったというのも含まれているのだろう。そこまで意識が回らなかったのは己の配慮の足りなさではあるがだからと言って放っておくことも出来なかったのも事実だ。
「体はもう大丈夫か」
恐る恐るカインが訊ねればシオンは顔を覆ったまま小さく頷く。改めて彼女を見れば所々服が小さく破けてはいるものの致命傷も負ってはいない。安堵を隠さずに「そうか」とカインが呟けばシオンがそっと手の隙間からカインを見やる。
「あの、カインさん。私、大丈夫ですから先に…」
「言っただろう。お前を迎えに来たと。お前が帰ると言うまで俺は帰らんぞ」
「えぇ…し、しばらく帰るつもり、ないですよ…」
「ならそれまで付き合うまでだ」
「……カインさんって頑固過ぎませんか」
「そうか?バロンにいるどこかの2人に比べたらそうは思わんが」
バロン城にいる王と王妃となった幼馴染達を思い浮かべながらカインが小さく笑えば「そうですね」とシオンも小さく笑いながら覆っていた手を離す。
「この花畑に咲いている花達、見慣れないんです。だから少しメモに残しておきたいんですけど」
「お前がしたい事をすれば良い。何なら手伝うが」
「本当です?じゃあお言葉に甘えます」
手伝うと告げた言葉が余程嬉しかったのか、シオンがにこにこと微笑む。
その表情にカインは自然と少しだけ気を緩めつつもシオンの手伝いを開始した。

花を見ていた視界がほんのりと赤く染まる。その事に気付いたカインが空を見上げれば陽が微かに傾き始めていた。
「シオン」と共にいる彼女の名を呼ぶが返事はない。視線を動かしてみれば先程までは近くに居たというのに見れば少し先の方にいた。
しゃがみ、じっと花を見つめているシオンに近づき、声をかける。するとシオンは顔だけをカインへと向けた。
「この花、見てくださいよ」
シオンが目の前に咲いている花へと視線を動かし、カインも倣う。
そこに咲いていたのは水色の花弁をつけた花であった。
「この花、カインさんみたいじゃないですか?」
「は?」
「ほら、カインさんが今身に着けてる鎧の色と似てるじゃないですか」
「…そういう事か。まぁ確かに似ているな」
シオンの隣に立ち、改めて花を見る。確かに言われてみればそんな気がしなくもないなと思いながら視線をシオンへと移す。
花をじっと見つめるシオンの瞳はひどく穏やかだった。その瞳に微かな違和感を覚えるがそれを拭うより先にシオンが視線に気づいたのかこちらをじっと見つめてきた。
「あの、カインさん」
静かな声で話しかけてくるシオンに数秒流れてから「なんだ」と返す。こちらを見つめてくるシオンの瞳から逸らす事が出来ぬままに。
「昨日はすいませんでした。任務の最中だというのに私情の話をしてしまって」
「話す様に言ったのは俺だ。お前のせいではない」
「そうだとしても、話す事を決めたのは私です。セオドアから今朝からカインさんの様子がおかしいと聞いて、絶対昨夜の話だと思って…本当にすいませんでした」
立ち上がり、深く頭を下げるシオン。そんなシオンにカインは頭を上げる様に促すがそれでも彼女は動かなかった。
自分が昨夜の事で頭を悩ませている事にセオドアが気付いていたのが意外だったが今はその点について考えている場合ではない。
シオンの言う通り、確かに彼女の話を聞いてから考える事があったのは事実だがそれは恐らく彼女が考えている事とはまったく異なるに違いなかった。
――小さく、ゆっくりと息を吐く。
昨夜からずっと考えている事を言うのは今しかないと思った。この言葉を聞いて彼女がどんな思いを、行動をするのか見当がつかないがそれでも伝えたかった。
「シオン。俺も謝らねばならない事がある」
「え…?」
静かな声でそう告げればシオンが微かに驚きの表情を浮かべたまま顔を上げた。その表情を逸らす事なく見つめながら言葉を続ける。
「昨夜のあの場で告げたかった言葉を今言いたい」
「な、何ですか…?」
シオンの瞳が不安を滲ませ、揺れる。この瞳が今から言う言葉によってどう変わるのか、期待と不安を胸に抱きながらカインは言う。
「お前はあの時、好いている者への思いをしまいたいと言った。その手伝いをしたいのだ」
「え…?て、手伝いって、ど、どんな」
「俺を好きになってみないか」
真っ直ぐにシオンを見つめながら言う。
シオンは目を瞬かせ、驚きの表情を浮かべたまま声を発しなかった。恐らくは自分が放った言葉の意味を理解するのに時間がかかっているのだろうとやけに冷静な頭が判断をした。
「言っておくが手伝いとは言ったもののお前を好いているのは本心だからな」
かつての恋の時と抱いたものが違いすぎて気づくのにひどく時間がかかってしまった。
振り返れば恐らく先の月での戦いの時から彼女を想っていたのだろう。ただ気付かなかったのだ。あまりにも長年抱いていた感情と、関係とが違いすぎて。
けれど昨夜の話を聞いて漸く気付く事が出来た。自分はシオンを好いている。無論異性としてだ。
「シオン」
静かな声にぴくりとシオンが小さく肩を震わせ、微かに瞳が揺れたかと思うとカインをそっと見つめる。
言いたい事があるのだが言葉が出てこない、そんな様子な彼女にカインは小さく微笑む。
「すぐに返事をとは言わない。だから焦る事は、」
「ち、違うんです!あの、そういう事じゃなくて」
諭す様に話すカインの言葉をシオンが遮る。その勢いにカインは自然と口を結んだ。
様々な感情で揺れる瞳を隠さないままシオンはカインを見つめ、暫くの沈黙の後に震える声で呟く。
「……信じても、良いんですよね…?その言葉を、本当に」
「…あぁ。信じてくれるのか?」
「…カインさんは、嘘をつかない人です…ずっと、ずっと見てたから、分かります」
「…ずっと?」
シオンの言葉に違和感を覚え、思わず呟く。するとその言葉に反応してか、シオンはふにゃりと顔を歪めた。
「私、ずっと勘違いをしていたみたいです。ずっととある方を好きだなんて思ってたのは、私だけだったのかも」
「……まさか」
頭の中で言葉が過る。それはカインが一番望んでいた言葉に近いものだった。
先程のシオンの様に言葉がうまく出てこないカイン。そんな彼にシオンは気付きつつも、ゆっくりとした口調で話しかける。
「私はもう一度、ちゃんと貴方を好きになりたいです。だから、手伝ってくれますか…?」
声音に少しだけ不安を滲ませ、瞳にどこか縋る様な色を宿しながら問うシオン。
その姿と言葉にカインは確信をした。彼女がずっと想っていた人物は他ならぬ自分だった事、そしてずっと彼女を苦しめていたのも自分だった事に。
残酷な事を長い間させてしまった罪悪感を感じながらも、どこか喜びを覚えている歪さに内心で苦笑しつつ、不安そうにしている彼女にそっと手を伸ばす。
「あぁ…勿論だ。ありがとう、シオン」
そっと彼女の目尻に溜まっていた水滴を拭えばシオンは心の底から安心と嬉しさを宿した笑顔を浮かべたのであった。










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