青空と花を見る-05-


そよ風に吹かれ、幾枚の桃色の花弁が宙をふわふわと舞う。と、その花弁の1つが前を歩くセオドアの髪にふわりと着地をした。
気付いたシオンが「セオドア」と声をかければ少年は不思議そうな表情を浮かべながら振り返り、足を止めた。そんな彼に動かぬ様に指示をし、手を伸ばして花弁に触れる。
「これ、ついてたから」
セオドアに見せる様に差し出せば彼が視界に捉えた瞬間、花弁は再びふわりと宙を舞う。
そして森の奥――2人が目指している先へと吸い込まれる様にして消えて行った。

陽が昇り始めた頃、シオンはセオドアと共に飛空艇を後にした。目的は森の奥の調査の為だ。
最初はシオン1人で行こうとしていたのだが飛空艇を出るより先にセオドアがシオンを待ち構えていた。少年曰く、カインより付き添えと言われたらしい。村に着く前に話していた内容と違うではないかと思ったがセオドアには罪はないし何よりここで追い返す事は上司の命令違反行動にも繋がる。
仕方がないので彼と共に深夜に行く事が出来なかった森の奥へと向かう事にした。
「この森、すごい植物がいっぱいだ」
バロンでは見た事がない植物達が多数生息をしている為か、セオドアが辺りを物珍しげに見渡す。そんな少年にシオンは小さく笑いながら注意を促す。
「毒があるのもあるかもしれないから気を付けてね」
「ま、またそうやって子供扱いをする!今はシオンの護衛を務めているんだから当然気を付けてるに決まってるだろ!」
「はいはい。頼りにしていますよ、赤い翼の隊員さん」
拗ねた様な表情を浮かべるセオドアにシオンはくすくすと笑う。頼りにしているのは本心なのだがきちんと伝わっているのかどうか。
「さて、と。もう少し行ったら休憩をしようか」
シオンの言葉にセオドアは頷き、先導をするかの様に先に歩き出す。そんな少年に倣う様にシオンも歩き出す。
雲1つない青空の下を、靴が地面を踏みしめる音と植物達を撫でる風の音が支配する。時折魔物の咆哮と共に剣技と魔法の音が響いたがそれもほんの一瞬の様な時間の短さだった。
やがて2人は少し広い場所へと出た。そこで木々を背に身を休める事にする。
小さく息を吐き、地面へと座るシオンにセオドアはそこで彼女の顔色に疲労が広がっている事に気付いた。
「シオン、大丈夫?」
「ん?あ、あぁ、大丈夫だよ」
「夕べ、帰りが遅かったみたいだけど…」
シオンの隣に腰を下ろし、セオドアが不安げな表情を浮かべたままシオンを見ればシオンは硬い表情を浮かべている。
「シオン?」
セオドアが呼ぶが返事はない。ただじっと森の奥を見つめている。その姿にもう一度、今度は先程より大きめの声で名を呼べば驚いた表情でシオンはセオドアの方へと向いた。
「ど、どうしたの?」
「どうしたのって…それはこっちの台詞だよ」
「えっ…あ、ご、ごめん…?」
「本当にどうしたの?今朝会った隊長も今のシオンの様な感じ、」
「カインさんも!?」
セオドアの言葉を遮り、急に声を張り上げるシオンに思わずセオドアが後ずさる。と、それに気づいたシオンが我に返り、慌てて短く咳ばらいをした。微かに頬を赤く染めながら。
「ご、ごめん…」
「べ、別に良いけど…隊長と何かあった?」
「な、何もない!何も言ってない!大丈夫!」
慌てて捲し立てるシオンをじとり、と見つめるセオドア。そんな少年に気付いたシオンは内心でどう誤魔化すべきか必死に策を巡らせる。
言える筈がなかった。夜にカインに相談をしたなどと。理由は簡単だ、ただ単に恥ずかしいのだ。只でさえ以前自分が恋で悩んでると打ち明けた時でさえ恥ずかしかったというのに。
セオドアは自分がカインに想いを寄せているとまでは考えついていない筈だ。でなければわざわざカインに「シオンが恋で悩んでいる」などと言わない筈。カインはあの場では濁したがセオドアが彼に言った事は明らかであった。
――それにしても今思い返せば滑稽な姿であったと思う。想いを寄せている人物に恋の相談をするなど。最初こそ言うのを断るつもりであったというのにあの瞳を見たら躊躇ってしまったのだ…まるで自分に言ってくれと懇願する様な瞳に。
セオドアは先程カインの様子がいつもと違う様な事を言っていたが間違いなく自分のせいだと思った。きっと疲れているのにわざわざ無理をしてくれたのだろう。王と王妃もだが彼も面倒見が良すぎる節があった。恐らく今回もそれが出てしまったに違いない。
話をしていた最中、どこかカインが余所余所しかったのは記憶の隅にあった。
飛空艇に戻ったら謝罪をしなければ。無理をさせた事も、場違いな事を相談してしまった事も全部。そう思っていると不意に視線を感じ、見ればセオドアがこちらをじぃっと見ていた。そこで自分はこの少年を論破する言葉を考えていた事を思い出し、同時にしまったと思ったがもう遅い。
「シオン」
ぐっと顔を近づけてくるセオドア。その様子に既視感を覚える。これは間違いなくあの時――自分がセオドアに恋で悩んでいると伝えた時と同じだ。
まずい、とシオンが顔をしかめる。その時であった。
――地を這う様な魔物の咆哮が森の中に響き渡る。
「っ!?」
その声にセオドアがシオンから飛び退き、剣を手に掛け辺りを見回す。シオンも地面に置いていた杖に手を掛けながら見回すが魔物の姿は見当たらない。
「今の声は…!?」
「分からない。でもここから近い…と思う」
道中で討伐していた魔物とは違う咆哮であった。先程聞こえた獣ではない何かの咆哮を思い出し、シオンの勘がこの森の異変と繋がっていると告げる。
「聞こえたのはもっと奥…?」
「恐らくはね。用心して行ってみようか…多分この森の異変と関係していると思う」
セオドアが緊張した面持ちで頷くのを横目に杖を持ち、立ち上がる。
何が潜んでいるかは分からないが最悪の事態だけは想定しておかなければならない。増援を呼ぶという手もあったが彼等は彼等で各地の魔物討伐等で忙しい筈だ。こちらにセオドアしか護衛を回せなかったのもその為だろう。
(最悪、セオドアだけでも逃がさないと)
死ぬつもりはない。だが最悪の事態になればセオドアだけは何としても逃がさなければならない。彼は赤い翼の隊員だが一国の王子だ。そして本来なら自分が彼の護衛をするという立場なのだ。
「行こう、気は抜いちゃ駄目よ」
静かにそう言い、歩き出す。
――森の匂いが濃くなる森の奥へ向かって。









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