青空と花を見る-04-


微かに染みる様な冷たさを含んだ風が体を打ち、その度に目の前にいる彼女の髪がふわりと揺らぐ。
ペンとメモを持ち、辺りを見回す表情は凛々しく見えた。その表情はかつての月での戦いの時によく見せていた表情と同じで彼女が今回の任務にどのような気持ちでいるのかがはっきりと見て取れた。
ふと、そういえば彼女と共に任務に赴くのは初めてだったなとカインは思う。自分達と同じ様に各地へと奔走している彼女の主な仕事は外交や各地の復興状況の視察等、多岐に渡るという。カインもすべてを把握をしていないそれらを日々こなすシオンは城内にほとんどいない。最近では特にそれが顕著だそうであのセオドアですらろくに会えていないのだという。
月での戦い以前はそんな事はなかったと語ったセオドアの心配を隠さない表情を思い出し、同時に彼と以前話した内容を思い出す。その時だった、視線を感じたのは。
「カインさん?」
疑問を含んだ声がした方へと視線を向ければこちらを見つめるシオン。その表情にはどうかしたのかと書かれていた。
「何でもない。少し考え事をしていただけだ」
「…そうですか。あの、お疲れでしたら先に戻っても構いませんので」
こちらの様子を伺いながらそう口にするシオンにカインは思わず「お前の方が疲れているだろう」と口に出そうとしてしまい、寸での所で止める。例え言った所で素直に受け止めてはくれない事は察していた。だから自分がこうして彼女が無理をしないか監視をするのも兼ねてここに来たのだ。
シオンの言葉に何も返さず、辺りを見回す。2人がいる場所は村から少し離れた森の中であった。
作物が育たないと村人達が言っていた言葉を思い出す。確かに彼らの言う通り、村の中、及び周辺にいる植物達はほぼ枯れ果てていた。かろうじて生きていると見かけられる植物もいたがそれでも花弁の色などは変色していると村人が話していた。
だが、今2人がいる森は違った。世間で見かける――いや、それ以上に森の匂いが濃い場所であった。つまりはこの地にいる植物達だけが異様に活気に満ちているのだ。まるで村周辺の植物達の養分を全て吸い尽くしているかのように。2人の足元にはバロンの地では見た事がない花達がそよりと吹かれる風で揺れている。
そして活気付いているのは植物達だけではなかった。この森に元々生息していると思われる魔物達の気配も濃い。恐らくはその魔物達が村へと行き、村人達を襲っているのだろう。
「…この森の奥、何かある気がします」
ペン先でまだ足を踏み入れていない道を示しながらシオンはぽつりと洩らす。その言葉がまるで今から向かう様な響きを持っているかのようにカインには聞こえた。
「まさか今から行く気ではあるまいな」
「……行く気だと言ったら」
「引き摺ってでもお前を飛空艇へと連れて帰る」
「……。結構強引ですね」
少しだけ苦笑いを浮かべるシオンにカインは内心で呆れるのと同時に普段もこうなのかと彼女の言動に危機感を抱く。死ぬつもりはないだろうが言動自体にどこかそれらを感じさせる物が含まれている様な気がしたのだ。
これはまずいな、とカインがシオンの出方を伺っているとシオンはややあって小さく息を溢した。
「分かりました。今はここまでにします」
やれやれといった風に肩をすくめ、メモとペンを懐にしまうとシオンは軽く伸びをする。と、気が緩んだ為か伸びをした後に小さく欠伸を1つ溢したのをカインは見逃さなかった。
「じゃあ飛空艇に帰りましょうか」
言うや先に来た道へと足を向けるシオン。その後ろ姿に「あぁ」とカインは短く返事をすると彼女と共に歩き出した。

「そういえばすっかりセオドアは赤い翼のお仕事が板についてきたみたいですね」
しばらく歩いているとシオンが横に並んだカインへと話しかける。その声はどこか楽しげだ。弟の様な存在であるセオドアの成長が嬉しいのだろうか。そんな事を思いながらカインは返答をする。
「そうだな。もともと素質はあったのだろう」
「ふふ、素質はあったとしてもカインさんのおかげでしょうね」
「俺はただ機会を与えているだけだ」
「いや、それだけじゃないと思いますよ。セオドアってば会うとすぐカインさんのお話をするんですもの」
「セオドアとはよく話をするのか?」
「んー最近はちょっと、ですけどね。なかなか忙しくて会えませんので」
「…セオドアが不安そうにしていたぞ。シオンが働きすぎだとな」
「この間、そんな感じの事を言われましたよ。疲れてるんじゃないかって。全然そんな事はないんですけどねえ」
会話をしていた時の事を思い出したのか、シオンがくすくすと小さく笑う。その姿を横目で見つつカインは以前セオドアと話をした時の事を断片的に思い出す。
――真月での戦い以前よりシオンはバロンに仕えていたという。ただ仕え始めたのはセオドアが幼少期の頃からでその時から彼女は今の様な各地への視察等を行う職務を行っていた。
「あの時はぼくの面倒も見ないとって事もあったかもしれませんけど、よく城にいたんです」
城より少し離れた丘の上でぽつぽつと話す少年の言葉が蘇る。
「たまに仕事をするのが面倒だと言ってぼくの所に来て遊んでくれたりもしたんですよ…あっこれはシオンには内緒ですよ。でも最近はそんな事も全然言わなくなって…むしろ仕事が楽しいみたいな感じで…」
それらの話を聞いて真月での戦いが彼女の心境を変えたのだと想像するのは容易に出来た。あの戦いを経て変わった者が少なからずいる事はカインもうっすらと察していたからだ。
シオンが以前よりも仕事熱心になったのは自国の復興の為なのは勿論だろう。けれどそれだけではない事を少年から聞いた話でカインは思っていた。
「なぁシオン」
「何ですか?」
聞くのなら今しかないと思った。
もともとこのきっかけを作ったのはカイン自身だ。彼女が赤い翼と共に任務を行うと聞き、兼ねてよりセオドアから聞いていた話の事を訊ねるのはこの機会を置いて他はないと。
「何故お前はそうまでして働く?」
「そんなの決まってるじゃないですか、大好きなバロンの為ですよ」
きっぱりとカインを見つめ小さく微笑みながらシオンは返す。その様子に言葉に偽りはないのだと感じつつカインはシオンを見据える。
「本当にそれだけか?」
そう訊ねれば隣にあった気配が消えた。
足を止め、振り返ればそこにいたの自身より数歩後ろに立ち、呆然とした表情で目を瞬かせ、こちらを見つめるシオンの姿だった。
「…な、なんで、そんな事を聞くんですか」
僅かに言葉を放ったシオンの声音が震えているのをカインは聞き逃さなかった。そんな彼女にカインは歩み寄る。
「先程の答えが嘘だとは思っていない。だがそれだけで無茶ともとれる言動を取れるかと思ってな」
「……そう、ですか」
意地の悪い問いと答えだと自分で思った。彼女が何故忙殺される日々を取るのか、その理由を察しているというのに。彼女が今行っている事はかつての自分と似ているのだ。自分の内に秘めた想いを何かで誤魔化そうとする、そんなところが。
だからこそ彼女の力になりたいとカインは思う。セオドアと同じく、彼女には笑顔でいて貰いたかった。先程見せた凛々しい表情やセオドアに見せた憂いを帯びた表情よりも、夢の中で見せる様な笑顔が見たかった。
「カインさんは、鋭い人ですね」
「買い被り過ぎだ」
実際はセオドアに相談をされて知っただけだ。だがこの場でセオドアの名を出すのは後々の事を考えるとまずいと思い言葉を封じ込める。
眉を寄せ、どこか困った様な表情を浮かべるシオンを視界に捉えながらカインはゆっくりと話しかける。
「無理に話せとは言わん。だが、お前は1人ではない」
「……、…そう言われると話さないっていう選択肢を選ぶのが厳しいのですが」
「選んでも構わない。ただ、万が一俺に話せないとしても他の奴に相談をすると約束をしてくれるならだがな」
出来る事ならば自分に相談をしてもらいたい、頼ってもらいたい。そんな思いが自然と溢れ、言葉に表れた。その思いに戸惑いを感じ、同時にどこか懐かしさを覚えたのはカインだった。
それはかつての想い人に抱いた感情に似ていた。最も彼女はどこか儚さの様な物を纏ってはいたもののカインよりもずっと強い存在であったが。
何故この様な感情を抱くのか、困惑をしているカインの耳にそんな彼の様子に全く気付かないシオンの小さく息をつく音がそっと入り込む。
「分かりました。じゃあ、お話しますね。でも先にこの森を抜けましょうか。それまでに話す事をまとめておきますので」
まるで観念した様な表情を浮かべながら微笑むシオンにカインは頷くしかなかった。










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