青空と花を見る-03-


ぎぃ、と軋むドアをゆっくりと開けた瞬間、強風とも受け取れる強い風が身を打つ。その風の強さに思わず「わわっ」と小さく声を洩らせば部屋の外にいた鎧に身を包んだ男性が「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。その声に大丈夫だと頷き、部屋の外――青い空が広がる先へと足を踏み出す。
「シオン!」
直後、耳に響いたのは聴き慣れた少年の声だった。見れば少年がこちらへと駆け寄ってきていた。
「セオドア」と名を呼べば目の前で立ち止まったセオドアは「お仕事終わったの?」と問う。そんな彼にシオンは「勿論」と言うや彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わっ…!」と短く声を上げるセオドアにシオンが小さく笑い声を上げれば「やめてよ!」と抗議の声が上がる。仕方がないのでやめればセオドアは唇を尖らせ、恥ずかしそうに頬を染めた。
「み、みんなの前でそういう事はしないでって言っただろ…!」
「ごめんごめん」
「思ってないだろ…もう…!」
口では謝っているものの顔が笑ったままのシオンにセオドアが不貞腐れていれば背後から彼を呼ぶ静かな声。その声にセオドアはぴしっと姿勢を正し、硬い表情を浮かべたまま振り返る。
「た、隊長……」
「俺が言いたい事は分かるな?」
腕を組み、険しい声でそう告げたのはこの飛空艇団の現隊長であった。

数日前。セシルに呼ばれたシオンは彼からある任務を命じられた。それは赤い翼と共にとある村に行って貰いたいというものであった。
その村では先の騒動により魔物が急激に増え、さらには作物の育ちが悪くなっているのだという。つまり村からの要望は魔物の駆除と土壌の調査であった。
前者は赤い翼の隊員達で何とかなるだろう。問題は後者だった。そこで挙がったのがシオンだった。
その話を聞いた時、シオンは思わず「私でお役にたてるんですかね?」と返してしまった。シオンの家は別に農家な訳でもなく、そういった知識は皆無に等しかった。
だがセシルはシオンではないと恐らく解決が出来ないと言い張り、結局はシオンが折れる形となったのだ。
赤い翼に乗り込む際に使えるか分からないが文献は数点持ってきたし多少は頭に叩き込んだ…がそれが通用するかは分からないが。
「土壌の解決策、かぁ」
他の隊員達と混ざりながら仕事をしているセオドアを少し離れた位置で見つめながらぽつりと洩らせば「情報が少なすぎるな」と真横から声が返ってきた。
ちらりと視線を向ければいつの間にか赤い翼の隊長がそこにいた。
「魔物だけのせいにするのは簡単だがな」
「…そうですねーまぁ恐らくそれも関わってはいると思うんですけど…」
「お前はそちらに専念をすると良い。魔物駆除はこちらが引き受けよう」
「ありがとうございます。…あのところで1つ良いですか」
「なんだ?」
「何故カインさん達とご一緒しているんでしょうか」
バロンを立つ際に聞いていた話だとカイン達ではなく別部隊と一緒だった筈。それがいざ乗り込むとそこにいたのは自分と一緒に行けると喜んでいるセオドアとそんな彼の上司であるカインがいる部隊だった。
特に多忙を極める彼等と共に行けるのは心強いし別の意味で嬉しさがあるが他の任務は大丈夫なのかと不安になってしまう。そう思いつつシオンが訊ねればカインは小さく笑うと口を開く。
「俺がセシルに言ったからだ。お前に何かあったら大変だからな…それにセオドアも喜ぶ」
「……なんだかんだ言ってカインさんってセオドアに甘いですよね」
「お前に言われたくはないがな」
「飴と鞭は使い分けてはいるつもりなんですけどねぇ」
軽口を叩きながらも内心は穏やかとは程遠い場所にあった。先程カインが言った言葉がシオンの中で渦巻く。自分を心配してくれたのだろうか。だとしたらこれほど嬉しい事はない。例えそれが今のバロンの状況からという意味だったとしても。
捻くれている訳ではない。自身が望む意味での言葉は彼の口から聞く事は出来やしないのだとずっと思っているからだ。
――いつから彼に惚れていたのかは分からない。けれど気が付いたら目で追っていて、彼に好意を抱いていると把握するやぼんやりと彼の事を考えたりする事が増えた。けれど今はそんな事に現を抜かしている場合ではないとは分かっていた。去った真月が残した物は膨大だ。バロン王国を支える1人として恋に意識を向けている場合ではない。
だが、気持ちが追い付かなかった。このままではいけないと思い、閃いたのがひたすら忙殺される日々を過ごす事だった。
首を突っ込まなくても良い事でも積極的に首を突っ込んだ結果、今では毎日各地を奔走する日々を過ごす様になっていた。正直に言えば体がついて行かない時もあるがそれでも頭は無意識に彼の事を考えずに済む事が格段に増えた。
だが、仕事が一段落するとふと考えてしまう。彼が何をしているのかだとかそんな事を。けれどいくら考えた所で彼が自分に寄り添ってくれる事はないのだとシオンはしっかりと理解をしていた。だから考えたくなかったのだ。
吐き出したい思いがあるのにそれは決して口に出す事は出来ない。その事が苦しくて苛立ちの様なもやもやとした何かが身を痛めつける。
今回の任務も最初こそ赤い翼と共にと聞いた時には思わず渋ったくらいだった。けれど結局はセシルの言葉に勝てず、ならせめてと適当な理由をつけて比較的容易な任務についている部隊と共にと約束を付けていた筈だったというのに。
(あぁ、早く解決してバロンに戻りたい)
シオンの胸の内の葛藤など知らず、いつの間にか傍を離れ、部下に指示を出しているカインを見つめながらシオンは気付かれぬ様に小さく息を吐いた。

村に着いたのはカインと他愛もない会話をしてから数時間後であった。そろそろ月が淡い光を帯びながら光り出すであろう時刻についた一行はひとまず村へと立ち寄り、そこで簡単な事情を聞いた。
内容は書状に書かれた通りの事だった。連日続く不安と緊張で疲労が濃く映し出されている村人達に問題を解決する事を約束し、ひとまず今日は飛空艇で休む事となった。
村人達と話し終えシオンはゆっくりと村を見回す。木製の家には所々に魔物が掻いたであろう傷が残されていた。村人の何人かも負傷をしていた。
(悠長と構えている暇はないか)
魔物駆除は自分達に任せろとカインは言っていたがシオンにはそんな気は全くなかったし何より村人たちの憔悴し切った顔を見たら尚更放っておく事は出来なかった。
明日から動くとは言ったが少しだけ周辺等を見ておくべきか。そう判断をしたシオンは村の出入り口へと足を運ぶ。
「シオン」
村の出入り口に差掛ったところで不意に自身の名を呼ぶ声がした。
声がした先――村の出入り口に佇んでいる彼に思わず内心で苦い思いを浮かべる。
今一番会いたくはない人がそこにいた。
「カインさん」
苦い思いを言葉に出し、足を止めれば彼が歩み寄って来る。
程無くし自分の前まで来たカインを見上げれば鋭い瞳が真っ直ぐにこちらを射抜く。
「飛空艇に戻る雰囲気ではないな」
「……少しだけですよ」
「時期に日が暮れる。慣れぬ土地で夜に動くのは危険だ。それはお前も分かっているだろう」
「勿論。ですがそうは言ってはいられない状況だと思うのですが」
負けじとこちらも真っ直ぐに見つめながら返す。
互いに互いを見つめる事数秒。先に口を開いたのはカインだった。
「…俺の周りには何故こうも頑固な奴が集まるのか」
腕を組み、息を溢す。そんな姿に一瞬だけ見惚れてしまうが慌てて消し去り、「セシル様達の傍に近かったからですかね」と軽口を叩けばカインは身を翻す。
そんな彼に諦めたかとシオンが思わずほっとする…だが彼女の思惑とは違う言動をカインは取った。
「ならば俺も共に行こう」
「は…?」
「2人で見回った方が効率が良いだろう」
「え、えぇ…?」
早く行くぞと言わんばかりなカインに思わず渋る声を上げるが聞き入れては貰えず。
結局、戸惑う気持ちとどこか嬉しさを感じる気持ちを抱きながらシオンは歩き出した彼の背を追い始めた。










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