青空と花を見る-02-


「カインさん、カインさん」
見ている者を明るくさせる笑顔と共に呼ぶのは己の名前だった。こちらを見ながら尚も名前を呼び、手を振る彼女。彼女の周りには見慣れない花が咲き乱れていて、上空には青い空が広がっていた。
そんな彼女に近づこうと一歩足を踏み出す。
直後、世界が暗転をする。そしていつも夢はここで終わるのだ。

「――ッ!」
「うわぁ!?」
雲一つない青い空が広がるバロン国の王城より少し離れた場所にある丘。そこにいたのはセオドアだった。
城から離れ、ここにいるのは先程まで魔物相手に鍛錬を行い、その休憩の為であった。偶然見つけた丘にあった木の一本の下で休んでいた時だった。不意に真横にどさり、と重たい音が響き咄嗟に短い悲鳴を上げながら傍らに置いていた剣を取り、瞬時に離れて剣を構えた。
「……えっ!?」
だがその構えは落ちてきた物の正体を識別するや瞬時に解いてしまう。
落ちてきたのは物ではなく人であった。それも彼が見慣れている人物で、セオドアは抜いていた剣を鞘に仕舞うと慌てて落ちてきた人――上司である彼に駆け寄った。
「か、カインさん…!?」
「……セオドアか」
落ちてきたままの不安定な姿勢のままで上司であるカインはセオドアを見るや少しだけ驚きの表情を浮かべながら「何故お前がここに?」と言葉を口にした。その問いにセオドアは返答をしようと口を開こうとするがそれよりも先にカインの体の方が心配になり「そ、それよりも体は大丈夫ですか!?」と訊ねた。
顔にはっきりと心配と書かれているセオドアにカインは小さく笑うと「あぁ、大丈夫だ」と言うと体を軽い身のこなしで起き上がらせ、木へともたれ掛かるように座った。その横にそんな彼を見てほっとした表情を浮かべたセオドアがちょこんと座る。
「で、何故ここに?」
「先程まで城周辺の魔物相手に鍛錬をしていたんです。で、休憩をしようと思って…」
そこで言葉を区切り、次には「カインさんがいる事に全く気付かなかったです」とどこか複雑そうな表情を浮かべるセオドア。そんな少年にカインは「そう簡単にいる事が見破られては困るからな」と返しながら自身の衣類についた木の葉を振り落す。
振り落された木の葉達が風に乗り、舞っていく。その光景を見送り、セオドアは再びカインを見る。
「そういえばカインさんは何故こちらに?」
「お前と同じ休憩の為だ。城にいるとどうも落ち着けんからな」
「そうだったんですね……あの、もう1つ良いですか…?」
「……落ちてきた理由か」
セオドアが内容を言い終わるより先にカインが言えば少年はこくりと頷いた。その瞳に浮かんでいるのはどこか体調が悪いのだろうかという不安だ。自分が木から落ちたのが余程想定外だったのだろうか、と内心で苦笑を零しつつ少年を安心させるべくカインは口を開く。
「寝ていただけだ」
「えぇっ!?き、木の上で、ですか!?」
「あぁ。ただ普段よりも深く眠りすぎていた様だな」
普段なら木から落ちる事などないし何より今回が初めてであった。夢の内容に気を取られ過ぎたのかもしれない、と思えば脳内で先程まで見ていた夢が映し出される。
夢の中で見た事もない花畑にいるのは今隣にいる少年がよく懐いている魔道士だ。常に人懐こい笑みを浮かべ、誰かと共にいる事を好む彼女は今は任務でバロンを離れている筈。最後に顔を合わせたのはいつだったか。同じ場所で生活をしているというのに彼女とは全く会わないのが今思うと不思議だ。
避けられている訳ではないと思う。月での戦い時にはよく話をしたし、バロンに戻ってきてからも顔を合わせれば軽い会話をかわしていた。互いに忙しい身であるから会えていないだけだろう。
などとどこか自分自身を納得させる様な言葉を頭の中で羅列させている事に気づき、カインが心の中で自身を笑った時。こちらをじっと見つめるセオドアに気付いた。
「なんだ」
「あっ、えっと、何だかぼんやりとしていたので…」
不安そうに途切れ途切れに言葉を口にするセオドア。そんな少年の頭に心配をするなと言うように手を軽く乗せればセオドアは少しだけ照れを含めた表情を浮かべた。
「カインさんは似ていますね」
「誰とだ?」
「シオンです。シオンもぼくが小さい時から頭を撫でたりしたりするんですよ」
最近はあんまりしてくれなくなっちゃいましたけど、と言葉を続ける少年が少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
「お前を大人として扱おうとしている証拠ではないか」
「そうだと思います…けど…でもそれだったらきっとぼくにもちゃんといろいろ話してくれると思うんです」
後半、微かに声のトーンが変わった事にカインは気付いた。先程まで寂しさを含んでいた少年は今はどこか悔しさを滲ませていた。その事に気付き、カインは静かにセオドアの髪から手を離す。
「何かあったのか」そう問うがセオドアからは返答がなかった。けれど話す気がない訳ではないのは察していたので何も言わぬまま、青空を見つめる。
「……気が付くと空を見上げているんです」
しばらくし、ゆっくりと言葉を選びながらセオドアが言う。
「空を見上げている理由も聞いたんです。でもそれをどうにかしてあげられないんです」
大人だったらきっと何とかする事が出来るんです、と言葉を続ける少年へと視線を向ければ少年も空を見上げていた。膝を抱え、どこか不安げな表情で。
「ぼくはずっとシオンに笑っていて貰いたいんです。悲しい顔はさせたくないんです」
「……そうだな。あいつには笑顔が似合う」
夢の中で出てきた彼女の笑顔を思い描きながら同意を伝えるとセオドアはぱっと表情を明るくさせながらカインを見る。そんな少年によく表情が変わる奴だと表には出さずに思う。最もそこがセオドアの魅力の1つだとは思うが。
「そうですよね…!でもぼくだけだと何とか出来なくて、ずっと悲しい顔をさせてしまうと思うんです…だから、カインさんに相談しても良いですか?」
「俺で大丈夫なのか」
「はい!だから、お願いします…!」
縋る様な、けれどはっきりとした意思を宿した瞳がカインを射抜く。その瞳の力強さにカインは思わず目を細めた。少年だと思っていた少年は彼女が扱おうとしている、大人へと変わりつつあるのだと感じた。
「わかった。俺でよければ力になろう」
セオドアに頼まれるとどうも断れない。それは彼の父親であり親友でもある彼に似ているからなのかもしれない。そう考えると改めて親子なんだと実感をする。
だが今回の頼み事を受けたのはそれだけではない。シオンが関わっている事が引き受けた最大の理由だった。少年を使う様にしてしまうのは申し訳ないがこの一件でもしかしたら彼女と話す機会を得る事が出来るのではないかと思ったのだ。
――自身が彼女に抱く感情が恋なのか。それはいまだに分からないが1つだけはっきりとしている事は彼女の傍にいると心が落ち着くという事だった。かつての想い人に抱いた感情とはどこか違うそれの正体を知る為にもシオンと会いたかった。
そして連日彼女の夢を見続けるのも気掛かりだった。
「ありがとうございます!やっぱりカインさんに言ってみて良かったです…!」
にこにこと笑う少年はカインの胸の内を知らない。
そしてカインもまた少年がこれから口にする内容を当然だがこの時は知る由もなかった。









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