困った彼氏


言い出しっぺが忘れるとは。



「さてさて、アーティ君。私に言うことがあるんじゃないかな」

「は、はい…そ、その、ごめんなさい…」

ヒウンジムの最奥。
その中央に正座をして冷や汗をだらだらと流しているアーティとそんな彼を上からにこにこと笑いながら見つめるレイムがいた。
こういう時に挑戦者が来れば良いのにとアーティは密かに期待をしているのだが、来そうな気配は全くない。現実は無慈悲である。

「本当にそう思っているの?」

「も、勿論だよ!ボクがデートの約束をほったらかして創作活動をしていたのは事実だもん…」

「へぇー」

全然信用をしていない。
顔は笑っているが目は笑っていない。
これは本気で怒らせてしまった、とアーティは今更自身の行為の愚かさを呪った。

「うう…本当にごめん、レイム…」

「すっごく楽しみにしていたんだからね」

「あ、あうう…」

「アーティの絵は大好きだよ。だけどさ、自分から誘ったのにほったらかしは酷いよね」

楽しみにしていたというレイムの言葉に偽りはない。互いに忙しい身のため、なかなかゆっくりと共に過ごす時間がない2人。
故にレイムは楽しみにしていた。待ち合わせ時間の十分前くらいからうきうきとしながら待っていた。だが、時間を過ぎてもアーティが現れる気配はなく、三時間待ってからジムに行ってみるとアーティは鼻歌を歌いながら創作活動をしていた。
その様子を見た瞬間、レイムの怒りの鉄拳がアーティに命中をしたのは言うまでもない。

「せっかくの休みが台無しになっちゃったよ。これなら家にいた方が良かった」

「本当にごめんよ…」

レイムが何か言うたびに小さくなっていくアーティ。
正直に言うとレイムはもう怒っていない。昔からの付き合いだからアーティが本気で謝っていることも分かっている。ただ、最初は本気で怒っていたのは事実。要は仕返しである。
だが、そろそろ可哀想に見えてきた。
ここまでで良しとしてやるか、とレイムは組んでいた腕をほどくと俯いているアーティと目線を合わせるために屈んだ。

「アーティ」

「な、にうはぁ!?」

顔を上げたアーティの目の前で両手をぱちんと合わせるとアーティは奇声を上げながらひっくり返った。
その様子にレイムは思わず笑いが込み上げた。

「あはははっ!アーティってば驚きすぎだよ!」

「な、何だよー急にするからびっくりしたじゃないか!」

起き上がったアーティが唇を尖らせる。
すっかり不貞腐れてしまったアーティにレイムは笑うのを止めるとやれやれといった様子でアーティのおでこに弱くデコピンをした。

「今回は許してあげる」

「え、ほ、本当!?」

レイムの言葉にアーティが顔を輝かせた。
本当に分かりやすいな、とレイムが苦笑をしつつ頷いた直後。

「うう、レイム〜!」

「うわぁっ!?ちょ、あ、アーティ!?」

突然アーティが抱きついてきた。
当然予想はまったくしていなかったため、望まなくても床に押し付けられた。

「ううっ、レイムが許してくれて良かったよぉ…」

涙声になりながら言うアーティにレイムは小さく息をつくと「次にやったら別れるからね」と言った。
その言葉に何度も縦に頷くアーティ。

「絶対にしないから!」

「よーし、言ったね。ちゃんと守ってよ」

「勿論だよ!」

こうして喧嘩は無事に幕を閉じたのだが、2人が階段の隅に挑戦者がいることに気づくのはまだ先のお話。








(レイム、大好きだよ!)(はいはい…)(……どうすれば良いんだ)








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