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そんなお昼休み。
午前の授業の終わりを告げるチャイムの音がし、レイムは眠気眼を擦りながら机に伏せていた体を起こした――直後。
がつん、と頭に衝撃が走った。
「いだっ」
なに、と呟き、顔を上げれば爽やかな笑みを浮かべながら分厚い教科書を持っているワタルがいた。
「俺の授業で寝るとはいい度胸だね、レイム」
「……どうも」
…やってしまった。
今日は寝まいと誓っていたのだが、日常のリズムというものは簡単には変えられないらしい。
開始5分で夢の世界へと旅立ってしまった。
「昼休みにお弁当を持って生徒指導室に来なさい」
「い…はーい」
行きたくない、と言いたかったがワタルのスマイルに負けた。
教室から去っていくワタルの背にレイムがあっかんべーをすると隣に座っているコトネが小さく笑った。
「失礼します」
バン!と勢いよく開けられたドアにワタルは小さく息をついた。
「ドアが壊れるよ」
「そんな柔な造りじゃないですって」
再び盛大な音をたてながらドアを閉めるレイムにやれやれとワタルは再び息をついた。
よっ、ワタルの向かいの椅子に座ったレイムはテーブルの上にお弁当を置くと首を傾げた。
「先生のお弁当は?」
「もう食べたよ」
「はやっ」
まだ授業が終わってからそんなに経っていないというのに。
一体何を食べたのか気になったが聞くのも面倒くさかったので聞かなかった。
包みを広げ、水色の弁当箱の蓋を開ける。
その中から現れた物にワタルは思わず「は?」と間抜けな声を上げた。
「どうしたんですか?」
「いや、それは自分で作ったのかい…?」
「そうですけど…あ、もしかして先生ってば、私が料理下手だと思っていたんですね」
お箸で卵焼きを掴みながらレイムは眉を寄せた。
的確に真実を突いてきたレイムにワタルはその通りと素直に頷けばレイムは「酷い」と唇を尖らせた。
「この卵焼きだって手作りなんですからね」
「見た目は美味しそうだよな」
「さりげなく酷いですよね…なんなら食べてみますか?」
ずいっ、と卵焼きを得意気に差し出すレイム。
その行動に最初はきょとんとしていたワタルだったが、笑みを浮かべながら頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて頂こうかな」
ゆっくりと箸を持っているレイムの手を引き寄せる。
わっ、と小さな声でレイムが短く悲鳴を上げるのを聞きながらワタルは卵焼きを口に含んだ。
「うーん…」
「ど、どうですか?」
「確かに美味しいね。想定外だけど」
「そ、想定外…」
そこまで言われるか。
これは授業中に寝ていた仕返しか、とレイムがワタルを睨み付けると睨み付けられた本人は相変わらず笑みを浮かべていた。
「いいお嫁さんになれるんじゃないかい?」
「そういうことは自分が結婚してから言ってくださいねー」
「ははっ、手厳しいな」
ワタルがレイムの手を離すとレイムはもう1つあった卵焼きを箸に挟んだ。
「いただきまーす」
口の中に卵焼きを含む。
食べながらやっぱり私は料理がうまい、とレイムは心の中で自画自賛をしていると。
「さて、そろそろ呼び出した本題に入ろうかな」
……そうだった。
うっかり自分がここに来た目的を忘れていた。
目の前には相変わらず笑みを浮かべているワタルだが、目は笑っていない。
どうやら相当お怒りらしい。
昼休みはないな、と心の中で泣きながらレイムはそっと箸を置いたのであった。
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(帰りたい…)(聞いているかい?)(も、もちろんですよっ!)