世界、そして自分も
※道しるべの続き
ふわふわと水面から浮き上がる淡い色の玉。
透き通る水は底まではっきりと見え、見たことのない魚と思わしき生物が泳いでいた。
人がいてはならぬ空間とはまさにここのことだろう。
ゆっくりと回りを見回していた少年――青年はゆったりとした歩調で歩き出す。
――幻想的な空間に悠然と立つ大樹へ向けて。
ここへ来るのは初めてではない。
年に1度――かつて、彼女と約束をした日に来ている。
瞼の裏であの日の出来事が3年経った今でも鮮明に描かれる。
彼女はいつも優しかった。常に自分より他人を優先させた。その為、いつも傷だらけだった。
そんな彼女を見て、いつからか彼女を守りたいと思った。世界を救うという使命を持っていた彼女を。
歩みを止め、俯いていた顔を上げる。
そこには凜とした葉たちを枝に宿らせた大樹が構えていた。
いつ見ても凛々しく、そして優しさを宿らせた樹だ。それがかつての彼女を連想させる。
「――よぉ。今年も来てやったぜ」
返事がないことは承知済みだ。
けれど胸が締め付けられる感じは相変わらずだった。
やれやれ、と片手を頭にあてる。昔からの癖だ。帽子を押さえる仕草は被っていなければ意味がないというのに。
「ったく、いつまで寝てんだよ」
笑顔で別れてから3年。
彼女がいなくなり、バンエルティア号にいたメンバーはそれぞれ散らばっていった。けれど年に数回、集まって交流をしている。
世界の情勢や他愛のない会話――そして輝いていた彼女の話。
「皆待ってるっつーのによ」
帰ってくると約束をした。
彼女は約束を守るだろうから帰ってくるだろう。けれどそれがいつになるか――分からない。
柄にもなく不安になってしまうのだ。自分が生きている間にまた会えるのか。
らしくない、と自虐的な笑みを浮かべていると不意に柔らかな風が体を触った。
「――フルーリ?」
あまりにも優しすぎる風にあの日の彼女が脳裏によぎる。
スパーダ、とひだまりのように優しい笑顔で自分の名前を呼ぶ彼女を。
「――ったく」
寝ているわけではないのだ。
今も自分のそばにいてくれている。
それなのに寂しい、だなんて馬鹿な考えだ。
「また来年来るからな」
そう大樹に言い、踵を返す。
青年――スパーダの言葉に答えるかのようにまた風がふわりとふいた。
世界、そして自分も
(お前はいつもそばにいてくれているんだな)