おきゃくさん
お客さんがやってきた。
にゃあ、と呑気な鳴き声。
「ほらほら〜」
フルーリが手に持っている物を振る。
今度は先程のよりのびた鳴き声。
その様子にフルーリはうっとりとした表情で「可愛い〜」とソファに寝そべりながら呟いた。
「ねぇ、名前は何がいいかなぁ?」
フルーリが椅子に偉そうに大股を広げて座っている緑色の髪をした少年に話し掛けた。
「あぁ?んなもん、オレに聞くなよ」
だるそうにスパーダが答えると再び猫は「にゃあ」と鳴く。
まるでそうだと言っているみたいに聞こえ、スパーダは舌打ちをした。
「猫さん、猫さん〜♪」
嬉しそうな表情でフルーリが猫じゃらしを振る。
そのたびに猫が何かしらの動作をするのでフルーリは終始ご機嫌だ。
猫もまんざらでもないらしく、鳴きながら猫じゃらしと戯れる。
つい先程、スパーダが船内の廊下を歩いていると偶然見つけた猫だ。いつの間にか船内に侵入したらしい。
「おい、フルーリ」
「んん〜なぁに?」
猫じゃらしを動かしていた手を止め、スパーダを不思議そうに見る。
「チャットの奴が喚くとうるせーから近くの町に置いてくるぞ」
スパーダの言葉にフルーリはぽかんとした表情をしていたが次第に言葉の意味が分かってきたのか叫んだ。
「だめーっ!絶対、駄目!」
やっぱりそうきたか、とスパーダは舌打ちをした。フルーリが駄目と言うのは予想がついていた。
だが、猫は船から降ろさなければならない。チャットの言い分ではないが、万が一、機械類に毛がはさがったら一大事だ。
「あのな、フルーリ」
「いやっ!猫さんだってここにいたいって言ってるよ!」
「言うわけねーだろうが!」
すかさずツッコミをいれるとフルーリは頬を膨らませて拗ねた。
「スパーダのバカぁ」
すっかりご機嫌を損ねてしまったフルーリにスパーダはガシガシと頭を掻いた。
どう言いくるめっか…魔物よりも強敵だぜ、コイツ…
そもそも、なぜ自分がこんなに悩まなければいけないのか。廊下でフルーリに会ったのが運のつきだったのかもしれない。
「フルーリ」
名前を呼ぶが返事はない。スパーダはめんどくさそうに椅子から立ち上がり、フルーリの両頬をむいっ、と摘まんだ。
「い、いひゃい〜!」
フルーリがスパーダの手を離そうとするが、剣を奮う手をそう簡単に引き剥がせるはずもなく。
結局ただ抗議の声を上げるだけになってしまう。
そんな2人の様子を不思議そうな目で見つめる猫。
ようやくスパーダがフルーリの頬から手を離す。
「痛い…」
頬を擦りながらフルーリはスパーダを睨み付けた。だが、睨み付けられた本人は我知らずな表情。
「スパーダの意地悪!」
「はぁ?返事をしねぇお前がわりーんだろうが」
すぱっ、と言い捨てるとフルーリはうぐっと言葉を詰まらせた。
その様子にスパーダはにやりと笑い、フルーリのさらさらとした髪に自身の手をのせた。
「そいつは野良猫っつーんだよ」
「のらねこ?」
「あぁ。野良猫は自由気ままなんだよ。だから一ヶ所にずっといるなんてのはありえねぇ。…オレが見る限り、そいつは船から飛び出したいみてぇだぞ?」
首輪がついていないということは恐らくこの猫は野良猫だろう。
餌でも求めて船に乗ったのかもしれない。
「そう…なの?」
フルーリが猫に聞く。
猫はにゃあ、と鳴くとフルーリにぴたっとくっついてきた。
「そうなんだ…」
「分かったか?」
「うん。チャットに言って近くの町にバンエルティア号を上陸させてもらう!」
猫を抱き上げてフルーリは部屋を飛び出していった。
やれやれ、とスパーダはどかっとソファに倒れ込んだ。
「強敵だったぜ…」
スパーダはへっ、と笑って目を閉じる。後で猫を町に逃がすときに自分もつれていかれるだろう。猫を逃がすときの彼女はどんな表情をするのか考えると自然に頬が緩んだ。
おきゃくさん
(…そういやアイツ、猫を連れていったよな)(うわぁぁぁん!!フサフサくるなぁぁ!)(チャット、待ってよー!)(にゃぁぁぁ〜)(……うるせぇ)