貴女のためなら!
ま、負けるものかぁぁ!!
部屋の甘ったるい香りに胸焼けを起こしそうだ。
思わず口元を抑えながらやっぱり言わなければよかったと後悔をしたがもう遅い。
目の前に出された苺がちょこんと乗ったショートケーキにフォークを刺した。
たまには宿屋でゆっくりとしたい、という女性陣の言い分で今夜は近くの街で過ごすことになった一行。
宿屋のベットでだらだらとしていたレイヴンは同じくだらだらとしていたユーリが起きるのを感じ、眠りかかっていた目を開けた。
「せいねーん、どこ行くのぉ?」
「おっさんには関係ないだろ」
「ひ、ひどいっ!おっさん傷つくわぁ…」
「勝手に傷ついてろ」
よっ、とベットから降りるとユーリは部屋から出ていった。
ちぇ、とレイヴンはいじけ――閃いた表情をすると、ガバッと起き上がった。
「そうだ、フルーリちゃんとデートをしよう!」
フルーリなら恐らく部屋にいるだろう。
緩む表情を隠さずに軽い足取りで部屋からレイヴンは出ていった。
「えーっと、部屋はっと…ん?」
部屋を探して歩いていると近くで聞き慣れた声がした。
「この声は…青年?」
声がした方へと歩き出す。
自分に何も言わずに出ていったユーリが何をしているのか。
興味を持ったレイヴンは声がした方へと向かうが徐々に足取りが重くなっていく。
「こ、この匂いは…」
この匂いはレイヴンが最も嫌いな匂いだった。
匂いはだんだんと強くなる。
ついにレイヴンは口元を抑えた。
「うっ、なかなか強力な匂いだわ…」
だが歩みは止めない。ここまで来て帰るなんて出来ない。
そしてついに部屋へと辿り着く。
ドアは閉まっているのに廊下は既に甘い匂いで汚染されている。きっとこの扉を開ければ想像以上の地獄が待っているだろう。だが、レイヴンは腹をくくり、ドアをそっと開けた。
「ん?誰だ…って、おっさん?」
「せ、せいねぇぇぇん、元気かぁい…?」
「俺は大丈夫だが、おっさんこそ大丈夫かよ」
ドアを開けると想像以上の地獄が待っていた。
椅子に座りフォークを利き腕に持ってぷらぷらとさせているユーリの目の前のテーブルにはショートケーキのオンパレード。
耐えきれずレイヴンは勢いよく吹き出した。
「ちょ、おっさん大丈夫かよ!?フルーリ、お茶持ってこい!」
ユーリが慌てた様子で言うのを聞き、レイヴンは俯いていた顔を勢いよく上げた。
い、今、青年はなんて言った…?
「ユーリ?持ってきたけど…って、レイヴン!?大丈夫!?」
お盆にお茶をのせたフルーリが慌てて駆け寄ってくる。
真っ青なレイヴンにフルーリはお茶を持たせ、心配そうに覗き込んだ。
勢いよくお茶を口の中に入れる。
あっという間に空っぽになった湯呑みをフルーリに返し、レイヴンは深い息を吐いた。
「大丈夫?」
心配そうな表情をするフルーリにレイヴンは「だーいじょーぶよ」と笑いかけながら(実際はひきつっていたが)頭を撫でる。
「それよりも、このケーキたちは…?」
極力ケーキの山を見ないようにレイヴンは聞くとフルーリはにっこりと微笑んで言った。
「もうすぐクリスマスたがら皆にケーキを作ってあげよっかな、って思って練習中なの。ユーリは試食係なんだ」
「そういうこと。だから答えなかったんだぜ?」
やれやれとユーリは息をつくとケーキを頬張る。
なるほど、とレイヴンはうんうんと頷く。
のだが…
「なんかずるい…」
「レイヴン?」
急に機嫌を悪くしたレイヴンにフルーリはきょとんとした。
つまりユーリはフルーリの手料理を食べているということで。
いくら自分が嫌いな甘い物とはいえ、納得が出来ない。
「なら、代わるか?」
レイヴンの考えを読み取ったのか、ユーリはにやりと笑いながらケーキを頬張る。
「甘い物が苦手なおっさんにはキツイと思うぜ?」
「…お、おっさんを嘗めないでよね。フルーリちゃんの手料理なら何個だっていけちゃうわよ!」
「どもった時点でなんもかっこよくないぞ」
「レイヴン、無理しなくてもいいんだよ…?」
フルーリは困った表情をしながら言うが、レイヴンは燃えていた。
――そして冒頭に戻る。
「うぐぐっ…」
「レ、レイヴン。もうやめておいた方が…」
空っぽになった皿を下げてフルーリは言ったが、レイヴンは頭を激しく横に振った。
「いや、まだまだ!フルーリちゃん、じゃんじゃん持ってきちゃって!」
青い顔をしながら言うレイヴンにフルーリは困り果てた。
このままでは確実に死亡フラグである。
…というか、味のことを聞きたいのだが。しかしレイヴンは食べるので精一杯に見える。
変なところで意地っ張りだなぁ、とフルーリは壁に寄り掛かってにやにやとしているユーリを見た。
明らかに楽しんでいる。
「ユーリ〜」
「いいんじゃねぇか?おっさん、この勢いで甘い物が好きになるかもしれねーし」
「いや、寧ろますます嫌いになりそうなんだけど…」
「フルーリちゃん!つ、次はっ?」
ぜぇぜぇ、と息を吐きながらレイヴンはお代わりを要求する。
魔物に重症の傷を負わされたような様子のレイヴンに、やれやれ、と2人は顔を見合わせ息をついたのであった。
貴女のためなら!
(うぐぅ、ま、まだまだぁぁ!!推して参る!)(あわわ…だっ大丈夫かなぁ…)(愛の力ってすげーな…)