イコール
君に依存している。
ぎぃっ、と少しだけ軋む音をたてながらドアを開ける。
空を見上げれば星たちがキラキラと輝いていた。…綺麗だなぁ。言うならばエステルの瞳みたい。あ、魔導器を前にしたリタの瞳かも。
なんだか寝付けなくて宿屋を出たものの…どうしようか。
とりあえず散歩でもしようかな。
夜のダングレストを1人てくてくと歩き出す。
昼間も騒がしいが夜もなかなか騒がしい。
酒場の前を通る瞬間、窓の向こうに見慣れた紫が見えた。
…明日辛くても知らんぞ、レイヴン。
酒場を通り過ぎ、足は自然と魔導器が設置されている場所へと向いていた。
階段を登りながら、ふと夜空を仰ぎ見る。
「…綺麗だなぁ」
夜空に散らばる星たちの美しさに思わず感嘆が洩れた。
星蝕みがなければよりいっそう美しいだろうな。
「よっ、と」
一気に階段を駆け上がり、魔導器の前に立つ。
うん、異常なし!…だと思う。
私が見たって分からん。専門家なら分かるだろうけどね。
「ふわぁ〜」
…あ、眠くなってきた。
壁にもたれ掛かり、そのままズルズルと地面にぺたりと座り込む。
…ちょっとだけなら寝てもいいかな。
朝方に宿屋に帰ればいいし。
目を閉じると途端に睡魔が襲ってきた。
「――ぶぇっくしょい!」
突然隣から盛大な効果音がし、一気に覚醒した。
「な、なに!?」
もしかして魔物!?いやいや、魔導器は正常だったはず。
思わず懐に忍ばせてある短剣に手を伸ばして――あれ?
私、何かかけて寝たっけ?見ると私には紫色の羽織りがかけてあった。あれ、これって…
「やっと起きた?」
隣から聞こえてきた声に私は座りながらばばっ、と距離をとった。
「レ、レイヴン!?」
「…なーんで、おっさんから離れるの」
しゅん、としながらレイヴンはそう言った。…正直気持ち悪い。
「だ、だって…!」
「せっかくフルーリちゃんが起きるまでいてあげたのに…おっさん可哀想」
「え、そうなの?」
空の暗さを見るとさほど寝てから時間は経っていないようだ。
ということは。私がこっちに行ったことを見ていて来てくれたということか?
「そうよ〜おっさんってば優しいでしょ?」
「人の心を読むな!」
なぜか恥ずかしくなったので、かけてあった紫色の羽織りをレイヴンの方にくしゃくしゃにして放り投げた。
「ちょっ!」と声を上げてキャッチするレイヴン。
羽織りを着ながら私を見てレイヴンは苦笑した。
「フルーリちゃんは素直じゃないねぇ」
「…ふんっ。どうせ素直じゃないよ」
「あらら。ご機嫌斜めかしら」
「誰のせいよ!」
あー…突っ込むのも疲れてきたぞ。
いつの間にか私の隣に寄ってきたレイヴンに突っ込む気力もない。
というか――
「…レイヴン臭い」
「およよ?そうかねぇ」
「加齢臭とお酒の臭いがコラボして気持ち悪い」
「ひどっ!」
とか言いつつもさらに私に寄ってくるレイヴン。
こ、このおっさん…っ!
「近寄るなぁ!」
「えーいいじゃない。おっさん、フルーリちゃんにくっつきたい〜」
酔っ払っているおっさんほどめんどくさい相手はいない。
いや、これは元々だっけ。
「フレン呼ぶよ!?」
「えぇっ!?そ、それだけは勘弁して!」
「じゃあ寄るな!」
「…それはもっと嫌!」
うっざぁぁい!!
思わず頭を抱えていると私にぴたっとくっついてきたレイヴンはよしよしと私の頭を撫でてきた。
だ、誰のせいだと思っているんだ…!
「フルーリちゃんは素直じゃないねぇ」
「…そういうレイヴンもね。てかさ、私に何か用があるんでしょ」
ずい、とレイヴンの顔に近づけると彼は苦笑した。
「…そうねぇ。人肌が恋しくなった、なんてね」
すっぽりと私を腕の中に収める。
まったく。レイヴンこそ素直じゃない。
寂しければ素直に言えばいいのに。
「フルーリちゃん」
「なぁに」と返事はするが、そのあとに会話はないのはいつものこと。
私の名前を呼ぶのは私がいることを確かめるため。ちょっかいをやたらと出すのも自分がそこにいることを確かめるためなのだ。
いつ止まってもおかしくない心臓魔導器。
爆弾を抱えながら生きている彼にしてやれることといえばこれくらいしかない。そんな自分が歯痒い。
「フルーリちゃんは温かいねぇ」
「そのまま寝ないでよ」
「うーん、寝ちゃうかもね」
「風邪を引くのはレイヴンだよ」
「だいじょーぶ。おっさんは強いから!」
「あぁ、バカは風邪を引かないもんね」
「…フルーリちゃーん」
――俺様悲しい!
そう言った声音はどこか楽しそうだった。
ぎゅう、と抱きしめられて正直苦しかったが…まぁ良しとしよう。
「ありがとね」
「…どういたしまして」
何に対してありがとうなのか、分からなかったけど。
それでもレイヴンがいいのならそれでいいのかもしれない。
イコール
(ぐがー…)(…どうしよう)(どこに行ったかと思ったら…お前ら、何してんだよ)