例えば、人間(孫+竹)
三郎の溜め息が部屋に響き渡った。
「………本っ当に…何が入ってんだよこの頭には。いや入ってないのか?何も入ってないんだな?そうだろ?だからそこは違うっつってんだろあぁもう馬鹿!」
「うっ…うっ…うるせえええええ!!!馬鹿で悪かったな!そうだよ何も入ってねーよ!」
「開き直んな!筆を置くな!宿題と向かい合え!!」
今日も恒例の三郎先生による竹谷の勉強会が行われていた。
優しい勘右衛門に教えてもらいたかったのは山々だが、生憎い組は演習で不在だ。
最初は二人の喧嘩腰のやり取りの仲裁に入っていた雷蔵はといえば、今はもう諦めて読書に没頭している。
「はぁ…早く勘帰ってこねぇか、な…」
ワザと三郎に聞こえるようにボソッと呟いた時、ピクリと竹谷の眉が動いた。三郎と雷蔵も気配を感じ取って部屋の戸に目を向ける。
慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、少年が飛び込んできた。
「竹谷先輩っ!!」
「孫兵…どうした?」
「助けてください!お願い、早く助けて!!」
私服の孫兵は血まみれの何かを抱えていて、珍しく酷く取り乱していた。瞬時に竹谷の顔色が変わり、筆を放りだす。
「三郎!伊作先輩呼んできてくれ!」
「あぁ」
「僕、包帯取ってくるね」
双忍の姿が消えると、竹谷は頭巾を取って、孫兵の抱えている何か―…子狐の止血を始めた。
子狐の体は酷く痛めつけられていて、竹谷は眉間にシワを寄せた。
(ひでぇ…誰がこんなこと)
チラリと孫兵を見やると、目に涙を溜めて竹谷の作業を手伝っている。その様子を見て、竹谷は内心で溜め息をついた。
(孫兵はこういうところがあるからなぁ)
彼は、命に敏い
道端で怪我をした動物を見たら、助かるか助からないか瞬時に判断出来る。
助からないと思ったらその場ですぐさま楽にしてやるが、助かる可能性があれば、こうして竹谷の元までやってくるのだ。
いつも助かるわけではない
特にこの子狐は限りなく微妙なラインだ
それを知っているから、孫兵は決して「助かるか」は聞かない。
聞かなくとも、見ていれば彼には分かるから
「竹谷」
「伊作先輩」
伊作がやって来て、一緒に出来るかぎりの治療は施したが、あとは子狐の生命力次第だ。
せめて体を冷やさないように毛布でくるんでやった。
「町に行った帰りに見つけたんです」
落ち着いたらしい孫兵は、淡々と話し出した。
聞くところによれば、数人の子どもたちが狐の親子を捕まえていたぶっていたと。
『何やってんだお前ら!!』
カァッと頭に血がのぼり、子どもたちを怒鳴りつけると蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったらしい。
「親狐はもう助かりそうになかったので」
それ以上は言わない。
楽にしてやったのだろう。
「そっか…」
竹谷が孫兵の頭をポンポンと撫でると、孫兵は僅かに震える声を絞り出した。
「…なんで、こんな事が出来るんですか」
「………」
「悪戯に動物の命を弄んで、痛めつけて、飽きたら捨てる。本当にあいつらは自分と同じ、正気の人間なんですか。僕は鬼や悪魔や幽霊なんかよりも、生きている人間の方がよっぽど怖い!」
ポロッと孫兵の目から涙が零れ落ちた。
孫兵は、こういうところがある
過去に何があったかは知らないが、人間不信というか…
人間を毛嫌いしているような言動は、今までに何回かみられた。それとなく尋ねてみても、はぐらかされるばかりだったが。
「…確かに、そういうとんでもない奴らはいるよ。でも、そういうのは一部の人間だけだ。みんながみんな、生き物を痛めつけて喜んでるわけじゃない」
竹谷の言わんとしてることが分かっているのだろうが、孫兵は何も言わない。
「なぁ孫兵…人間から逃げるなよ。お前を助けてくれる友だちも、人間だろう?そいつらを信じてやれないと…」
「分かってます」
竹谷の台詞を遮って孫兵は言った。
「竹谷先輩の言うことは理解出来るし、正しいと思います。僕は、少なくともあいつらだけは信じてる」
孫兵は立ち上がると、座っている竹谷を見下ろした。
「…竹谷先輩も、です。今日はありがとうございました」
一礼して去っていく孫兵を見送り、完全に姿が見えなくなると、竹谷は盛大に溜め息をついた。
数日後
子狐の墓を前にして、生物委員会で行った葬式では
孫兵は氷のように冷たい目をしていた。
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孫兵の歪んだ愛情
彼は人間を愛せないが故に、虫や動物たちに愛を注いでいます
信じていると口では言ってるものの、やっぱり心のどこかで全ての人間を拒絶している孫兵を竹谷は案じてる
嫌いなものシリーズはのほほんにしようと思ってたのに、やっぱりタイトルがタイトルだけにシリアスになってしまいました…
2012.8.3