怒らせてしまった(秀徳)










「はぁ…」


高尾は盛大に溜め息をついた。

チラリと目線を流すと、その先には黙々とシュート練習を続ける緑間がいる。


「どうした高尾。いつものテンションはどこいったんだ?」

「大坪さん」


部員の悩みを聴くのも主将の務めとか日頃から言っている出来たキャプテンだ。

大坪に心配されるほど自分は元気がなかったのだろうか。


「はぁ…いや、なんてーか…その」


高尾が言いづらそうにモゴモゴしていると、足元にボールが転がってきた。

どうやら緑間が使っていたものらしい。


「…はい」

「ああ…」


高尾からボールを受けとると、緑間はプイッと元の場所に戻っていく。

その様子にまたも高尾が溜め息をつくと、後ろからブフッと誰かが吹き出す声が聞こえた。


「…?」

「さー、木村。練習練習」

「おうよ」


吹き出したのは宮地だったような気がしたのだが、振り返った時には木村と共に爽やかに練習を再開していた。


「…高尾、緑間と何かあったんだろう?」


心なしか大坪の声も笑いをこらえているかのように若干震えている気がする。


「今日のお前たちは、あからさまに何かありましたって感じだからな。全然喋ってないだろう」

「…………」


3年生の様子が気になったが、緑間と喋っていないのは事実である。
高尾はポツポツと話し出した。


「何か…っていうか、俺が緑間を怒らせたんスよねー…」










***







話は昨日の部活終了後、帰り道に遡る。

今日も今日とて、じゃんけんによるチャリアカー運転に高尾が負けたところだった。


『また俺かよ…』

『ふん、俺が負けるはずがないだろう』


そんないつも通りの会話をした後、暗くなりかけているコンクリート道を、高尾がヒィヒィ言いながらチャリアカーを漕いでいるとー…


『…おい、高尾』

『あん?』

『あれは…』


珍しく緑間の緊張した声を聞き、高尾が怪訝な様子で緑間の視線の先を見る。


『あっ…!』


見開かれた高尾の目に写ったのは

車道にコロコロと転がっていくサッカーボール

その数メートル後ろにはボールを追いかけているのだろう5歳ほどの男の子。

車道の向こうからはトラックがー…


『危ー!』


高尾が言いかけた瞬間、ガクッと急にチャリアカーの負荷が軽くなって

緑間が飛び降りたのだということは一瞬遅れて理解した。


『真ちゃん!』


緑間は既に車道に飛び出していた少年の元へ恐ろしい速さで到達すると、その小さな体を突き飛ばした。

乱暴ながらも命の危険がないところまで吹っ飛んだ少年の安否を確認する暇もなく、今度はトラックの激しいクラクションが緑間に向かって鳴り響く。


『くそっ!間に合え…!!』


目を見開いた緑間に渾身の体当たりをかますと、緑間共々なんとかトラックに轢かれる事態は免れた。

数秒前まで緑間がいたところをトラックが大きな音と振動を残して通りすぎる。


『た、高尾…』


流石の緑間も粗い息をしている。


『大丈夫真ちゃん!?怪我は!!どっか痛いとこない!?』


鬼気迫った勢いで尋ねてくる高尾に、緑間はおののきながらも答えた。


『…ないのだよ』


その答えにホッと息をつくと、高尾はキッと緑間を睨み付けた。


『このっ…馬鹿野郎!!たまたま無事だったから良かったけど…!怪我でもしたらどーすんだ!お前が死んだり怪我したらWCどころじゃなくなるだろーが!!』

『な…』

『危ないことすんな馬鹿っ!!』


呆気にとられている緑間を怒鳴り付けると、高尾は帰路を走って帰った。
まだ心臓は早鐘のように鳴っている。

分かってるさ。緑間が動かなきゃあの男の子はトラックに轢かれていたかもしれない。それでも、緑間がトラックに轢かれたとしたらー…

考えるのも恐ろしくなって、家に到着した高尾は、夕飯も食べずに布団に潜り込んだ。









***








「…て、ことがありましてね」

「ふむ」

「いやー俺、真ちゃんに言いたい放題言っちゃって…頭冷えてから考えると、絶対あいつ怒ってるだろうなーなんて…」


実際、今日の緑間は目も合わせないし高尾の方を見ようともしない。


「それでなかなか話しかけられないわけか」

「まぁ、そゆことっすね」


話し終えると、またも背後から笑い声が聞こえてきた。

振りかえると、一応声は押し殺してはいるものの、今度こそ腹を抱えて爆笑している宮地と木村が目に入る。


「もー!なんなんすかさっきから!?」

「放っておけ。それより高尾、俺が昨日聞いた面白い話をしてやろう」

「はぁ?」

「昨日の帰りに…チャリアカー?っていうのか?それを漕いでいる緑間と出会ってな…」










***








『なんだ、緑間じゃないか』

『主将…』


緑間にしては珍しく浮かない顔をしている。
宮地がひょいっと顔を出した。


『随分おもしれーもんに乗ってんのな。つか高尾は?お前ら一緒に帰ったんじゃねぇの』

『……………』

『緑間?』

『……高尾を、怒らせてしまいました』


その言葉に怪訝な顔をした3年生3人は、事のあらましをザッと聞くと、顔を見合わせた。


『…それで、お前は初めて高尾を怒らせて、どうしていいか分からなくなってるってことか?』

『……………』


木村の言葉には無言を貫いているが、それは肯定ととっていいだろう。


『ブッ……くっ……』

『ふはっ ははははは!!』


たまらず吹き出した宮地と木村を、緑間が顔を赤くして睨む。


『構うな緑間。…とりあえず、そんなに心配しなくていいと思うぞ。高尾はたぶん…』

『まぁまぁ、大坪!いいじゃねーか、これも緑間の人生経験の一つだって』

『そだな。緑間、自分でなんとかしてみろよ』

『…なんとかって…』


決まってるだろ?と宮地と木村がニヤッと笑う。


『『高尾と、仲直りだよ』』







***









「………………」

「まぁ、俺も最初は様子を見るつもりだったんだが…」


言葉を濁す大坪は、やはり悶々としている一年生を放ってはおけなかったのだろう。


「…ほんと、馬鹿だなぁ真ちゃんは」


俺を、怒らせたと思ってたのか


「っはぁ…あんな迷子の犬みたいな緑間、初めて見たぜ」

「高尾グッジョブ」


笑いすぎて出てきた涙を拭いながら宮地と木村がやって来る。


「まったく、お前たちは…」


大坪が溜め息をつくが、宮地と木村もこれ以上悪戯に緑間を困らせ続ける気はないようだった。

ちょっと、お互いがすれ違っていただけなのだ。

解決への道など、とうに見えている。


「…ほら、行ってこいよ」


珍しく優しい表情を浮かべる宮地に背を押され、高尾は走り出した。


「…真ちゃんっ」

「!」


緑間が動揺したように3Pシュートを外した。


「…何やってんの。キセキの世代No.1シューターが、俺が声かけたくらいで外しちゃーダメっしょ」

「…っ」


緑間がバッと振り返る。
ようやく…今日初めて目が合った。


「ねぇ真ちゃん、俺…」

「悪かったのだよ」


高尾の言葉を遮って謝罪した緑間に、高尾が目を丸くする。


「…WCも近いというのに、無茶をした。お前が怒るのももっともだと…」

「待ってよ。俺、別に怒ってねーよ?」

「なに?」


今度は緑間が目をしばたかせた。
高尾がフッと微笑む。


「俺は怒ってたんじゃなくて、心配してたの」

「心配…?」

「ただ昨日言い方がキツかったから、俺はてっきり真ちゃんが怒ってるんだろうなって…」

「俺は怒ってなどいない」


広がる沈黙に高尾はニヤニヤ笑っていたが、緑間はまだ戸惑っているようで

それでも、ようやく理解が追い付いたようだった。


「けーっきょく、お互いに怒らせたと思ってただけなんだよ」


高尾が緑間にボールを投げ、緑間が少しふてたように受け取った。



「やろーぜ、1on1!」



そこにはもう、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。









2012.10.4

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