酔ってしまった(体育+竹)
夜、長屋の廊下を歩いていた時だった。
「たーけやー!」
声をかけられ振り返ると、そこにいたのは
「…………七松先輩」
途端に嫌な汗が背中に流れる。
あぁ、知っているさ
この人がこの笑顔をしている時は、たいてい妙なことに巻き込まれるんだ。
あれ、これなんて既視感
「竹谷は今日は委員会終わったのか?」
「…はぁ、まぁ一応。今日は虫捜索して終わりました」
「そうか。体育委員会は今飲み会中だ!長次がいい酒を貰ってきたのでな!」
「……へぇ」
ん、飲み会?
「今日は四年が長期演習だから、口うるさい滝夜叉丸もいない!」
「……………」
確か体育委員会のメンバーは………あ、
竹谷の顔が引きつった。
「どうだ、お前も」
「是非参加させてください!!!」
***
中在家、七松と札が下げられた部屋の戸を勢いよく開け放つと、思った通り小さな屍が数体転がっていた。
(遅かったか!!)
慌ててひっくり返っている体を抱き起こすと、竹谷は酷く焦った様子で呼び掛ける。
「お、おい金吾っ!大丈夫か!?」
「あーたけやせんぱーい…このじゅーすふわふわしておいひ」
「これジュースじゃねぇ酒──!!!」
真っ赤な顔でべろんべろんに酔っている金吾の手から酒をもぎ取り、長次に詰め寄った。
「なっかっざっいっけっ先輩!!先輩がついていながら何で…!」
そこでハッと気がついた。
長次の足元にも空酒が何本も転がっている。
「…………………」
無口なのはいつも通りだが、顔が赤い。
(あんたも酔ってんのかよ!!)
駄目だ。
そういえばこの先輩、意外と酒に弱かった。
「最初は長次と二人で飲んでたんだけどなー、段々楽しくなってしまって!どうせなら後輩も呼ぼうと…」
「呼ぶな!呼ぶなら同学年にしろ!!せめて五年までだ!!」
叫んで仁王立ちになる竹谷に、小平太が頬を膨ませて文句を垂れる。
「なんだ竹谷ー、先輩に対する口のきき方がなってないぞ」
「あんたが非常識なことするからでしょうがぁ!!低学年を巻き込むな!!」
竹谷は諦めて、まだ辛うじて意識があるらしい三之助と四郎兵衛の元へ行く。
「次屋、四郎兵衛。動けるか?」
「…何とか…」
「金吾連れて、もう帰れ。この酔っ払い共は俺が引き受けるから」
「…はぁい…」
フラフラと立ち上がる三之助と四郎兵衛だが…この足取りでは危険だ。
「待て。やっぱり四郎兵衛、お前一人で行け。この手紙を最初に出会った人に渡すんだぞ」
方向音痴な三之助が、真っ直ぐ部屋に帰れるわけがない。
誰かに迎えに来てもらわないと
走り書きしたメモを手に握らせると、竹谷は四郎兵衛を廊下に放り出した。
「シロ、帰るのかー?」
「四郎兵衛は帰りました。ほらもう、この辺でお開きに…」
「まだ竹谷が飲んでないじゃないか」
「え?」
ゾワッと背筋に悪寒が駆け巡った。
酒をちゃぷんと振りながら、不敵な笑みを浮かべた小平太がにじり寄ってくる。
「…私の酒が、飲めんのか───っ!!!」
「うっぎゃぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!」
***
「はちっ 大丈夫か!?さっきそこで四郎兵衛に出会っ、て………うわぁ……」
メモを受け取ったらしい勘右衛門が慌ててやって来て、部屋の惨状にドン引いた。
「…勘…そこの二人、早く持ってけ…そんですぐ帰ってこい。助けて」
勘右衛門にしなだれかかるように体を預けた竹谷を支えながら、勘右衛門がぶんぶんと首を縦に振る。
「分かった!分かったからもうちょっとだけ頑張れな!!……はち、酔ってんの?」
「酔ってねーよ」
ジロリとした目を向けられておののく。
酒に強い筈の竹谷だが…これは、確実に酔っている。
(はちは酔うとめんどくせーのに…!どんだけ飲ませたんだよこの人は!)
恨みがましく小平太を見やると、いかにも楽しそうな表情で浴びるように酒を飲んでいた。
長次はといえば、我関せずといった様子で一人酒に没頭している。
「金吾、三之助。帰るよ」
「……むにゃ……」
「…尾浜先ぱ…、吐きそ…」
「うぇっ!?待て!もうちょっと我慢しろ頼むから!!」
爆睡している金吾を引っ付かんで、三之助を厠に連れて行く。吐いてすっきりしたらしい三之助も、すぐにその場で寝てしまった。
この状態の金吾と三之助を同室者に預けるわけにもいかない。
「はぁ…兵助、追加だ」
「はいはい。体育委員も(委員長的な意味で)大変だな。…後は俺が介抱しとくから、早くはちんとこ行ってやって」
四郎兵衛同様、苦笑いの兵助に二人を託した勘右衛門が再び部屋に戻る。
その頃には、竹谷の意識もなくなっていて。
「…はぁ…七松先輩、竹谷は貰っていきますよ」
「ん、なんだ。竹谷のやつ、もう潰れたのか?」
酒豪の竹谷を潰しておいて、まだまだ余裕そうな小平太はザルか何かだろうか。
(どっかからアルコール漏れ出てんじゃねえの)
竹谷を背負いながら内心で舌打ちする。
下級生は全員回収したし、竹谷さえ助け出せれば、もうこの暴君に付き合う理由はない。
「尾浜、お前も飲ま」
「結構です」
にこやかな表情と裏腹に、絶対零度の声音で小平太の言葉を遮って部屋を出る。
小平太はこれくらい突き放して丁度いい。
(はちは優し過ぎるんだよ)
溜め息をつきながら、勘右衛門は竹谷を自室の布団の中に押し込んでやった。
***
次の日
「…竹谷先輩、体調でも悪いんですか?顔色が優れませんが」
「いや、んなことねーよ。さぁ、委員会始めるぞー!…………〜〜〜〜〜〜っ!!」
「た、竹谷先輩!?」
(あ…頭がガンガンする…!)
【番外編】
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シリーズ「不運竹谷シリーズ」に同作品掲載。
2012.7.21
2013.9.15編集