小説 | ナノ
竹谷の不運事情










それは放課後、グラウンドの隅を歩いていた時だった。


「たーけやー!」


呼ばれた声に振り返ると、そこにいたのは


「…………七松先輩」


途端に嫌な汗が背中に流れる。

あぁ、知っているさ

この人がこの笑顔をしている時は、たいてい妙なことに巻き込まれるんだ。


「竹谷は今日は委員会無いのか?」

「…今、終わったんですよ。今日は餌やりだけだったんで」

「そうか。体育委員会はこれからドッチボールだ!」

「……へぇ」



やばい



「そして今日は四年が校外実習だから、滝夜叉丸はいない!!」

「……………」


先の展開が容易に予想できる。

やばいやばいやばい!
逃げろ俺!!


「そうですか。じゃ、俺はここで…」

「一緒にやろう竹谷!」


冗談じゃねぇっ!

体育委員会のドッチボールになど参加したら、骨の一本や二本は覚悟しなければならない。


「遠慮しときます!」


くるりと後ろを向いて立ち去ろうとした時、ぐっと上着を引っ張られた。


「なっ…」


驚いて振り返ると、金吾と四郎兵衛が裾を握っている。


「竹谷先輩っ…」

「僕たち下級生じゃ、七松先輩を止められないんです…!」


おい、ちょっと待て。これは反則だろう。
ニヤニヤ笑うな暴君!


「くっ…!」

「せんぱい…」


うるうる。うるうる。


(…あぁもう!)


全精神力を総動員して、引きつった笑顔を無理やり作った。








「…やりましょう!」











***








チームは暴く…七松先輩と四郎兵衛、俺と三之助と金吾だ。


「よーし!始めるぞー!」


ぺろっと唇を舐めると、七松先輩が大きく腕を振りかぶった。
ボールが目にも止まらない速さで、金吾に向かっていく。


「金吾!!」






バンッ





コースを予想していたから何とか割って入ることが出来た。肩に当たったボール(物凄い衝撃だった)が後ろに大きく飛んでいく。

やべ、落ちる…!


「金吾!」

「はいっ!!」


三之助が金吾の手を掴むと、遠心力を利用して金吾を投げ飛ばした。


「でぇぇぇぇぇいっ!!」

「はあああああああ!!?」


宙を舞っている金吾が空中でボールをキャッチし、身体をひねってコートに投げ入れた。
戻ってきたボールを取ると同時に金吾がべちゃっと落下する。


「やったな金吾」


駆け寄った三之助と金吾が嬉しそうにハイタッチを交わした。

なんだ今の。体育委員会じゃ普通の光景なんだろうか。


「き、金吾っ 大丈夫か?」


慌てて尋ねると、金吾はニパッと笑った。


「こんなのいつものことですよー。それより、今度はこっちの攻撃です!」







***






「よーし…」

七松先輩のいけいけどんどんに飼育小屋を壊されたのも一度や二度ではない。


(いい機会だ。飼育小屋の仇をとってやる…!)


ボールを振りかぶると、七松先輩の顔面目掛けて投げつけようとした。







「………っ!?」


七松先輩が脇にいた四郎兵衛をひょいっと顔の前に抱き上げたのだ。


「鬼畜かあんたはああああああ!!!」


ギリギリで狙いを足元に変更するが、中途半端な体勢だったので簡単に足でトラップされてしまった。


「なんだ竹谷ー。先輩に対する口のきき方がなってないぞ」


七松先輩が頬を膨らませて文句をたれる。


「あんたが非人道的なことするからでしょうがぁ!二年生に何てことするんですか!!」

「シロの盾は最強だもんなー」


七松先輩が乾いた笑いを貼り付けて白くなっている四郎兵衛に笑いかけた。

やっぱ暴君だわこの人。
以下暴君でお送りします。


「さーて…今度はこっちの番だ…」


怪しく笑った暴君が放ったボールが勢いよく向かってくる。


「────!」



パァァァンッ!



チッと頬を掠めて後ろの木の枝に刺さったボールが、派手な男をたてて割れた。


(…見えなかった)


呆然としている俺の後ろでは、三之助と金吾がボールの残骸を拾っている。


「あーぁ…これじゃドッチは出来ねぇな」

「また用具委員会に怒られちゃいますね」

「なーんだ、もう終わりか。…じゃぁ今日はここらで解散だ!飯食ってこい!」


いつの間にかやってきていた暴君が終わりを告げると、体育委員たちは元気な返事を残して帰っていく。


「竹谷先輩!先輩のおかげで今日の委員会はマシな方でした!」

「…ははは…」


ニコニコと笑って礼を言う金吾に、何とも言えない微妙な思いで弱々しく手を振った。


「楽しかったな竹谷!」


いつの間に傍に来ていたのか、一つ年上の体育委員長に恨みがましい目を向ける。






昔は可愛かったのに…












変わらないのは、頭を撫でるこの手の感触だけだ






































おまけ




「…ど、どしたのはち…」


「悲壮感漂いまくってるな」


「なんか変なものでも食べた?」


「豆腐食わないなら俺がもらうぞ」






「もう…何も聞くな……。それと兵助、豆腐はやらねぇ…………って言ってるそばから食ってんじゃねぇこの豆腐野郎おおおおおお!!!」











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