小説 | ナノ

彼岸花(竹くく竹)













「あ」


雷蔵がポカンとした。


「あ」


勘右衛門の顔が引き攣った。


「…あーぁ…」


三郎が微妙な笑みを浮かべ













「うっ………うっ………うわぁぁあああああああああああああああああっっっ!!!!!!」














竹谷は脱兎のごとく、逃げ出した。


「………………」

「…えっと…だ、大丈夫?兵助…」

「………………」

「大丈夫…じゃなさそうだね」

「やれやれ」






***




数日後

予想していたことが期待を裏切らず起こった。


「あ。雷蔵、はち…」

「らっ 雷蔵!俺、委員会行ってくる!」

「え?あ、うん」




***




「勘、次の合同演習グラウンドだってよ」

「サンキューはち。…あ、おーい兵助ー次の合同演習、」

「じゃ、じゃぁな!」




***




「三郎…はち、いるか?」

「あ?……あれ、さっきまでいたんだが」

「そっか…」


しょぼんと眉を下げる兵助に、流石に少し同情する。


「キツそうだな」

「当たり前だろ。…一週間、あからさまに避けられまくってみろよ…」

「…一応、兵助が探していたことは伝えておこう」

「…ありがとう、三郎」


寂しそうな笑顔を残して去っていく兵助に、三郎は大きく溜め息をついて天井を仰いだ。


「おい。いい加減にしろよお前」

「………………」


ザッと情けない顔で天井裏から降りてきた竹谷をジロリと睨み付ける。


「『兵助が探していた。何か話がある様子だった』。……確かに伝えたからな」

「………………ああ」


ガックリと項垂れる竹谷に、三郎は呆れ顔で机に肘をついた。


「お前が悪いんだろ。なのに兵助にこれ以上迷惑かけるんじゃねぇよ」

「分かっ…てる」


絶対分かってない

次に兵助と出会った時も、こいつは反射的に姿を眩ますことが容易に想像できる。


「……まぁ、お前の気持ちも分からんでもないがな。あの時の兵助のアレは確かに反則だった」

「………………」

「だからってお前のタガが外れた結果もどうかと思うぞ。目の前で友人同士の接吻見せつけられた私たちの心境も考えろ」

「だぁああああああああああああ!!!!」


突然叫び声を上げた竹谷に、教室中の視線が一斉に注がれた。

真っ赤な顔で竹谷が三郎の口を塞ぎにかかるが、三郎はニヤニヤ笑いながら容易くかわしている。

パシッと竹谷の手を掴まえた三郎が、ぐいっと顔を近づけた。
そのまま耳元で囁かれた声は、紛れもないあいつの声で


「『当たり前だろ。…一週間、あからさまに避けられまくってみろよ…』」

「………っ!」


その切なげな、寂しそうな声に、罪悪感の波が押し寄せる。


「で、でも…っ!俺、あんなことしちまって、」

「接ぷ「言うんじゃねぇぇえええ!!!」」









話は一週間前に遡る。

何があったかは知らないが、その日の兵助はやけに機嫌が良かった。
普段はあまり感情を表に出さず、凛とした姿勢を崩さないからクールな印象を受けがちだが、とにかく何故かその日はニコニコしていたのだ。

兵助は笑うと幼く見える。
いつもと雰囲気の違う兵助のギャップに、浮き足立ちそうになっている竹谷が、自身を落ち着かせているのがひしひしと感じられて。

竹谷が兵助に想いを寄せているのは、三郎も雷蔵も勘右衛門も知っていた。
そして最近の竹谷はどうにもそろそろ限界のようで、兵助の姿を追う熱い目に気づいていないのは兵助本人だけだ。

さっさと告ればいいのにと三郎が横目で竹谷をチラリと見たとき、先頭を歩いていた兵助が弾んだ声で提案してきた。


『なぁ、今度の休みに町に新しくできた甘味屋に行かないか?』

『あぁ、立花先輩が絶賛してたとこ?』

『行く行くー!』


はしゃぐ勘右衛門に、兵助の後ろ姿も嬉しそうだ。


『三郎とはちは?』

『私は構わないが』

『あぁ…俺も』


二人の返事を聞いた瞬間、兵助が振り返った。

あ、これはヤバい

三郎でさえも、花が咲いたかと思った。
それはそれは嬉しそうな、あまりにも綺麗な笑顔を振り撒いた兵助に竹谷の理性が崩壊したのも、ある意味仕方無かったのではと思えてしまう。

それくらい破壊力十分の、爆弾スマイルだった。

ふらっと兵助の前に出た竹谷に、兵助はキョトンとする。
そんな表情を見せるのもまた珍しく、兵助の一挙手一投足が竹谷の理性という理性を無情にも切り刻んでいることに、兵助は気づいていない。


『はち?』


小首を傾げて上目遣いで竹谷を見上げる兵助(お前そのスキルどこで会得してきた)。

その華奢な肩を掴むと、竹谷は無言で身を屈めー…

話は冒頭に戻るというわけだ。


「とにかく」


再び半眼で竹谷を見やると、三郎は少し苛ついたように口を開いた。


「現状を打破しろ。お前らがそんな調子じゃ私たちがやりづらくて敵わん」

「…………ああ……」


駄目だこりゃ

頷いてはいるものの、浮かない顔をしている竹谷には行動を起こすことは期待できそうになかった。


(ったく…)


兵助の悲しそうな顔が思い浮かぶ。
三郎は何度目だか分からない溜め息をついて、教室の隅にいる雷蔵に目を向けた。
こちらのやり取りを終始眺めていらたらしい雷蔵が、にこりと微笑んで頷く。




仕方無い


強行手段といきますか








***






「ねぇ、はち。昼は町にうどんでも食べに行かない?」

「……いや、俺は」

「心配しなくても僕と三郎だけだよ。い組は午後から授業が入ったらしいし」

「そっか…」

「行こうよ、はち」


ここ最近上の空気味の竹谷に、雷蔵が笑顔を見せる。
少し考えたあと、竹谷は頷いた。







私服を着て出門表にサインをしていると、三郎がやって来た。
どうやら雷蔵は少し遅れるらしく、先に行っててほしいとのことらしい。


「うぜぇ」

「いきなりそれかよ…」


会うなり嫌そうな顔をする三郎に、竹谷はげんなりとした。


「その悲愴な空気をなんとかしろ、うっとおしい。飯が不味くなる。」

「…すまん」


いつもは喧嘩腰のやり取りが多いが、珍しく素直に謝った竹谷が気持ち悪い。


(だからやりづらいってんだよ…)


チッと小さく舌打ちすると、三郎は歩きだす。
ぼんやりとしていた竹谷は気づいていなかった。

その足の向く先が、町ではないことに








***






どれくらい歩いただろうか

流石に竹谷も何かおかしいことに気がついたらしい。
不審そうに眉を寄せて、若干鋭い声で三郎の背に声をかけた。


「三郎、町に行くんだよな?」

「……」


答えず、振り返りもせず、ただ三郎は歩き続ける。
その足取りがようやく止まった。


「着いたぞ」

「着いたって…」


そこは立派な一本杉が聳え立つ、小高い丘の上だった。


「三郎、何を…」

「おーい!三郎!はち!!」


雷蔵が追い付いてきたらしい。
振り返ると、そこには雷蔵と


「なっ」


ニコニコしている勘右衛門と、少し強張った表情で雷蔵の後ろを走る兵助の姿を認めた瞬間、


「ぅあ…っ!」

「雷蔵!勘っ!逃がすな!!」

「任せて!」

「合点!!」


慌てて逃げようとした竹谷を、三郎と雷蔵、勘右衛門が見事な連携で捕まえた。
縄でぐるぐる巻きにされた竹谷がごろりと転がされる。


「ったく、手間取らせやがって!」

「はち、観念しなよ」

「これでいいんだよな?兵助」


パンパンと手を払いながら兵助を振り返る勘右衛門に、兵助がゆっくりと頷く。


「お、お前ら…!謀ったな…!」

「…俺が頼んだんだよ、三人に。こうでもしないと、はちと話せそうになかったから」


静かに口を開く兵助に、竹谷がギクリと表情を強張らせる。
その頬を、汗が一筋流れ落ちた。


「…はち、顔上げてくれ」


兵助が言うも、なかなか竹谷は顔を上げない。


「なぁはち…頼むよ…」


いつになく弱々しく、懇願するような口調の兵助にハッとして、恐る恐る顔を上げるとー…






「ッ!!?」










「あ」

「あ」

「…おお…」




雷蔵と勘右衛門と三郎の間抜けな声が、遠くの方で聞こえた気がした。

呆けている竹谷から顔を離した兵助は、茹で蛸のように真っ赤で


「〜〜〜〜〜〜〜っはち!」


ビシッ!と兵助が竹谷に指を突きつける。


「この一週間、俺がお前に避けられてどんだけ辛かったか分かってんのか!?………っ……好きな奴に避けられる俺の身にもなれ!!」


顔を上気させながら潤んだ眼で睨み付けてくる兵助を、竹谷はポカンと見上げていた。
停止していた思考がようやく動き始め、兵助の言葉の内容を頭の中で反芻する。


「なっ…に…、へ、すけ…おま、何、言って」

「二度言わすな、馬鹿左ヱ門!」


そっぽを向く兵助は、まだ耳まで赤い。


だんだん、だんだんと、

記憶が、蘇ってきた。


視界いっぱいに広がった兵助の整った顔と

唇に押し付けられた、柔らかい感触ー…



「…………………!!!!!!」



ドカンと頭が爆発したかと思うくらい

一気に竹谷の顔が赤く染まった。


「……マジかよ……」

「…マジだよ。言うつもりはなかったんだけどな…。まったく、数年間の俺の努力を台無しにしやがって…!」


兵助が右手で顔を覆いながら溜め息をつく。


「数年、間…」

「…たぶん、俺の方が先に惚れてたよ」

「…!」


竹谷が絶句していると、兵助がしゃがみこんで竹谷と視線を合わせた。


「なぁはち。俺、お前に避けられて本当に悲しかったんだ。こんなの…もうごめんだからな」

「……ごめ…」


ニコッと笑うと、兵助はもう一度竹谷に軽く口付けて立ち上がった。


「さ、うどん屋行こうぜ!」


パッと背を向ける兵助が、赤い顔を隠そうとしていることは一目瞭然。
その姿を見ながら、勘右衛門たちは顔を見合わせた。


「…一件落着、かな?」

「ほんと人騒がせな奴ら」

「いいじゃない。仲直りできたんだし」


蚊帳の外だった三人がわらわらと兵助に歩み寄る。




そのまま縄でぐるぐる巻きにされている竹谷の存在を思い出したのは

町でうどんにありついた時だった。














「あれ、そういえばはちは?」


「あ…」













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