いつも笑顔をくれる人(勘←一般人)
※勘ちゃんが女の子に想いを寄せられる話です。オチは特にありません
事件が起きた。
「勘右衛門勘右衛門勘右衛門勘右衛門─────────────っ!!!!!」
ドタドタドタと忍者らしからぬ足音を響かせ、五年い組の教室の戸をスパーンと開けて登場した五年ろ組の三人に、い組全員が目を丸くした。
今日はろ組は授業が休みだから町に行くと聞いていたので、三人は私服姿である。
先頭の竹谷は興奮しきったように口元をひくつかせ、その後ろにいる雷蔵は戸惑ったような、でもやはり高揚しているような
一番後ろの三郎はと言えば、笑いを噛み殺そうとして噛み殺せていない。
はっきり言って、かなり怪しい三人組だった。
「ど…どしたの?何かあった?」
名を呼ばれたからには三人は自分に用があるわけで、何やら巻き込まれそうな雰囲気をビンビンに感じながら、とりあえず尋ねてみる。
その右手は隣にいる兵助の服の裾をしっかりと握っていた。
「これ!」
「?何?」
ニヤニヤしている竹谷から受け取ったのは、白い手紙と一輪の綺麗な蒼い花。
手紙の表面には儚げな達筆で、尾浜勘右衛門様と──
シンとしていた教室がまさかと言うようにざわつき始める。
隣にいる兵助も珍しく目を見開いて勘右衛門を見つめ、鈍い勘右衛門だけが訳が分からずおろおろしていた。
「え?え?これ何?何で俺?」
「だーかーらー」
にっこりと笑った竹谷が勘右衛門の肩に手をかける。
「…恋文!いつも行ってる茶店の娘さんから!」
い組が爆発した。
成績優秀、常に冷静で取り乱すことの少ない(悪く言えばあまり面白味のない)奴が揃っているい組だが、やはり年頃の十四歳である。
この手の話題の食いつきは凄まじく、皆が一斉に勘右衛門に詰め寄った。
何て書いてあるんだ早く読めとか、素直に羨ましがる声や、嫉妬する声なんかも聞こえてくる。
そいつらを慌てて兵助とろ組が押さえ付け、固まっている勘右衛門をチラリと見やった。
ポカーンとアホみたいな面を引っさげて立ち尽くしている勘右衛門は、思考力が低下している頭で必死に考えている。
恋文?俺に?
いつも行ってる茶店の娘さんって、あの人?
脳裏に浮かんだのは、いつも優しい笑顔でお茶と茶菓子を出してくれる、大人しい雰囲気の女の子だった。たぶん歳は同じくらい。
雷蔵がにこにこしながら寄ってくる。
「あのね、僕らが茶店に行ったらさ…」
***
『こんにちはー』
『いらっしゃませ』
三人が席につくと、娘さんがスッとお茶を出してくれた。
普段なら注文が決まったら呼ぶように伝えて奥に引っ込むのだが、今日は何故か立ち尽くしている。
怪訝な顔で娘さんを見ると、彼女は少し震える声で口を開いた。
『あの…今日は、三人なんですね』
『え、あぁ。あと二人は今日は用事があったんで』
『そうですか』
それだけ言うと、娘さんは営業用の笑顔と一礼を残して引っ込んでいった。
軽く首を傾げながらも、出される茶菓子を楽しんで店を出ようとすると、娘さんに声をかけられた。
『あの!…えっと…その、』
『?』
『………っ…これ…尾浜さんに…!』
押し付けられたのは手紙と花。
目を瞬かせて娘さんを見ると、彼女の顔は耳まで真っ赤だった。
『え…これ、もしかして』
『よ、よろしくお願いします!』
竹谷の台詞を遮って勢いよく頭を下げると、娘さんは店のなかに逃げていってしまった。
『おい…これは重大事件だぞ』
『くくっ やるじゃないか、勘右衛門』
『早く帰ろうぜ!』
すっかりテンションが上がってしまっている竹谷の後に続いて、三郎も面白げに駆けていく。
雷蔵がチラリと店内に目を向けると、娘さんが椅子に手をかけてへなへなと踞っているのを見つけてしまい、思わず笑みが漏れた。
***
ろ組の話を聞いて、い組が勘右衛門を囃し立てた。
三郎が変装を駆使してリアリティ満載の茶番劇を演じたのにも、普段ならイラつきしか感じないはずが、今はただ信じられない思いが沸き上がってくる。
恐る恐る手紙を開いてみると
「……………………」
読むにつれて、勘右衛門の顔がみるみる赤くなっていく。
最終的には手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
「何て書いてあったんだよ?」
「…うっせ…」
あぁ、あった。確かにあった、そんなことが
手紙に書いてある内容は、どれも勘右衛門にも覚えのあることばかりで
その一つ一つに娘さんが勘右衛門への好意を重ねていったことや、返事はくれなくていい、自分の想いを知ってほしかっただけ、といった健気な想いが綴られていた。
中でも、
『店が出す茶菓子を美味しそうに食べてくれる笑顔が一番好き』だと
それは勘右衛門が撃沈するには十分な威力だった。
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タイトルはひよこ屋様よりお借りしています。
2013.1.14