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夢で逢いましょう(五年)









雷蔵は、暗い暗い廊下に立っていた。


(ここは…)


ぼんやりする頭で辺りを見回すと、遠くの方に光が見えた。
ふらふらと歩いて行き、辿り着いたその場所は




(食堂…?)





(…あぁ、そうだ)





(授業が終わって…はちと三郎がまだかかりそうだったから…先に席を取りにきたんだっけ…)











「おばちゃん、今日の定食は?」


明るい食堂に入り、洗い場に見える背中に声をかけると、食堂のおばちゃんが振り返った。


「あらー雷蔵くん。今日は早いんだねぇ」

「えぇ、授業が早めに終わったんで。竹谷と鉢屋ももうすぐ来ると思いますよ」

「あらあら。じゃぁそろそろ準備しとかないと。あ、今日の定食は焼き魚か唐揚げよ」

「焼き魚か唐揚げかぁ…どうしようかな…」

「決まったら声かけてちょうだいね」


腕を組んで迷い始める雷蔵に、慣れているおばちゃんは笑って台所の奥に引っ込んでしまった。


「うーん…魚…いやでも最近唐揚げ食べてないしな…」


うんうん唸って悩んでいると、ふいに背後から声が聞こえた。


『なんだよ、また迷ってるのか?』

「……兵助……」


振り返って兵助の姿を視界に入れた瞬間、食堂が消え去り、また光の無い暗闇に兵助と二人で立っていた。
しかし不思議と違和感は感じない。
ジッと兵助を見つめていると、兵助がスッと闇を指差した。


『雷蔵』


兵助の指差す先には、いつの間に現れたのか二本の道がある。


『どっちに進む?』

「え……」


二本の道はどちらも暗くて先は見えない。

嫌な感じがする。
どちらにも進みたくはなかったが、何故だか自分の中に進まないという選択肢は無い。


「……………」


雷蔵が途方に暮れていると、兵助がふふっと眉を寄せて苦笑した。


『迷えよ、雷蔵』

「え?」

『考えて、考えて、正しい道を正しく選べ。そして選んだ道は決して戻るな』

「へい…すけ…」


雷蔵の眼を真っ直ぐに見る兵助は、それはそれは綺麗に笑んでいて


『たとえどんなに難しい道でも…お前が決めて選んだ道だ。迷うことなんて、何もない』

「…待って…」


だんだんと、兵助の姿が消えていく。








『俺が、ついてる』













「兵助!!!」










ガバッと跳ね起きると、そこには見慣れた自分の部屋が広がっていた。
心臓が早鐘のように鳴り響いている。


「夢……」


混乱する頭で、隣で寝ているはずの三郎を窺うと、三郎も既に上半身を起こしていた。
そして何故か茫然としている三郎の頬をツ、と伝ったのは紛れもなく一筋の涙。


「さ…」


雷蔵が声を失くしていると、三郎がグイッと涙を拭って立ち上がった。


「はちんとこ行くぞ」


雷蔵の返事も待たずにガラリと三郎が部屋の戸を開けると、キンと冷える冬の朝の光の中、竹谷が裸足でジッと空を見ていた。

その目にはやはり涙が浮かんでいて、竹谷が見つめるその方角には、兵助の実家がある。


「雷蔵、兵助がっ…!」


い組の長屋から飛び出して来たのは勘右衛門。
ボロボロと零れる涙を拭いもせずに頬を濡らしている。

学期始めに体調を崩し、悪化を防ぐことの出来ないまま、学園を去らざるを得なかった久々知兵助。

夏休みに遊びに行った時には、一回りも二回りも細く、小さくなってしまっていた。









「…へ……すけぇ……」



雷蔵がその場に崩れ落ちる。







涙が溢れて止まらない。







最期に、夢で逢いに来てくれた














僕らの親友は、もういない












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