【光と影(月+黄)】
まったくもってついてない
伊月はうんざりしたように空を仰いだ。
ただ母親に頼まれて買い物に出かけ、その帰りに本屋で月バスの最新号を購入して、偶然出くわした迷子を交番に送り届けてきただけなのに。
むしろ俺の行いは讃えられるべきじゃないのか?
そんなことを考えたって、目の前のいかつい男たちは消えてくれそうにない。
「なぁ兄ちゃん、俺らちょっとお金に困ってんだけどなぁー」
「何か奢ってくれる気はないかなぁー?」
つまり要約すると、見ず知らずの男たちにカツアゲされているわけだ。
この語尾を無駄に伸ばす話し方が実に鬱陶しい。
伊月が特に口を開くわけでもなくぼんやりしていると、一人の男が苛立たしげに声を荒らげた。
「てめぇ話聞いてんのか!?」
はぁ、と伊月がため息をついた瞬間、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「うちの弟に何の用っスか?」
その声から発せられた言葉に、思わずズッコケそうになるのをなんとか踏みとどまる。
(誰が弟だ誰が…っ!)
バッと声のした方に顔を向けると、そこにいたのはやはり、
「誰だお前」
「さっきの聞いてなかったんスか?そいつの兄貴っスよ」
黄瀬がズカズカと伊月と男たちの間に割って入ってくる。
いくら男たちの体格がよくても、長身の黄瀬に見下ろされるとその威圧感は尋常ではない。
ぐっと男たちが引き気味な体制を取ったのを見て、黄瀬は冷たい一瞥をくれてから伊月をチラリと見た。
(あぁ…)
アイコンタクトで黄瀬の言わんとしていることが分かった気がする。
『俊』
男たちに気づかれないように口パクで伝えると、黄瀬が僅かに頷いた。
「俊、帰ろう」
「…うん」
***
男たちが追ってくる様子もなく、二人で公園に入ると、黄瀬が人懐っこそうな笑顔を向けてきた。
「いやー、危ないとこでしたね伊月サン!」
「あぁ…キセキの世代に助けてもらえるなんて光栄だよ。光栄だけど…俺の方が年上なの分かってるか…?」
伊月がぐったりしたように言うと、黄瀬がニコニコしながら口を開いた。
「ちょっとした遊び心ッスよ。伊月サン綺麗な顔してるから、俺の兄弟っつっても全然不思議じゃないっス!」
「冗談は身体能力だけにしてくれよ…」
「いやいや真剣な話、伊月サンってイケメンっスよね。モテるでしょ?」
キラキラしている黄瀬の目から逃れるように顔を逸らした。
確かに、告白されることは珍しくない。
それでも俺は何よりもバスケを優先してしまうから。
傷つけるくらいなら付き合わない方がいい
過去の苦い思い出が蘇る。
黙ってしまった伊月に黄瀬が困ったような顔になった。
「…なんか、触れちゃいけなかったっスかね?」
「いや別に…」
しかし黄瀬はもうその話題を続ける気はないようだった。
「…じゃ、俺帰るわ。助けてくれてありがとな」
「あ、伊月サン」
「?」
黄瀬に背を向けると、不意に声をかけられた。
「黒子っちのこと…よろしくお願いしますね」
「俺なんかによろしくされなくても、あいつは上手くやってるよ」
黄瀬が何か言おうと口を開いたが、結局何も言わずに少し寂しそうに笑っただけだった。
「なに、心配してんの?」
「火神っちみたいな化け物が隣にいる元チームメイトを、心配しちゃおかしいっスか?」
最初に出会った時の黄瀬からは想像もつかないような言葉がスルリと出てきた。
キセキの世代なんて言われている黄瀬だが、その表情はあまりにも普通の高校生で
伊月はフッと笑うと、黄瀬の目を真正面から見上げた。
「誠凛の黒子はそんなに弱くない。帝光の黒子は、火神ごときの才能に簡単に潰されるくらいの奴だったのか?」
そう言うと黄瀬はムキになったように食いついた。
「そんなことないっス!黒子っちはこの俺が認めた男っスよ!?」
「だったら安心して見守ってやっててくれよ。火神がどう成長しようと、黒子は…あいつらは、絶対なんとかする」
その伊月の落ち着いた態度に、黄瀬は僅かにむくれたように頬を膨らませた。
「伊月サン…あんな化け物とキセキの世代幻の六人目が同じチームにいるってのに、ずいぶん余裕っスね」
すると伊月がおかしそうに笑った。
「言ったろ?お前らより俺の方が年上なんだよ。化け物だろうがキセキの世代だろうが、火神はただのバ火神だし、黒子はただの後輩だ」
「さりげに火神っちの扱いひでぇ…」
同情するような表情を見せる黄瀬に苦笑を返すと、伊月は話題の後輩2人組の姿を思い浮かべた。
(だって、なぁ)
普段のあいつらを見てみろよ
化け物の前に
キセキの世代の前に
ただの可愛い後輩なんだ
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