小説 | ナノ

ジンとベルモットにからかわれる(闇に落ちる女から)


私はお酒に詳しくない。だから少し席を外していた隙にベルモットとジンがマティーニの話をしていても、その場に戻ってきたばかりの私には何の話をしているのかいまいちついていけない。だからといってそんなに興味があるわけでもないので、その隣で奥にあるカウンターを眺めながらモヒートの入ったグラスを傾ける。お酒は得意じゃないけれどこれは結構美味しくて飲みやすい。
半分くらい残ったモヒートを机の上に戻すとカランと氷が溶けて崩れる音がした。ふとその隣にある灰皿に視線が移る。煙草の吸殻が既に十本以上になろうとしているところをみると、ジンの肺は今日も絶好調らしい。いつか病気になるのではないか、とも思うけれどまあ他人の体なので知ったことではない。
隣では未だにジンとベルモットが、今度は隣にいたウォッカを交えて話を続けている様だった。
フンと、ジンがケースから煙草を口の端で咥えながら小さく鼻をならす。
「欲求不満なら可愛がってるペットにでも解消して貰えばいいだろう」
「それは良い案だとは思うけど、この子はまだ子供でしょう?」
ぐるっと隣から腕が伸びてきて肩に手を回される。
「え」
さっきまでマティーニの話をしていたかと思えばいつの間にやら話題は夜の営みの話に変わっていたらしい。そして何故か知らない間に巻き込まれているところから察するに、ペットとは私のことだったみたいだ。なんと…。
「子供って言ってもそろそろ二十も半ばだけど…」
別に子供と言われる分には構わないのだが、念のため訂正を入れる。最近の私に対するベルモットの扱いは以前よりも拍車をかけて酷いのだ。将に口煩い母親さながら。食事を取れ、睡眠は欠かすな、夜には寝て朝には起きろ、など小言の数は数えだしたら切りがない。十代の学生とでも勘違いされているのではないかと疑いたくなる程だ。面倒を見てくれるのは結構なことだが、流石に年相応の扱いはして貰いたいところである。
机に置いたモヒートのグラスに再び手を伸ばそうとしたところで周りから視線が集まっていることに気が付く。
…なにか変なことでも口走っただろうかと不思議に思っていると、ジンが視線を灰皿の上に移しながらフッと鼻で笑った。
「だそうだ、ベルモット」
…あ。どうやらそういう沈黙だったらしい。
「違う。違うよ、そうじゃなくって。そんなに子供って訳でもないよって言っただけだよ」
「あら、じゃあ大人なのね?」
「いや、違うよベルモット、そうじゃなくって」
あわてて反駁の声をあげると、クスクスとベルモットが可笑しそうに笑う。その後ろではウォッカまでもが今にも噴き出してしまいそうな口元を手で覆いながら堪えている。何でもない顔をして煙草を燻らせているジンに一縷の望みをかけて助けを求めようと思ったが、よく考えてみたら事の発端はこの男だった訳だからもうどうあがいても希望がない。すっかりどこ吹く風を決め込んでいる横顔が憎らしい。四面楚歌とはこのことを言うのだろう。
「おもちゃにするのはやめてよ」
「される方が悪い」
ふうっと優雅に煙草の煙を吐き出しながらピシャリとジンが言い切る。改めて思うことではあるが、…この男の辛辣さには限りがない。
「心配しなくても取って食べたりしないわよ」
上機嫌なベルモットの手が頭の上に伸びてきて乱雑に髪を撫で回される。犬か猫とでも勘違いしているんじゃないか、と思うような手の動きに不満を覚えるも、もう払い除ける気力も残っていない。はあ、と溜め息が漏れる。
「取って食べたりはしないけど、何色になるのかは少し気にならない?」
そう言って、私に向けられていた緑の瞳が隣にいるジンへと移される。何の話をしているのかはやっぱりよくわからないが、赤いリップの施された形の良い唇は妖艶な弧を描き、胡乱に輝く瞳は蠱惑の色を孕んでいた。
ジンは吸い終えた煙草を飲みかけのモスカートに落とすと、一笑に付してこちらを見据える。
「人を殺してるんだ、白は疎か灰色にもならねえだろうよ」
心臓を鷲掴み、揺さぶられるような言葉の重みだった。ドクンと胸が熱く鼓動する。注がれる力強い視線から逃れるように顔を逸らすと薄く笑われたような気がした。
ガタンと椅子を引く音がしてベルモットが「ジン」と咎めるような声で呼び止めたが足音は止まることなく軈て聞こえなくなった。ウォッカが後を追うようにして早足で駆け出す音も、離れていく。
ベルモットが、ごめんなさいね、と申し訳なさそうな声で囁いた。
「いいよ、ジンの言葉は須らく正しい」
「でも」
「いいんだよ、ジンが冷たいとベルモットが優しくなる」
抗弁しようと口を開いたベルモットの声を無理矢理遮り、弾んだ声と共に顔をあげる。呆気に取られたように二、三度ぱちくりと瞬きをした彼女だったが、それでもやはり出来る女は機転を利かせるのも早かった。
「私はいつでも優しいでしょう」
知恵の浅い子供をあやすような口調でベルモットは優しく瞳を細める。
「それもそうだね」
同調すると、彼女は「全く」と呆れたように呟いて、浅い溜め息をはいた。芝居染みたやりとりを一通りを終えると、彼女は漸くホッと安堵の表情を浮かべる。そして飲みかけのままだった私のモヒートを一口喉に流し込むと、「行くわよ」と勢いよく立ち上がった。ベルモットは優しい。
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