小説 | ナノ



「ナマエも来れば良かったのにね。」

飲食店が建ち並ぶ歓楽街の一角で昼食を済ませたアニとアルミンは、帰路に就く最中、次第にナマエについて話すようになっていた。
本当は食事にナマエも誘ったのだが、「アルミンも一緒だけど」と付け足すと用事を思い出したからと言って丁重に断られてしまったのだ。直前まで目を輝かせながら手元の手帳に予定を書き込んでいたのに、数秒の間にいったい何を思い出したと言うのか。まさか自分の知らない間に喧嘩でもしたのだろうかとも考えたが、昔から穏やかで気の合う二人のことだ。そう簡単に仲を拗らせるとも思えない。
そのことを後でアルミンに伝えても、「えっ?」と驚いた後、頬を掻いて曖昧にはぐらかされただけで、アニには事の成り行きがさっぱりわからなかった。

店はアルミンが事前に選んでおいたという小洒落た料理屋だった。終戦前には決して拝めなかったような豪勢な料理が次から次へと机に並んだ。中でもデザートのチョコレートケーキは絶品だった。元より甘いものが好きなアニだ。気に入らない訳がない。程好い甘さに調節された上質なチョコの口どけと言えば、まさに舌が蕩けるようだった。

店を出てしばらくすると、隣を歩くアルミンがナマエの話題を持ち出した。美味しかったからナマエにも食べて欲しかったと残念がる様子から察するに、やはり喧嘩をしたわけではないらしい。本当に用事があったんだろうか。
「アルミンが誘えば来たんじゃない?」
「え、なんで?」
「ナマエは押しに弱いから。」
「それ、ナマエも言ってたよ。アニは意外と押しに弱いって。」
アルミンがクスクスと可笑しそうに目を細めて笑う。いつの間にそんな噂をされていたのか。過去を振り返ってみても、アニはナマエにそう言わしめるような振る舞いをした覚えが少しもない。
「僕もナマエに言われて確かにそうだと思ったよ。」
「…なんで?」
今度はアニが聞き返す番だった。アルミンはううんと唸りながら言葉を探していた。
「アニは優しいからさ、相手に合わせがちだよね。昔から。」
言っている意味がよく分からず、返事に困ってしまう。アルミンは出会った頃から、アニを人一倍好意的に評価するきらいがあった。照れ臭くも有難いことではあるが、それが妥当だと胸を張れる程の立派な過去をアニは持ち合わせていない。身に余る評価に嬉しさよりも違和感が勝ってしまう。
「ナマエの方が、押しには弱いよ。」
「ナマエが弱いのは押しじゃなくてアニだよ。」
アルミンはそう言うと並びの雑貨屋を指差して「寄っても良い?」と首をかしげて訊ねた。アニは黙って頷く。アルミンの後ろに続いて中に入ると、店内にはガラス細工のインテリアや宝石のあしらわれたネックレスが机から壁の至るところに飾られていた。
「ナマエに何か買って帰ろうか。」
アルミンが、手前にあった半透明のグラスを一つ手に取って言う。すりガラスだろうか。横にあった色ちがいのコップに触れてみると、少しさらりとした感触がした。
「良いんじゃない?、それなんかナマエっぽい。」
アルミンの持っているグラスを指差して答えた。コップはグラデーションになっていて、下に行く程透明度が低く、少し青みを帯びている。
「うん。ナマエは青鈍色とか似合うよね。」
「青にび…?」
「墨色がかった青色って言うのかな。普通の青より少し暗い感じの。」
「ふうん?」
うん、これにするよ、と頷くとアルミンは奥で作業をしている店員を呼んで、アニに先に店を出るように促した。しばらく外で待っていると紙袋を片手にさげたアルミンがそそくさと店から出てくる。
「お待たせ。」
「いくらだった?払うよ。」
財布をポケットから取り出して札束をいくらか摘まむと、アルミンは驚いたような顔をして激しくかぶりを振った。
「良いよ。僕があげたかっただけだから。」
「でもさっきの店も結局アルミンが出したし。」
「それだって僕が誘って、僕がアニにご馳走したかったから…。」
口ごもるような自信のない主張。こういう時のアルミンは、少しナマエに似ているなと思う。何かプレゼントやサプライズを準備した際、アニが少しでも遠慮を示すと、不安げに眉尻をさげて説得を試みるのだ。
あまりにもアルミンが頑ななので、アニはしぶしぶ財布をポケットへ仕舞う。
そして、再び歩き出すとアルミンはまたナマエの話を始めた。
「アニは最近もナマエの家によく行く?」
家?、と訊き返す。
なんでも仕事が忙しくなってから、アルミンは自由に使える時間をうまく捻出できずにいるらしい。
「どうだろう。月に一回くらいは会うかな。」
「いいな。他の皆はどうかな?」
「ライナーならよくナマエの家に入り浸ってるみたいだけど…?」
先日家を覗いた際も、酒に酔ったライナーが縷々綿々と管を巻きながら机に突っ伏していたのを思い出す。ナマエに聞けばよくある光景らしかったが、いつからそんなに距離を縮めたのか、アニは不思議だった。終戦直後、廃人と化したナマエの見舞いに何度か揃って家を訪れたことはあるが、その時だって別段二人の仲が良いという印象はなかった。当たり前に会話は交わすが、話し出すとすぐに説教臭くなるライナーにナマエはいつも耳を塞いでアルミンの背中に逃げ込んでいた。
そんなアニの疑念を汲み取ったのか、アルミンが口を開く。
「ナマエとライナーは、ああ見えて元々仲が良いから」
「そうだったかな…?」
「うん。だってナマエが本気で意地悪を言ったりするのは昔も今もライナーにだけだから。」
「それって仲良いの…?」
確かに、口煩いライナーに痺れを切らしたナマエが時折クリスタのことを持ち出して反撃していたのを思い出す。失恋の記憶を抉られたライナーは毎度のこと膝を抱えて萎れるのだが、酷い時にはそこから更に追撃があったりもする。
そういった時のナマエの表情は実に生き生きとしている。
「ライナーはナマエのことをひねくれ者だって揶揄したりするけど、それだけじゃないことも知ってると思う。」
「ふうん…。」
ひねくれ者なのは否定しないんだなと思った。アニのイメージの中でのナマエは少なくともそうではないのだが…。
「ナマエは頭が良いから、相手の望んでるものを的確に察して、それを過不足なく与えることが出きるんだ。」
「ライナーがナマエに責められることを望んでるってこと…?」
だとしたら、凄く気持ち悪い。そうじゃなくとも元から気持ち悪い奴だっていうのに。
「言い方はアレだけど、そう言った意味でのナマエの存在は大きいと僕は思う。」
「ふうん…。頭のいいやつらの考えることはよく分からないね。」
アルミンは少し困ったような顔で、擽ったそうに笑った。ナマエのことを語るアルミンの顔つきはいつだって優しい。アルミンのことを話すナマエも。

別れ際になるとアルミンは思い出したように、持っていた紙袋をアニに手渡した。先程購入したグラスの袋だ。
「アルミンが直接渡した方が良いんじゃない…?」
アニが訊ねるとアルミンは首を横に振って微笑んだ。
「それね、アニへのプレゼントでもあるんだ。」
「え?」
「隣に色違いのグラスがあったでしょ。ターコイズブルーの。」
「ああ…。」
言われてみれば、材質を確かめるために手に取ったのが確かそんな色だった。
「アニとナマエが二人でお茶する時にでも使ってくれたら良いなと思って。」
「…アルミンのは?」
「また今度良いのが見つかれば持ち寄ることにするよ。」
それじゃあね、と言うとアルミンは少し早足でアニのもとを離れた。早急すぎる事の運びにアニは思わず手を伸ばしたが、距離はもうずいぶんと開いていた。いつまでも後ろを振り返りながら手を振るアルミンは、通行人とぶつかって転げそうになっていた。
背中が見えなくなると、アニは渡された紙袋をしばらく見詰めて、反対の道を歩きだした。
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