小説 | ナノ


世界から巨人が一掃され、随分な月日が流れていたが、ナマエは依然として時勢に乗り遅れていた。
ここまで辿り着くのに多くの犠牲を払ってきたのだ。燃焼しきったナマエの心に再び火を焼べるものは今や無いに等しい。仲間の死を嘆く時間をも惜しみ、一心に剣を振るった昔が懐かしく、夢のようにすら思われた。

日々を漫然と過ごし自堕落に明け暮れるナマエをよそに、調査兵団の面々は国交を取り持つ仕事に一丸となっているようだった。時折アニやライナーがナマエの様子を伺いに家までやってくる。
「そろそろ目を覚ましな」と呆れたように言うアニは、家の戸棚に野菜や果物を定期的に補充して帰ってくれる。訓練兵の頃はいくらナマエが話し掛けても迷惑そうに顔を顰めていたのに、時の流れというのは人の心の角さえも滑らかに削ぎ落とすのだろうか。
ライナーに至っては「良い年なんだから男でも作ったらどうだ」と訳の分からない提案をしてくる。やれ心の支えがどうだとか、お見合いがなんだとか、耳の痛くなるような言葉をつらつらと並べては兄貴面をしてくるのでナマエはすっかり辟易していた。「自分だってクリスタのことまだ引きずってる癖に」と反撃すると勢いを無くして塩塩と縮こまるのだが、後が面倒くさいとアニに怒られるので結局は聞き流すことが大半だ。
ナマエはそんなしまりのない日々が嫌いではなかった。

しかし、初めの頃こそ録に食事も取らず、日が昇り沈むのをぼんやりと眺めるだけの毎日を送っていたが、人間そうも長く腐っていては黴が生えてしまう。仲間の活躍を傍らで眺めているだけに、浮き彫りになった怠惰な生活が余計にナマエの心をチクチクと責めた。そう焦らなくても無理無くリハビリしていけば良いんだよ、とカウンセラーのごとく優しい言葉を掛けてくれるアルミンには何度救われたことか分からない。そうして甘やかされながらも、何とか無事近所の花屋への就職を果たした事を伝えると、同期の幾人かが酒を片手に家へと押し掛けてきた。

「よりによってどうしてまた花屋なんだ?」
ワイングラスを片手に、ジャンが椅子を引きながら不思議そうに首を傾げる。コニーやライナーも「ナマエにそんな女らしい趣味があるとは思いもしなかったよな」と悪びれる様子もなく失礼な事を話し合っている。
「そうかな。私、花好きだけどな」
「ナマエは花とか空とか、昔から好きだったよね」
台所で作業をしていたアルミンが食卓を振り返り、ナマエの趣味を指折り列挙する。草木や虫にも詳しかったよね、なんて余計な一言を加えるものだから、正面に座っていたコニーがプッと吹き出した。口から何か溢れ落ちたのを目撃したジャンが「汚ねえな!」と騒ぎながら、アニから布巾を受け取っている。どこか懐かしいようで、訓練兵の頃には一度も見なかった光景だ。
「虫好きな女なんてナマエくらいのもんだよな」
「生き物が好きって言ってよ」
ナマエの反駁も敢えなく、コニーの関心はアルミンが運んできた目新しい料理に釘付けになる。立派な鶏の丸焼きだ。プレートを机に置き、一仕事終えたアルミンはエ プロンを解いてナマエの隣に腰かけた。
「ナマエは夜空を眺めるのが好きだったよね。それで星一つ一つに皆を当てはめて指でなぞったりしてた」
「あったね。もう何年前の事だろう」
「何だよ、お前そんなことしてたのか?意外とロマンチックなやつなんだな」
ジャンが、ほぅ、と感心の息を吐く。
「初めはレグルスから始まったんだよね」
「レグルス?」
聞き慣れない名前にライナーが呟くと、アルミンは愛しそうに目を細めて「レグルスはね…」と大切な仲間の星について解説を始める。小さな王の名を持つレグルスは、真東に位置する獅子座の恒星で一等星のなかでは最も暗い星だ。冬から春にかけての一定期間しか見ることが出来ないから夜眺める時は少し肌寒いんだよね、とアルミンは話しながら懐古の表情でナマエを見やった。
「それでそのレグルスは誰の星なんだ?」
ワインボトルをグラスに傾けながらジャンが訊ねる。アルミンは少し照れ臭そうに首を掻いて、ナマエに返答を促すよう微笑んだ。どうせならアルミンが答えたら良いのに、とつい無神経な言葉が口をついて出そうになるが、なんとか飲み込む。
「レグルスはアニ」
「……え?」
視線だけを寄越しながら一人黙々と食事に専念していたアニが、虚を突かれたように小さな声を漏らす。
「レグルスの別名は獅子の心臓って言うんだよ」
「それで…?ライオンハートだからってこと?」
「安直すぎるだろ」
親父臭い駄洒落染みた由来にアニとジャンが呆れ顔を作るのに、アルミンが慌ててフォローを入れる。
「それだけじゃないんだよ、ね、ナマエ」
ほら、言ってやってよ、と言わんばかりの期待に満ちた瞳の輝きだ。ナマエはわざとその視線を避けて、目の前の鶏の丸焼きをナイフで切り分け始めた。え、ナマエ?、と慌てる声が聞こえるが綺麗に無視。
「ちょっと、ナマエ、忘れちゃったの?」
「覚えてるけど、言ってもアニとジャンはきっと馬鹿にするよ」
「そんなこと無いよ」
狼狽するアルミンを傍らにナマエはどこ吹く風。黙々と取り分けた鶏を取り皿へと移していく。
「アニとジャンはともかく俺は馬鹿にしないから教えてくれよ」
な?、とコニーが得意気に続きを促すが言葉に全く説得力がない。アルミンは逡巡しながらも「ナマエが言わないなら僕からも控えるよ」と肩をすぼめて落胆する。アルミンが言えば良いのに、とナマエはまた思う。
「地球から見ると暗くて小さな星だけど、見つけたら嬉しくなるところがアニに似てるんだよ」
「お前そんな昔からアニに気があったのか?」
ライナーが目を丸くしてアルミンに訊ねると、先程まで消沈していた彼は慌てたように頭を振る。
「違うよ。それはナマエが言い出したことだから」
「うん、それで皆の星も決めようってなったんだよね」
激しく頷くアルミンに思わず声を出して笑ってしまう。恨めしそうな視線が向けられるので、ひょいと顔をそらして躱すと、呆然とナマエを見つめていたアニと目が合った。数秒後れて照れ臭そうに視線を泳がせるのが面白くて、ついしたり顔で見つめてしまう。

話しが弾むにつれ、話題はまたナマエの就職先についてへ回帰する。花が好きなのは昔からで、中でも薔薇が好きだから一時は駐屯兵団に入るか本気で悩んでいた時期もあると話すと、見事に総バッシングを食らった。少しお酒が回り饒舌になったアニからは「アンタは昔からそういうところ馬鹿だったよね」と辛辣な小言をいただく。
夜も更けて酒が回ってくると、顔を赤らめた面々が並び出す。程ほどに帰らないとね、と立ち上がるアルミンに連れられて玄関に向かう同期達を、ナマエは覚束無い足取りで送り出した。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -