小説 | ナノ



angle:Hisoka・Morow

その眼差しといえば、脆弱のつけ入る隙のない達観を保ち、揺るぎない静かな気色がどんと腰を据えているように見えた。

彼女の家庭は背徳を好んでいたが、よくある家庭だった。親は殺し屋だった。ゾルディック家程名の通った一族ではなかったが、子である彼女にもそれなりに圧力はあったらしい。
そんな家族が数年前に一つの噂で世間を席巻したことがある。
一家の一人娘が、家業の中心を担う両親をたった一人で手にかけたのだという。その噂の信憑性はいかほどかと世間は暫くの間騒ぎ立てたが、次期にその関心は他の話題へと移り変わりいつのまにか忘れ去られていった。
結論から言うと、噂は本当だった。一族の生き残りとなった彼女は後に蜘蛛を名乗る盗賊団にスカウトされ、今も一人密かに息長らえている。

彼女の名前はナマエ。
偶然にも同じ組織に所属することになってからは、話す機会が度々訪れた。勿論一方的にこちらが話しかけているだけではあるのだが。
ナマエはあまり口数の多い子ではなかった。どんな状況が降りかかろうと、人を縋らず、弱音を吐かず、飄々乎としている。しかし彼女の才能には眩いものこそあったが、それだけだった。俗に言う宝の持ち腐れ。向上心はまるで無い様にも見てとれた。戦闘能力だけで言えば旅団の中でも中々のものではあるが、順位付けするとしたらよくて調度真ん中くらい。それゆえ戦闘中も何度か危うい場面はあった。しかし彼女は死を恐れていなかった。決して死への覚悟があった訳じゃない。一言で言うとナマエは、素振りこそ見せないものの、その実極めて厭世的な人物であり、生への執着は至極希薄だったのだ。それこそ初めの頃は心ここにあらずといった状態がほとんどで、彼女もまた組織に対して崇高な忠誠心なんてものは持たず、他人に対してもほとんど関心を示さない様子だった。
しかし最近になってナマエの様子は少しずつ変わり始めていた。ほんの僅かな変化ではあるが、ナマエは仲間を意識するような戦いをするようになり、戦闘中における危険を顧みない無茶な判断が減り慎重な行動を取るようにもなった。

「ナマエもついに悪党に手を染めたね」
以前そんな彼女に対し、そう茶化したことがある。ナマエは冷たく無機質な黒い瞳をゆっくりと持ち上げて、ついに?と僕に問いかけた。彼女の瞳の奥にうっすらと冷たい熱が灯る。
旅団に入ったのはヒソカよりずっと先だよ、と答えてナマエは決まり悪そうに視線を他所に逸らした。
「最近の君はここに居たくて居るように見えるからね」
「私は初めから私の意志でここにいるよ」
「どうだろうか、争子の君が好んでここに居るとは考えにくいけど」
争子という言葉にナマエはピクリと反応を示し瞬間目付きが鋭く尖った。ナマエはこれまで、一度も自分の生い立ちについて赤裸々に語ったことはなかった。勿論彼女が実の親を自らの手で殺めたと言う話は隠そうとするにしてはあまりにも有名なものであり、蜘蛛の中でも知らぬものは一人としていない程だった。しかし、逆に言えばそれ以上のことは誰も知らなかった。
それでも、争子と呼ばれた彼女はその瞳の奥に確かな動揺を示し、言い様もない侘しさを圧し殺すように唇を一文字に縫い付け、笑みまぐ僕を映した。
「人を諌める程の正義感は私には無い」
一度持ち上げた視線を再び逸らし、どことも着かず遠くをぼんやりと見詰めた彼女の横顔は哀しい陰りに覆れていた。少し意地悪をしすぎた様だ。
そうかな?と含み笑いを添えて問い掛けると今度は重みの無い無機質な声音で「そうだよ」と一言返事が返ってきた。



美しい手捌きで糸を紡ぐマチの念能力はいつ見ても、ほおっと感嘆の息を漏らし見いってしまうほどの芸術ものだ。腕の間接から先まっぷたつに千切れた僕の腕を相変わらずの無表情で黙々と縫う様子を眺めているとチラリと視線がかち合った。
「何だい?」
ニッコリと微笑みかけると、彼女は鋭く細めた瞳に僕を映し静かに再び視線を手元へと戻した。
スッと手の動きが止まり、念の糸がしなやかに絶たれる。終わり。そう短く呟いた彼女はくるりとこちらに背中を向けて早々と帰り支度を始める。
縫われたばかりの皮膚にソッと指先を滑らして撫でる。マチの腕はやはり一級品だ。ほんの数秒前までの光景が嘘のように、見る分においては完璧に修復している。
「ナマエに変なこと言ったのアンタでしょ」
とんと一呼吸おいて、背中を向けた彼女から声が掛かる。
嗚呼。成る程、という感心が呟きとなって漏れた。
マチはこう見えて結構人の異変に敏感で、加えて仲間思いな一面があったりする。
「何のことかな?ナマエが何か言ってたの?」
「ナマエは何も言わないよ」
「だろうね。でもナマエ、マチに懐いてるみたいだし訊いたら案外赤裸々に話してくれるかも」
親殺しの件とか。ピンと提案するように人差し指を立てて言うと、案の定射抜くような鋭い視線が向けられる。
「興味無い」
口ではそう言うが、眉間にはうっすらと皺が寄っている。本当に、マチもナマエも分かりやすいったらない。あまりにも可笑しいものだからついクスクスと笑みが漏れてしまう。
マチの拳がキュッときつく握り直される。
「優しいねえ、マチは」
「何がさ」
「君がそんなだからナマエも中途半端に蜘蛛に馴染んじゃったんじゃないかな」
怪訝に眉が歪む。要領を得ないとでも言いたげに彼女は静かに僕に向き直り、続く言葉を待った。
「ナマエは根っからの悪党じゃないし、寧ろ正義感に溢れた人物だと僕は思うよ」
「...?」
「僕の推理ではナマエの親殺しは単なる殺人鬼の気紛れによるものではなく、背徳を好む両親への正義の粛清だったに違いないと踏んでいるんだけどね」
「...あんたそれナマエに言ったの?」
否定せずにいると、マチは眉間の皺を更に濃くして僕に歩み寄り、胸ぐらを掴んだ。乱暴な所作にボタンが弾ける。
殴るでもなく怒鳴るでもない。微妙な緊張を縫って空気は流れる。
「君達ほんと揃いも揃ってぬるいんだから」
マチは気づいている。ナマエが何の意味もなく只の快楽で人を殺めたりする様な背徳を持ち合わせていないことを。それでも今現在彼女を板挟みにしているであろう相反する感情の葛藤を、横目で見守りながらもそれを追及しようとはしなかった。そんなナマエに面白おかしく揺さぶりをかけるような僕の言動に腹を立てる優しさすら彼女は持ち合わせていた。揃いも揃って結構なことだ。
「ナマエがマチに懐くのも分かるよ」
悔しげに細められた瞳がえも言えぬ侘しさに陰って、胸ぐらを掴んでいた両手をマチはそっと下ろした。
「良いの?殴らなくて」
「アンタみたいなの殴ったって労力の無駄でしょ」
「言えてるね」
生憎、他人からの淘汰を素直に受け入れる程僕は君達みたいに緩くも甘くもないからね。
返事は返ってこなかった。カタンと荷物を片手に持つとマチは、何の合図もなく静かに素早くその場から姿を消した。
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