青の祓魔師



燐はオセロが好きだった。
間に挟めば白から黒へと変わったり、黒から白へと変わったり。
その単純なルールが分かりやすくて好きだったのだ。
だから幼い頃から室内で遊ぶときは雪男とよくオセロをしていた。

だが燐はオセロで雪男に勝ったことが一度もなかった。
それは他のゲームでもそうなのだが、特にオセロを好んでする燐にとってはかなり悔しいので、何度負けても雪男に勝負を挑んだ。

「勝った方が今日のおやつ多くもらえることにしようぜ」

そう言って燐はまた負けるのだ。
雪男も幼い頃は燐に勝利し、悔しがる燐の姿を見て申し訳ない気持ちが湧き上がったりもしたが、さすがに大きくなるとどうしてまた負けると分かっているのに何度も勝負を仕掛けてくるのかと、半分呆れるようになっていた。
だが、どうしてか嫌だとは思わなかった。

ただ純粋に楽しかったのだ。
勝とうが負けようが、ただ燐と一緒に普通に遊んでいられる時間がただひたすら楽しくて惜しかった。

きっと燐もそうだったのだろう。
だから何度も雪男にしつこく勝負を挑んでは負けて悔しがる。

何年と時間が経とうが、それは変わらなかった。

弱虫で泣き虫な、守られてばかりいた弟の雪男は銃を持つようになった。
燐は何も知らず、普通の人間の中でただひたすら優しい人になろうと足掻いていた。

銃を持った雪男は最年少の祓魔師になった。
燐は奥底にあった悪魔の力が目覚めてしまった。

雪男は歳を取り、獅郎に少し似ていると言われるようになった。
燐はそのまま学生の頃と変わらない、若い姿のままだった。

雪男と燐は、それでも小さな遊びを止めなかった。







温かい日差しがあたる縁側。
日中は一番そこが温かく、雪男はその場所を気に入っていた。
そこに椅子と小さなテーブルを置いて座る燐と雪男。
昔となんら変わりない穏やかな雰囲気、だが二人には明らかな年齢差が見えた。

雪男は髪が白くなり、顔や手にはいくつものシワが生まれていた。
声だってもう昔とは違い、だいぶしわがれてしまった。
もう身体を動かすのでさえ酷く億劫で祓魔師はとっくの昔に引退してしまっている。
燐の髪は黒いまま、顔や手にはシワなんてひとつも見当たらない。
祓魔師は未だ現役で、ありとあらゆる場所で悪魔退治を続けていた。

「そこ、変わるよ」

「あっ、本当だ」

そう言われて燐は慌ててオセロを黒から白へとひっくり返す。
雪男が白で燐が黒なのだが、それでも燐は自信満々という表情を雪男に向ける。
それはまさにオセロの台の四つ角が理由だった。
全て燐が所有する黒なのだ。

そして燐はまた黒のオセロを置いて色を入れ替える。

「ふっふっふ、どうやらお前もここまでのようだな…とうとう兄ちゃんを敬う日が来たか!」

「そうなるといいね」

だが雪男も余裕の笑みを崩さない。
今まで雪男は燐に一度も勝利も許さなかった。
もしもそれを許してしまったら、今後その一勝はあまりにも大きすぎるものとなる。
なので雪男も本気でオセロに取り掛かるのだ。

「そこ、右端の三段目」

「んー」

そう言って燐は言われた通り、燐から見て右端の三段目に白のオセロを置いた。
また色が変わり、黒から白へと変わる。

歳を取った雪男はもう自分で手を動かすのでさえ堪えるほどになっていた。
移動するのも辛く、日常のほとんどは寝て過ごしている。
それほど時が経ち、雪男の身体は老いていたのだ。
向き合うようにして座る燐はまだシワひとつ無い、若い姿のままなのに。

「最近どうなんだよ?」

「なにが?」

「娘とか、孫とか」

「元気にしてるよ。元気すぎて大変なぐらい」

「お前、よぼよぼのジジイになっちまったからな〜」

ケラケラと笑う燐に雪男は無神経な兄だと思った。
燐は未だに祓魔師を続けている。
悪魔だからそこにしか居場所がないというのもそうだが、雪男が以前一緒に住まないかと言った時でさえ燐は首を縦には振らなかった。
ただ笑って「ジジイの介護なんてしたくねえ」と言う始末だ。
雪男はそれが腹立たしいと同時に悲しかった。

考えれば、燐はずっと雪男を自分から遠ざけようとするばかりだった。
しかもある日突然燐は雪男に結婚しろだとか、彼女を作れだとか、まるで口うるさい親のように言い出したのだ。
自分には燐がいるのに、なぜそんなことを言うのかとその時はただひたすら悲しかった。
だがそれでも、理由は何となく分かっていた。

「ねえ」

「んー?」

「今度会ってみてよ」

「孫や娘にか?嫌だね、ガキとか嫌いだし」

オセロに視線を向けたままそう告げる燐。
それが嘘だという事に雪男は当たり前のように気づいていた。
この兄が子供を嫌うだなんてあり得る筈がない。
分かっているのに、燐は子供が嫌いと言い続けて雪男の子供に一度も会ってくれないのだ。

「兄さんが結婚しろってしつこく言うから結婚したのに」

「おい」

オセロを置いていたテーブルを叩く。
燐はそのテーブルに肘を付いて頬を支えると雪男を睨んだ。

「冗談でもそれを言ったら、俺はお前を殴るぞ」

これは本気だ。
さすがの雪男ももう燐の拳を喰らって平気でいられる自信は無かった。
だから柔らかい笑みを燐に向ける。

「分かってるよ。あの人はそういう全部を含めて、僕と一緒になってくれたんだから」

「ったく、くだらねえ事言うんじゃねえよ」

燐はまだ若干不機嫌気味にまたオセロと向き合った。

「そもそもお前は女に対して失礼すぎる!なんだよ、バツ2って!」

「結婚を二回して、離婚を二回したって意味だよ」

「意味を聞いてるんじゃねえよ!!」

また燐はテーブルを乱暴に二度ほど掌で叩いて憤りをあらわにする。
先程言ったとおり、雪男は離婚を二度ほどしていた。
そのどれもが向こうから離婚を切り出している。
つまり雪男は二度ふられているのだ。

「女性って鋭いんだよね。他に好きな人がいるっていうことに関しては」

「……そこら辺は、俺のせいじゃないからな」

「そうだね。けど、きっと僕のせいでもない」

燐は気まずそうにして黙り込んでしまった。
燐は何となく分かっていた。
その女性のどちらも自分に似ていて、まるで自分を重ねるようにして接していた事を。

「けど安心してよ。僕も彼女に関してはわりと本気で愛してたから」

「…本当か?」

「うん、そうじゃなきゃ子供なんて出来ない」

「…なら、よかった」

本当に心の底から安心したように笑う燐に雪男も同じように微笑む。
燐は純粋に雪男の幸せを何よりも願っていた。
ただひたすら願っていたのだ。

「ただ、彼女以上に好きな人がいたっていうだけだよ」

「……お前なぁ」

せっかく人が安心した傍からそんな事をと燐はため息をつく。
どうしてこの弟は歳を取っても変わらないのだろうかと。
結婚をする前から、雪男は燐に対してこういう事をサラリと言うのだ。
それどころか歳を取れば取るほど酷くなっている気さえもした。

「こんなジジイを口説いてどうするんだよ…」

見た目は十代のままだが、燐だって雪男と同じ老人である。
ただ身体の時が止まっているだけの老人だ。

「口説いてるんじゃないよ。真実を言ってるんだ」

「だーかーらー…」

「あと口説いてるとしても、残念ながら僕の歳じゃ勃たないから。喜ばせることが出来なくてごめんね」

「何を勝手に解釈して勝手に謝ってんだよ!!あと喜ばせるってなんだ!!ちっとも嬉しくねえ!!」

「兄さんは元気だねえ」

穏やかにそう言って雪男は笑った。
歳を取るにつれて雪男は自分の本心がお喋りになり、素直になっていくのが分かった。
きっと身体が動かない分、無意識に言葉で表現をしているのだ。

「それで、兄さんはまだ掛かる訳?」

「お、おう。ちょっと待て」

燐は慌ててオセロに視線を向けるとひとつ黒を置いた。
色がまた変わる。

「けどさ、どっちもどっちだと思うんだよね」

「何が?」

「彼女と僕」

「何で?」

「彼女にも僕以上に好きな人がいたから」

燐はまた押し黙った。
少し虐めすぎたかなと思いつつも、雪男は燐に位置の指示を出す。
彼女もまた、他に好きな人がいたのだ。
だけどその人とではなく雪男との結婚選んだ。

「どっちもどっちだよね」
「うるせー…」

気まずそうに乱暴な手つきで色を変えていく燐に雪男は笑った。
オセロはもう殆どが埋まっていて、置く場所がどんどん限られてきている。

「ねえ、何か賭けようよ」

「いいぜ。っていうか、コレもうちょいで終わるだろ」

「うん、だから何か賭けよう」

燐はオセロの具合を見た。
今はどちらも五分五分に埋まっているのでまだ先は見えない。

「よーし、それじゃあ俺が勝ったら…そうだな、冷蔵庫の中にあるお前のプリンを貰う」

「はは、安いなぁ」

「賭けっていうのはそういうもんだろうが」

それでお前は?
燐は視線で雪男に問いかける。

「来週、会いに来てよ」

「毎週会いに来てるだろ」

「違うよ。僕の子供や孫に」

そう言うと燐の顔色が変わった。
それを雪男は見逃さなかったが、それでも気づかないふりをする。
雪男は手を伸ばし、テーブルの上に置く燐の手の上にそれを重ねた。
同じ年齢の筈なのに、明らかに違う掌は言うなれば異常としか言いようがなかった。
そしてまざまざと違うという事を見せつけられている感じがして嫌になる。

燐も重ねられた掌を上に向け、指の間に自分の指を入れて雪男の手を優しく握る。
だがそれもほんの一瞬で、その掌はすぐに燐の膝の上に引っ込められてしまった。
雪男の手だけがテーブルの上に残る。

「…やだ」

燐は拒否をした。
だが雪男はそれを許さない。

「それじゃあ僕に勝ってみせなよ」

「…絶対に負けねえ」

燐はさらにオセロの台に視線を集中させた。
その真剣さに思わず笑みがこぼれる。

可愛らしいなと思うと同時に必死だなと。
きっと、こうやって真剣にオセロ対決をするのも雪男とだけだろう。

そしてこんなふうに遊べるのも、もうすぐ終わるのだろうと雪男は静かに予感していた。

「もっと、兄さんと遊びたいよ」

その声は集中している燐には聞こえていなかった。














燐は酷く後悔していた。
それは三日前にしたオセロについてだった。

オセロは結局燐が負けそうになり、燐はこれ以上なく焦った。
そして起こした行動は脱兎の如く逃げることだった。
オセロの台をひっくり返して、そしてダッシュして逃げる。
勝負に関しては絶対に諦めない、そして潔くと決めていた筈なのに、諦め、逃げてしまったのだ。
しかも最愛の弟の前で。
それほどあの勝負に負けるのは嫌だったのだ。

だが燐が後悔しているのは逃げた事だけではなかった。

「惜しい人を亡くしましたね」

燐はただ、その言葉を遠出で聞くだけだった。
遠くで燐が眺めるその場所は、燐が苦手とするどんよりとした空気が漂っている。

雪男が死んだのだ。

燐が逃げたその次の日に雪男は死んだと知らされた。
寿命でもない、事故。
しかも遺体の損傷は激しく、見ることもできないらしい。
あまりにも突然で、悲しいだなんていう感情さえついて行かない

燐は離れた場所で隠れるようにして奥村雪男の葬式の場を見た。
兄ですと言って傍に行くことさえ出来ず、燐はただ遠くで眺めることしか出来なかった。

燐はその場でしゃがみこんだ。
泣きそうで、辛くて、覚悟していた筈なのにと、立っていられなくなったのだ。
人はいつか死ぬと燐はきちんと理解していた。
自分とはまるで作りも構成も違う生き物で、優しくて儚い生き物だと燐は身に染みるほど理解していたのだ。

それなのに自分はとただひたすら己を責めた。
最後まで勝負をしていればと、燐は後悔しているのだ。
あの時最後まで勝負しておけばよかったのだと。
もし負けてしまっていても、それでもこんなふうに悔いなんて残らなかったのに。

涙の一粒も出やしない。
燐はどうしようもない感情を吐き出すことさえ出来なくなっていた。
もうあの縁側で二度とあのような穏やかな時間を過ごせないのかと思うと胸が苦しい。

燐は顔だけを上げた。
やはり視線の先は雪男の葬式の場所だった。

そこには雪男の娘がいた。そして孫もいる。
遠目だが、どちらも雪男にも似ていたし似ていなかった。
あれが雪男の子なのかと思うと不思議な感じがする。

「ごめんな…」

燐はぽつりと誰にも聞こえない謝罪をした。
それは雪男になのか、それともその子供たちになのかさえ分からない。
燐はその場にしゃがみこんだまま、また自分の腕に顔を埋める。

「ゆきお…」

もう、二度と会えない。
そう思って絞り出した声は酷く掠れていた。

あの最愛の弟には、二度と会えないのだ。
そう思い瞼に涙を溜める。

すると、突然背後から誰かに抱きしめられた。

「呼んだ?兄さん」

聞き覚えのある声だった。
だが、その声は絶対にありえないもの
で、そして二度と帰ってこないものだ
った。
腕の中に埋めていた顔を上げる。
だが顔は怖くて見れなかった。

「…雪男?」

「ダメだなぁ、こんな簡単に背後を取られるなんて」

「いや、あの…え…?」

なんでここにいるだとか、どうしてだとか、言いたいことがありすぎて言葉にならない。
雪男は燐のすぐ後ろにいるのだ。
燐を大切なもののように、腕の中に優しく包み込んで。
だがその声は最後に聞いた雪男のしわがれた声ではない。
もっと懐かしい声だった。

「驚いた?」

「お、お前…誰だ。悪魔か…?」

「うん、そうだよ」

なんだやはりそうじゃないかと燐は酷く落胆した。
これは自分にとって都合のいい夢だったのだ。
きっと心の隙間に悪魔が入ってこようとしてこのように出てきたのだと。

「ンだよ…。趣味の悪い悪魔だな…」

「ちょっと、剣なんか抜こうとしないでよ」

実の弟を殺す気?
燐はそのふざけた口調が腹立たしかった。
弟が死んだ目の前で、自分の愛する弟を真似て現れたのだから。

「うるせえ!」

そう叫んで剣を抜き立ち上がる。
包み込まれていた腕はアッサリと放されて少し拍子抜けしたが、そちらのほうが都合が良かったのでそのまま背後の人物に視線を向ける。
だが燐は視界に入った瞬間その場で立ち尽くし固まった。

目の前にいるのは十代の頃の祓魔師姿の雪男だったからだ。

「ねえ、何か勘違いしてない?」

「お、お前…」

そしてそれは紛れもなく雪男本人だった。
燐には分かる。

この目の前にいる雪男は本物の雪男だと。

「お前、それ…」

「ああ、これ?」

コレ、と言って雪男の手が持ち上げたのは尻尾だった。
それはそのまま雪男の方に繋がっている。
そしてよくよく見れば雪男の耳は少し尖っており、口を開く度に八重歯が見え隠れしていた。

「兄さんと御揃いだ」

楽しそうに笑う雪男。
だが燐はただひたすら困惑するばかりだった。
そして一つの答えに辿り着く。

「あ、“悪魔落ち”…したのか!?」

「うん、そしたら前よりも若返っちゃって」

スゴイよね。
雪男は自分の尾を燐に見せびらかすようにした。
まるで現実だと、本物だというようにして。

「だ、だったらあの葬式は!?」

そうだ、雪男は既に死んている筈なのだ。
だからこそ、あそこで葬式が行われている。

「あれは偽物だよ。事故で死ぬだなんて、そんなドジを僕がするなんて思ったの?」

「どうして、わざわざそんな…!」

「兄さんと一緒にいるため」

ハッキリと答えた雪男に燐は歯を食いしばった。
どうしてこの道を選んだのだと。

「もう、どちらにしても死期が近かった。人間の僕では兄さんと一緒にいることができない。だから決めたんだ」

決めたんだ。
雪男はそう言って穏やかに笑った。

「ガ、ガキらはどうすんだよ!」

「お父さんの自由にしてだって」

「し、知ってんのか!?」

「うん、さすが僕の子というか、笑顔で見送ってくれたよ」

「あ、ありえねえ…」

そんなふうにして悪魔落ちをするだなんてありえない。
燐は抜いたままだった剣の先を雪男に向けた。
その手は震えて、剣にもそれが伝わっている。

「お前が…お前がンな事になって、俺が喜ぶとでも思ってるのかよ!!」

「思わないよ」

「だったら!!」

「兄さん、僕はこれまで兄さんの我儘を受け入れてきたよ」

だから、と続ける。

「今度は兄さんの番だ」

燐は雪男に向けていた剣をゆっくりと降ろした。
そしてそのまま剣を手放すと、支えを失った剣は派手な音を立てて地面に落ちる。
燐は顔を俯かせたまま身体全部を震わせていた。

「泣いてるの?」

「泣いてねえ。…お前はバカだ」

「うん。馬鹿になるほど、兄さんと一緒にいたかったんだよ」

雪男は知っていた。
燐がなぜ結婚をしろだと突然言い出したのか、子供たちに会ってくれないのか。
全部、全部知っていたのだ。

燐は、大切な人を全て遠ざけていたのだ。

自分が関わる全ての人間から離れようとしていた。
それは燐がその人たちが大切だからであり、そして自分を守るためでもあった。

「ねえ、兄さん」

「なんだよ…」

雪男は燐の身体を正面から優しく抱きしめた。
強くて若い、逞しい身体に自然と燐は安心する。
今までは老いて弱くなってしまった身体に、自分が触れれば壊してしまうんじゃないのだろうかとずっと怯えていた。
だから触れるのを極端に恐れていた。

「笑って。喜んで」

「できるかよ…」

自分のせいで弟をこんな身体にさせてしまったのだから。
雪男の肩に顔を埋めて涙を流した。

「僕からのお願いだよ。兄さんが笑ってくれなきゃ、僕が喜べない」

「………うん」

雪男は燐から身体を放し、涙で濡れた燐の顔を拭うと優しくキスをした。
燐もそれを静かに受け入れる。

ついばむようなキスを何度も繰り返し、雪男と燐は互いの手を取った。
もう燐から放すことはなかった。

「もう、独りじゃないから」

「うん…」

「独りにさせないから」

鼻を啜り、燐はまた泣いた。

「それじゃあ俺は……もう何も、怖がらなくていいんだな」

「そうだよ」

もう何も怖いものなどないのだ。
雪男はそう伝えるように手を強く握りしめた。
そして二人して歩き出す。

「なんだか僕の葬式があるって、不思議な感じだよね」
「…テメーのせいだろ」

「そうだね」

穏やかに笑う雪男。
燐は笑わず、ただムスッとした表情のままだ。

「ねえ、僕の若い姿を見てどう思った?」

「別に…普通だよ。普通」

ぶっきらぼうにそう答える。

「これなら夜になっても兄さんを喜ばせれそうだ」

「誰が喜ぶって言った!誰が!!」

「嬉しくない?兄さんが?本当に?」

「………」

「本当に?」

「…………う…れしい、です」

無理やり言わせられて燐は顔を赤くさせた。
だが雪男は逆に満足そうに微笑む。
どうやらこういうことをサラリと言ってしまうのは変わらないらしい。

「今度、オセロしよっか。兄さんが逃げた時の続き」

「あ、あれはだな…」

「僕が勝ったら子供たちに会ってよ」

「…今度はまた、別の意味で会いに行きにくい」

「大丈夫だよ。僕の子なんだから、安心して」

「うん…」

もう目に見えてしまった勝敗に燐は腹をくくった。
半分は自棄だが、それでもいいかと思ったのだ。

もう、自ら独りにならなくてもいいのだから。
もう、怖がることなんて何一つ無いのだから。



雪男は人として死に、悪魔になった。
そしたら燐は独りじゃなくなった。



二人はずっと、一緒になった。























2011/6/5
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