青の祓魔師


「兄さん」

久々に呼ばれたて心臓が跳ねあがった。
嬉しくて、耳によく馴染むそれは、身体の奥に染みわたるみたいだった。

雪男が噴水から上がって俺のほうに近づいてくる。
近づいてくるのに酷く緊張した。

けど逃げたらダメだ。
これはもしかしたら神様がくれたチャンスかもしれない。
あいつはずぶ濡れになりながらも近づいてくる。

「兄さん…」

その、と口ごもる。
その間、俺もどうすればいいかと視線を彷徨わせていた。
するとずぶ濡れの志摩が濡れた靴を両手で持ってこの場からこっそり退散しようとしているのが見えた。
志摩は俺と目が合うと、軽く笑みを作って口元に人差し指を持って行く。
そのあと軽く手を振ってバイバイをしてから静かにここから去って行った。

そうだ、俺も頑張らないといけないのだ。

「ゆ、雪男!!」

「な、なに!?」

気合を入れ過ぎて思ったよりもデカイ声が出てしまった。
雪男も驚いている。
だけど俺は止まらない。

「し、しえみがだな、クッキーくれたんだ!」

「う、うん」

「しばらく一緒に飯食ってねえし!」

「…うん」

「目もろくに会わせてねえ!」

「うん」

「あんまり話せてねえ!」

「うん…」

必死に言葉を続けるけど、大切な言葉がどうしても出てこない。

「だから、その…」

とうとう俺も言えなくなった。
けど言わなきゃいけない。
頭を掻きむしって、ノートを握りしめた。
言えない、ならやはりコレに頼るしかない。

「ペン貸せ」

雪男からペンを借りて、文字を書いていく。
机じゃないから書きにくいけど、それでも文字を書いていった。
雪男もそれをしゃがんで見ている。
逆さまだけど、読めてるのかは分からない。
だからわざとデカイ字で書いてやった。

書いてる間、ずっと緊張していたけど最後まで書き終えると妙な満足感が生まれた。

一緒に飯を食いたい、話したい、一緒にいたい。
仲直りしたい。

全部、全部書いたのだ。

「…サンキュ」

書き終えて、ペンごとノートを雪男に手渡した。

「…僕も」

そう言って雪男もノートに書いた。






はいけい、兄さんへ

一緒に食べたい。
一緒にいたい。
一緒に話したい。

僕も、仲直りしたい。






逆さまで、ちょっと読みにくいけど、それでもちゃんと読めた。

「喧嘩両成敗ということで」

「りょーせいばいだな」

顔を会わせると、二人して自然とその場で正座になっていた。
なんだか笑えて、だけどそうやって笑えるのが嬉しかった。

「「ごめんなさい」」

頭を下げて、二人同時に謝る。

「………」

「………」

「…ぶふぅっ!!」

「く、くく…!」

けどやっぱり笑えた。
だから二人とも堪えきれなくて俺は思わず吹き出し、雪男は笑いが漏れる。

「ダメだ、なんか笑っちまう!」

「ほんと、なんでだろ…ふふ」

「あー、なんか…スッキリした」

「うん、そうだね」

やっと言えた言葉はあまりにも簡単だった。
簡単すぎて、なんでもっと早く言わなかったんだろうとちょっとだけ後悔するぐらい。

「つーか、お前びしょ濡れ」

「ああ、噴水に落ちちゃったからね。って、そういえば志摩君」

「あいつならこっそり帰ったぞ」

「いつの間に…」

苦々しい顔で噴水の方に振り返る。
だけどやっぱり志摩の姿は無かった。

「とりあえず、家に帰って風呂入らねえとな。そのあと、しえみから貰ったクッキー食おうぜ」

「うん、一緒に入る?」

「誰が入るか!」

俺が立ち上がると、雪男もノートを持って立ち上がって自分たちのあの部屋へと歩き出した。
そういえば、と思い出す。

「あのさ…なんでケンカしてたんだっけ…?」

「…覚えてないの?」

「…すんません」

「まあいいや、僕もそこら辺は同罪だしね」

「どうざい?」

「なんでもない。僕が兄さんの大切に取っていた当たりのアイス棒を捨てちゃったんだよ」

「あ…ああ!!そうだった。お前よくも捨てやがったな!」

「謝ったでしょ。それに僕は殴られたし」

「うぐぅ…けどなぁ、金のない俺にはあれは大切な物だったんだよ…」

ゴリゴリ君、そう呟くと隣でびしょ濡れの雪男が眼鏡を上げてため息をついた。

「今度買ってくるから」

「おお!!さすが俺の弟!!」

これは楽しみだと俺はもうご機嫌。
けど、思えば本当にくだらないことでケンカしていたのだ。
冷静になればそう思えてくる。

けど、確かに俺にとってアレは大切だったんだ。
金がなくて、けど少ないながらに買ったアイス…。
あの当たった時の喜びと感動、忘れられすはずがない。
実際はケンカして忘れてたけど。

「その変わり、一緒にお風呂に入ってよ」

「ええ!?」

「僕は殴られたし、謝ったし、しかもアイスまで買うんだよ?」

それぐらいいいでしょ?
なんて言われて逃げられないように手を握られた。

俺はどうしようかと慌てた。
だけど雪男の手は濡れているせいで冷たくて、それで笑ってる。
一緒に入って、何かされないわけがない。
だけどいいか、と思えてしまうのだ。

「…おい、雪男」

「なに?」

「言っとくけどな、お前に許してもらうために入るんじゃないからな!」

「…それは」

そうだ、殴ったこととか、ケンカのこととか、そういう謝罪のために入る訳じゃない。

「お、俺の意志で一緒に入るんだから、そこら辺勘違いすんなよ!!」

そう言って、雪男の手を強く握り返して早足に進んで引っ張ってやる。
後ろで雪男の笑う声が聞こえた。

「笑うなよ」

振り返れない。
俺の顔はきっと真っ赤だからだ。
足も止めず、ズンズン進む。

「ねえ、兄さん」

「…なんだよ!」

「僕、噴水に落ちるとき、必死になってコレを守っちゃったよ」

ノートは雪男が持っていた。
青いノート。

「だけど、やっぱり文章よりも言葉のほうがいいね」

嬉しさが身に染みる。
そう言ってまた雪男が笑うのが分かった。
俺は耐え切れなくてちょっとだけ振り返った。
足は止めず、雪男の手を引っ張ったまま。

「…俺も、そう思う」

ノートはもう使わないだろう。
まだ半分も使いきっていないけど、それでよかったと思う。

もしも最後まで使っていたら、きっとまだ仲直り出来ていない証拠だ
合計数ページしか使っていなかったけど、それでもその期間は果てしなく長かった気がする。
全部だなんて、きっともっと長い。

「兄さんと仲直り出来て、嬉しい」

「俺も」

そしたら、きっと雪男のこんな笑顔が見れるのも、もっとずっと先になるのだ。
だから謝って、仲直りできて、本当によかった、そう心から思える。

「だから、今日の夕飯すき焼きな」

「刺身も欲しいな」

「しきんえんじょしてくれたらな」

本当によかった。
手を繋ぐ雪男が隣にきて、俺は何だか嬉しくなって笑う。
雪男もつられるようにして笑ったから、冷たい手を強く握った。




こうして、俺と弟のケンカと交換ノートは終わったのだ。









俺と僕の交換ノート












2011/05/21
top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -