青の祓魔師それはいつもの休日のことだった。 僕はパソコンに向かい資料の作成。 兄さんはクロと一緒に二人と一匹のお昼を作っている。 自然と一人きりになる部屋で、僕はどうしても気になっていた。 隣の机だ。 「…汚い」 そう、汚いのだ。 大量の消しカス、お菓子類の袋、乱雑に積まれた教科書。 もう少し綺麗にしてほしい。 「…はあ」 小さくため息をついて僕は立ち上がった。 何度言っても綺麗にしてくれない兄にうんざりしながらも仕方がないなと思う。 ゴミ箱を持ってとりあえず目につくゴミをすべて捨ててやった。 「ゆきおー、昼飯出来たぞー」 「うん、分かった」 ついでに粗大ゴミに出してやろうとそのゴミ箱を持って部屋から出て行った。 僕が捨てたゴミ箱の中に、兄さんが大切に取っておいたアイス棒の当たりがあったなんて事も知らずに。 まさかコレがあんな喧嘩の幕開けになるとは、この時の僕は思いもしなかった。 その日から三日後、兄さんが絶叫を上げた。 (なるほど) 僕はようやく思い出せた。 喧嘩の原因を。 怪我の功名とはこのこと、僕は噴水に溺れかけて思い出せたのだ。 一緒に落ちた志摩君に殺意を向けていたが、一応これでチャラということにしておこう。 噴水から顔を上げると、眼鏡がずれて視界がぼやけていた。 数回咳をして視線を前に向けると、誰かがいる。 いや、誰かなんかじゃない。 ぼやけた視界でも分かる存在。 「雪男」 真っ直ぐに向けていた視線の先には、兄さんがいた。 あのノートを持って。 ああ、無事だったんだとほっとする。 水に濡れず、ノートは兄さん手の中。 「兄さん」 久々に声に出して呼んだかもしれない。 隣で志摩君がようやく噴水の水から顔を出して咳をしていた。 本当なら、手の一つでも貸さないといけないのだろう。 だけどそれどころじゃない。 これはきっと唯一のチャンスなのだ。 水のせいで重くなった服なんて気にもせず、眼鏡を直して兄さんのいる方へと近づく。 歩く度に水を吸った靴がビシャリと音を立てる。 ずぶ濡れの僕に対して兄さんは水一滴濡れてさえない。 向き合うようにして前に立って、足を止めた。 「兄さん…」 その、と口ごもる。 あの文字が出てこない。 誰が悪いだとか、どっちが悪いだとか、もうどうでもいい。 ただ早く仲直りしたいのだ。 だけど土壇場になって臆病者が顔を出す。 「ゆ、雪男!!」 「な、なに!?」 突然叫ぶように呼ばれて身体が強張る。 ただでさえ臆病者が顔を出しているのだ、そんな声を出されたら驚かないはずがない。 「し、しえみがだな、クッキーくれたんだ!」 「う、うん」 「しばらく一緒に飯食ってねえし!」 「…うん」 「目もろくに会わせてねえ!」 「うん」 「あんまり話せてねえ!」 「うん…」 兄さんが必死で言葉を綴る。 それが酷く愛しかった。 一生懸命なその姿がただ愛しかった。 「だから、その…」 言いよどむ。 頭を掻きむしると、何かを決意するようにノートを握りしめる。 「ペン貸せ」 何も言わず、濡れた内ポケットのペンを手渡した。 そしてノートを床に置いて自らも膝をついてペンを握りしめた。 僕の書きかけのページの次に文字を書く。 僕もしゃがんでその文字を読んだ。 逆さまに書かれていく大きな字はここからでもよく見える。 はいけい、雪男へ しみえからクッキー貰った。 一緒に食いたい。 しばらく一緒に飯食ってない。 だから貰ってきた。 目もろくに会わせてねえ。 ちゃんと一緒にいたい。 あんまり話せてねえ。 ちゃんと一緒に喋りたい。 だから、仲直りしたい。 その言葉で、もう充分だった。 顔を覗かせていた臆病者は、どこかに去ってしまっていた。 2011/05/21 top |