青の祓魔師「雪ちゃんとは仲直りした?」 祓魔塾の教室で二人きり。 授業も全部終えて、あとは帰るだけという状況。 心配そうにそう言ったのはしえみだった。 俺は返事に困る。 まだ仲直りしてないからだ。 「…ま、まあまあ」 だから俺の返事はまた微妙なものになってしまう。 「まあまあって…謝ったっていうこと?」 「いや、謝ったというかだな…あっ、別の事なら謝ったけど…」 「もー、そんなんじゃいつまで経っても仲直りできないよ?」 俺の曖昧な返事に、しえみも仲直り出来てないと分かったのか頬を膨らませた。 風船みたいに膨らむほっぺをちょっと突いてみたくなったけど、今はそれどころじゃない。 「ノート作戦はダメだった?」 「いや、アレはだな…なんか、あの…交換してる…」 「交換?」 「こ、コーカンノートに…」 「交換ノートになってるんだ!」 雪ちゃんと交換ノートできるなんて羨ましいと、しえみはさっきの風船がウソみたいにピカピカと顔を輝かせる。 全っ然、羨ましくともなんともない。 だって、まったくもって進展しないから。 謝るために始めたはずなのに、なぜこうも言葉が続かないのか。 ごめん、というこの三文字をノートに書けばいいだけだ。 それだけなのに、自分は謝れない。 意地を張って、言葉が書けない。 「…燐、悲しいの?」 「べ、別に、悲しくねーよ。あんなメガネと仲直りできなくてもだな…」 最後のほうはもう消えるような声だった。そうだ、別に仲直り出来なくても大丈夫なのだ。 だって、特に不便なんてないのだ。 勉強がちょっと苦しくなるだけだ。 けどそれも勝呂たちに教えてもらえばいい。 それ以外、特に不便だと思う事はないのだ。 「…だけど、飯食う時、ちょっと味気ない」 ああ、そうだ。 コレが一番の問題だ。 美味い筈の飯が味気ないなんて、飯に対する冒涜だ。 「ふふ…一緒に食べるほうが美味しいっていうもんね」 そう言ってしえみは鞄の変わりに持っている風呂敷を机の上に置いた 綺麗な赤色をした布の包みが開かれると、教科書やノートの他にクッキーの入っている袋があった。 それを開けて俺に差し出す。 「はい、どうぞ。栄養満点ハーブクッキーだよ」 満面の笑みのしえみ。 だけど俺の顔は若干引きつっていた。 「…手作り?」 「もう!お母さんのだから大丈夫だよ!」 それはよかったと胸を撫で下ろしてクッキーをひとつ食べる。 サクサクとしていて、ほんのりと甘い。 「うん、美味い」 「エヘヘ、よかった」 「お前もこれぐらい上手く作れるようになれよ」 「もちろんだよ、上手にできたら一番に燐に食べさせてあげるね!」 「おう」 しえみとほのぼのとした会話。 栄養満点というクッキーのおかげか、それともしえみのおかげか、俺の気持ちはなんだか和らいでいく。 「私も、ご飯が美味しくなかったよ」 「?」 もうひとつ、とクッキーに手を伸ばす。 「お母さんと喧嘩してた時」 ピタリと手が止まった。 クッキーに行っていた筈の視線が、自然としみえの方に行っていた。 しえみの表情は柔らかい、昔を懐かしむような、そんな感じだった。 「庭のお世話をしてても、やっぱりご飯は食べなくちゃダメでしょ?だけど、私とお母さん、喧嘩してたから…別々に食べてた」 私は蔵で、お母さんは家で。 「その時のご飯、美味しいんだけど…やっぱり味気なかったよ」 自分の好物が出てきたときも、何よりも美味しいはずなのに。 そう言ってしえみは笑った。 「…俺の時はさ、クロがいるんだよ」 「うん」 「けど、あいつは遅くまで仕事してるんだよな」 「そっかぁ」 「しかも俺を避けてるから、仕事すし詰めにしてる感じ」 しえみがクッキーをひとつ取って、それを小さく齧った。 俺もまたひとつ食べる。 「美味い」 「美味しいね」 「やっぱり、一緒だからか?」 「そうかもしれないね」 ふふふ、と小さく笑って残りのクッキーを食べる。 「雪男と一緒に飯食いてえな」 きっと、何万倍も美味くなる。 それが例え丸焦げのクッキーでも、不味いけど笑って食べれるだろう。 「俺、雪男と仲直りしてえ」 あらためて言葉にすると驚くほど胸にストンと落ちてくる。 まるで空いたパズルのピースを埋めるみたいに。 俺の言葉を聞いて、しえみはキリッとやる気の満ちた顔をして立ち上がった。 力強く握る拳が今だけはたくましく見える。 「それじゃあ、仲直り大作戦だね!」 「おおっ!!なんかいい案があるのか?」 「謝ろう!」 「………」 俺のテンションだだ下がり。 結局俺から謝るしかないのか。 「…あのさ、雪男から謝らせる作戦とかねえの?」 「燐、逃げちゃダメだよ!」 「え〜…ダメ…?」 「ダメ!」 「…ケンカの原因、分かんなくても?」 「分からなくても!」 「………」 「燐」 呼ばれて力なく「ふぇい」と返事をした。 「サクッと謝ってこい、だよ!」 「……それを言われたら、謝るしかねえよな」 昔俺が言った台詞。 そうだ、しえみは謝ったんだ。 満足そうに笑うしえみに、俺は息を吸って深く吐いた。 「うしっ、行くか!」 俺は立ち上がってやる気満々。 あとやけが半分。 「その前に、それもう一個貰っていい?」 それと言って指差したのはしえみが持ってきたクッキー。 しえみは一瞬だけキョトンとした顔をしたけど、すぐにさっきと同じ笑みになる。 「一個と言わずに、丸ごとどうぞ」 仲直り大作戦のための餞別に。 差し出してくれたクッキーを有難く受け取って、俺も同じようにして笑った。 俺は教室を出て雪男を探した。 探さなくても部屋で待てばいいと思ったけど、そしたらあいつは仕事だとか言って碌に会話もせずにさっさとどこかに行ってしまうだろう。 探して、捕まえないといけない。 「あんにゃろ、どこに行きやがった」 もしかして直行で仕事とかに行ってないだろうな。 そしたら俺の今のやる気もやけも全て無駄になってしまう。 「………?」 ふと、窓の外を見た。 中庭の噴水があるとこ。 「雪男…と、志摩?」 珍しい組み合わせだ。 あっちの二人は俺には気が付いていない。 どうしようかと俺は迷いつつも、その窓から隠れて二人を見つめた。 「…どうすっかな」 なんだか声がかけづらい。 二人の会話をこっそりと聞いてみると、聞き取りづらかったが土下座だとか謝るだとかの単語が聞こえた。 「…なんで土下座が出てくんだ?」 もしかして、俺を土下座させる気か? だとしたら嫌だ。ものすごく嫌だ。 けどもしも土下座しないと許さないなんて氷点下の雪男に言われたら…。 やべえ、するかもしれねえ。 俺は想像だけで身震いがした。 それほど氷点下の雪男は怖いのだ。 「…なんか、騒がしい?」 なんだか途端に声が騒がしくなった気がする。 またこっそりと窓から見ると、二人してじゃれあっていた。 というか、志摩が何かを取ろうとしていて、雪男がそれを死守しているような。 「…って、ああ!?」 俺が二人を観察していると、グラリと雪男の身体が傾いた。 じゃれていた志摩も一緒に傾く。 二人は噴水のとこに座っていたのだ。 ということは、倒れたらどうなるか、俺でも分かる。 俺はとっさに窓から飛び出して二人のいる場所まで走り出したが、間に合わず。 ザブン、と水の跳ねる音と、パサリ、と空から何かが落ちてくる音がした。 空から落ちてきたのは、まぎれもなくあのノート。 それは水を一滴も被ることなく、俺の足元に着地したのだ。 空から落ちて、風で開かれたノートには、中途半端な文章が書かれていた。 拝啓、腹が立つお兄様 買い物、どういたしまして。 あと牛乳がなかったからついでに買っておいたよ。 確かに、最近仕事に根を詰め過ぎてたみたい。 僕もそろそろ休みたいと思ってたから、ちゃんと帰るよ。 クロにも心配かけてごめんねってちゃんと言っておくから。 あと、“敬語”ぐらいちゃんと漢字で書いてね。 読んで悲しくなってくるから。 それと、ずっと言いたかったことがあるんだけど そこで文章は終わっていた。 俺はそのノートを拾って、噴水の中に落ちた奴を見た。 噴水に落ちたせいでメガネがずれてコントみたいに面白いことになっている。 その視線は驚いたようにして真っ直ぐ俺に向いていた。 「雪男」 水の音がする中庭で、俺の声だけが酷く響く。 2011/05/15 top |