青の祓魔師


はいけい、ムカツク弟

買い物サンキュー。
だけど文句を言いたい。

最近、帰りがおそい。
ひどいときは朝に帰ってくるのもある。
本当に仕事なら仕方ねえけど、別の理由だったらちゃんと帰ってこい。
クロが心配だって言ってた。

あと、コレ書くときケイゴやめろ。






誰もいない中庭の噴水場。
先程まで読んでいたノートをゆっくりと閉じて一人ため息をつく。

確かに連夜続く任務は辛い。
精神的にも肉体的にも。
だからといって、まだ顔は合わせづらい状態だ。
けどこれ以上逃げればより一層会いづらくなる。

とりあえず、ノートを開くとコートの内ポケットに入れておいたシャーペンで文章を綴った。
だけどそれも途中まで、ある程度まで書くとその動きを止めた。

もう、謝ろうか。
お互い話さない、視線も会わせない。
そんな状態の喧嘩は酷く疲れた。

また文章を書くために手を動かした。
だけどそれもまたすぐに止まる。

謝るための、あの言葉が出てこない。

そして中途半端に書かれた文章を無視してノートを閉じる。
一体どうすればいいものかと、またため息をついた。

「なんや、先生。お悩みですかぁ?」

そんな僕に声を掛けてくれたのは志摩廉造君だった。
いつも三人で行動している勝呂君や三輪君はいないから珍しい。

「ええ、まあ、ちょっと…。今日は珍しくおひとりなんですね」

「いつも男が三人ベッタリやったら気持ち悪いでしょう?たまには別行動しやんとね」

そう言って、僕の隣になんの疑問もなく笑顔で座った。

「…で?」

「はい?」

「いややわぁ、先生。ほら、何かお悩みなんでしょう?僕で宜しければ聞きますよ?」

ほらほら、と、何かを期待するような眼差しで僕の悩みを無理やり聞こうとする。
一体何を期待しているのか。

「いえ、大丈夫ですよ。ただ兄と喧嘩しただけで…」

「なんや!そんなことですか?僕はてっきり女性問題かと」

少し残念そうにする志摩君。
だから何か期待しているふうだったのか。

「そんなもん、ちゃちゃっと謝ってまえばいいんですよ」

「それが出来ないから悩んでるんですよ…」

そういえばと、ふと思い出す。
志摩君にも兄がいたのだ。
しかも五男坊だから上に兄が四人もいるということになる。

「…志摩君は…ご兄弟と喧嘩とかします?」

「そりゃあ当たり前ですよ!殴り合いなんて日常茶飯事。なんの疑問もなしにとび蹴りとかしてきますからね」

「そうなんですか」

殴り合いが日常茶飯事。
もしも僕と兄さんがそうならば僕は今頃ボロボロになっているかもしれない。
あんな馬鹿力の兄との喧嘩なんて骨が折れるに決まっている。

「いつもどうやって仲直りしてるんですか?」

「う〜ん…時間がたったら忘れて、そのまんまとかの場合が多いですね」

「そのままですか…」

ならばこのまま放置をしていろということだろうか?
けど、もう充分すぎるほど時間はたっている。
なのにこんなにも謝りにくい状態なのだ。
それが正解だとは思えない。

やはり自分から謝るしかないのかと、頭を悩ませた。
どこの誰かも分からない神様とやらにまで誓ってしまったのに、

けど分かっている。
それもこれもただ単に意地を張っているだけ。
謝って許してくれなかったらという臆病者の気持ち。

「………他には?」

だけどやはり僕は意地っ張りの臆病者で、他の方法は無いかと思って続きを促した。

「あとは土下座ですね」

「土下座!?」

「そうですよ〜、それでたいていの事は許してくれますわ」

「いや、けどそれって最大級の謝罪じゃないですか…」

「形だけですよ、形だけ。かる〜く地面に頭つけたら仕舞いですよ」

「…あの、失礼ですが…プライドというものはお持ちでしょうか…?」

「んなもん、ゴミ箱にでも捨てたらよろしいですよ」

「………」

ダメだ、違いすぎる。
僕は頭を抱えた。

僕が兄さんに土下座?
絶対に嫌だ。
というかそんな姿想像できない。
逆なら想像できるけど。

この人の考え方と僕の考え方はあまりにも違いすぎる。
よくよく考えてみたら、この志摩君はいつも飄々として面倒くさいことは避けて通ると堂々と言ってるぐらいなのだ。
何から何まで僕とは違いすぎる人物。
相談したのが間違いだったかと早くも後悔しそうになる。

「…あのですね、先生。何も僕かて好きで土下座してるわけちゃいますよ?」

「はあ…」

「僕かてねえ、謝んのがそりゃもう嫌な時もありますよ。なんで僕が謝らなアカンねんて!」

その言葉にドキリとした。
どうして僕が謝らないといけないのか。
それは確かに今の僕の状態だからだ。

「けど、ケンカしてから空気悪くなるでしょ?そっから会話できへんくなるの、なんや嫌やないですか」

「…そうですね」

「言ったら恥ずかしいけど、僕かて相手の事嫌いやないんです。せやったらもう持ってても面倒なもんは捨ててしまったほうがいいんですよ」

そう言って、彼は笑った。
なんだか色々見透かされている気がしてならないが、確かにそうなのだ。

意地も臆病も、全部ゴミ箱に捨てていかないと駄目なのだ。

「謝ったもの勝ち、という事ですね」

「そういうことですわ」

ならば、やっぱり僕から謝らないとならないんだろうなとひっそりと息を吐く。
これはため息なんかじゃない。
これから起こるだろう事にたいしての緊張のせいだ。

「…ところで志摩君」

「はい?」

「喧嘩の原因を覚えていない場合、どうすればいいと思います?」

「…原因、忘れたんですか」

「ええ…ものすごくくだらないことなのか、それとも大切なことなのか」

それさえも思い出せない。
そう言うと今までの経験を思い出しているのだろう、志摩君は難しそうに眉を寄せている。

「ところで先生、さっきから気になってたんですけど、それなんですか?」

「え?ああ…これは…」

それは兄と僕の交換ノートだった。
そのノート以外手ぶらだから余計に目が行くのだろう。
なんと言えばいいかと悩む。
まさか兄と交換ノートをしているだなんて恥ずかし過ぎる。

「これは、ノートですよ」

「いや、それは分かってますよ」

「ノート以外の何物でもありません」

「…ちょっと見せてくれません?」

「…それは、なんででしょうか?」

ニコリと笑顔を浮かべる。

「もしかして面白いものやないんかなーと思いまして」

そちらもニコリと笑みを浮かべる。

「………嫌です」

「だったら無理やりにでも奪いますわ!」

僕の肩を押さえつけてそのノートへと手を伸ばす。
奪われて堪るかと僕は遠い方の手で腕を伸ばしてノートを触れさせないようにした。
もう片方の手は志摩君のシャツを引っ張ってを抑えるようにする。

「し、志摩君!こんなことしてもいいと思ってるんですか?」

「だって気になるやないですか!」

「課題増やしますよ!!」

「望むところです!!」

なんてことだ。
教師にとって最大の強みであり、生徒にとって一番避けたい課題を望むところと返してきたのだ。
兄さんなら泣いて謝るのに。
それほどまでしてこれを見たいのか。
好奇心とは恐ろしい、だけどその気持ちをもっと別のところにぶつけて欲しい。

「いい加減に…!」

しろ。
そう言い終える前に、バランスが崩れて身体が後ろに倒れた。

後ろ。
後ろと言えば、ここは噴水場だ。
そして僕たちはそこに座っている。

ならばどうなるか答えはひとつだけだ。

後ろに倒れて噴水の水に入るまでの間、僕の意識はノートにあった。

この手に持っているノート。
きっと濡れたらフニャフニャになって、酷い有様になるだろう。

それだけはダメだ。
何があってもそれだけは絶対にダメなのだ。
こんな冷戦状態の僕と兄さんを唯一繋いでくれる大切なノート。

だから僕はそれを思いっきり放り投げた。

投げ飛ばされたノートが空高く飛ぶ。




ザブン、と水の跳ねる音がした。





2011/05/15
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