青の祓魔師


いつもと同じ、部屋で過ごす休日。
それは兄さんの何気ない言葉から始まったことだ。

「なんで二個なんだ?」

そう言って指差すのは僕が愛用する二丁拳銃。

「なんでって…」

「別に一個でもよくね?」

首を傾げつつもその銃に触ろうとするから、触れる前にその手を叩いてやった。
何すんだよと怒鳴られたが、兄さんに銃を触らせるなんて恐ろしいこと出来るはずがない。
ヒリヒリと痛むのだろう叩かれた手を擦って口を尖らせる。

「まあ、そうだね」

だけどこれは二つじゃないと駄目なんだ。
それは遥か昔、とまでは言えないが僕がまだまだ未熟だった頃のお話だ。
















僕がまだ祓魔師に入りたての頃。
明らかに違う、塾生たちとの年齢と実力の差。
一番若い僕は不安で不安で、ずっと一人でオドオドしていたのだ。

そんな時、隣に座っていた少年が声を掛けてくれた。

「お前、いくつだよ」

突然声を掛けられたと思ったら、ぶっきらぼうなこの質問。
僕は思わずキョトンとしてしまった。
だが明らかに不良っぽいその人に怯えて慌てて返事を返した。

「な、七歳…です」

「なな!?七歳って、あの七歳か!?」

大声を出されて身体がビクリと跳ねる。
それ以外何があるというのだろう。
その人は異様に驚いて僕の両頬を挟むと顔を近づけてきた。

「えっ、あの…?」

「ええええ?その歳で祓魔師目指すとか、マジ大丈夫かよ?」

そうしてジロジロと僕を舐め回すようにしてみる。
何なんだこの人は、いきなり歳を聞いてきたかと思えば人の顔をジロジロと。

馬鹿にされてると思った。
しかも人が気にしている年齢のことまで言われて、僕は恥ずかしいのと悔しいのがない交ぜになって涙が出そうになる。
だがそれでも涙はグッと堪えた。

「や、やめてください!放してください!そ、それに…年齢は関係ありません!!」

僕は勇気を振り絞って怒鳴って抵抗すると案外簡単に手は放された。

「ぼ、僕は…僕の意志で祓魔師になりたいって思ったんです!ちゃんとなれます!歳とか、そんなの関係ありません!!」

その頃の僕にとっては想像できなかっただろう。
まさかあの病弱で泣き虫な僕が、年上に対して怒鳴っているのだから。

けどやっぱりそこは昔の弱虫な僕だった。
怒鳴り終えたと思ったら、途端に目の前の少年が怖くなってボロボロと泣き出す始末。

「うっ、うう〜…」

「えっ、ちょっ!?泣いちゃったよ!なんか分かんねーけど、ごめん!マジでごめん!!」

その人はあたふたとしだして僕を慰めてくれた。
それでも僕の涙は止まらない。「おいおい、何さっそく泣かしてんだよ〜」

意地悪そうな顔をして近づいてきたのはシュラさんだった。
彼女ともこの頃からの知り合いで塾の同級生でもある。
そして幼い僕を何かとからかっていたのもまた彼女だ。

「シュ、シュラ助けてくれ!こいつ泣き止まねえ」

「やーだよ、メンドクセッ。どうせお前がビビらしたんだろ?そいつのあだ名、ビビリメガネで決定だな〜♪」

「ビビらせてねえよ!」

「ひっ!…うっ、うわあああああん」

「あーあー。ほら、お前が怒鳴ると余計に泣くぞ〜?」

「だあああああ!分かった、分かったから!ほら、もう怒鳴んねえよ。だから泣くな」

そう言ってその人は僕を強く抱きしめてくれた。
頭を撫でて、もう怒鳴らないから、怖がらせないから、だから泣くな、泣くな。
そう言い続けてくれたのだ。

ギュウギュウときつく抱きしめて、苦しくなるぐらい。
だけどその苦しさは少し前の事を思い出させた。

『雪男、なくな、なくな!』

首が締まるんじゃないかと思うぐらい、きつく抱きしめて、慰めてくれる。
けどそれは温かくて、酷く安心するものだった。

「…にいさん」

そうだ、あの人は兄さんに似ていた。






それ以来、僕はその人に懐くようになった。
二人チームを作る授業でも毎回一緒だったと思う。

まるで親鳥に懐く雛だ。
何より面倒見も良く、兄に似ていたから余計に懐いていた。

それにあの人も満更ではなさそうだった。
たまに間違えて「兄さん」と呼んでしまったときも、あの人は嬉しそうに笑って返事をするのだ。
恥ずかしかったが、それと同時に僕も嬉しかった気がする。

「俺、騎士希望」

その人は迷いもなく丸を書く。
祓魔塾の教室で、二人きりでお互い向き合うようにしてプリントと睨めっこをしていたが、どうやら相手はもうとっくに決まっていたようだ。
祓魔師のどの称号を取得するかのプリントで僕はまだ迷っている。

「ナイト…剣を使う祓魔師かぁ…」

「ああ、俺はずっとこれになりたかったからな!」

相手はもう決まってしまった。
ならば僕はどうするかと迷う。
とりあえず医工騎士は決まっている。
だがそれだけじゃあ、きっと兄を守るためには足りないだろう。

「僕も、騎士になろうかな…」

「あー…やめとけやめとけ」

「なんで?」

「向いてない」

その言葉に少しムッとする。

「向いてなくないよ。剣技の授業だって結構優秀なんだよ?貴方よりもね」

「う、うるせー!確かに百歩譲って俺よりも上手いとしてだな…だからって向いてる訳じゃねえよ」

僕はその言葉に首を傾げた。
するとその人は上を仰いでボロボロの天井を見つめる。

落ち着かなさそうに、ガタン、ガタン、と椅子の前足を浮かしたり床に着けたりなんかしだした。

「アレだ…あの、アレなんだよ」

「…分からないんですけど」

アレばかりじゃ何も伝わらない。
一体何を言いたいのか、その人は天井を仰ぐばかりで僕を見ようともしない。

「あのだな…俺が前衛で、お前が後衛ってことで…」

「?」

すると、意を決したように身体を動かして前のめりになる。
椅子がガタンと揺れた。

真っ直ぐ、真っ直ぐ、僕を見つめる。

「お、俺とコンビ組んだとき両方とも前衛じゃダメだろうが!!」

「………」

ポカン、と口を開ける。

コンビ?

コンビと言えばあれだ。
二人組でチームを組むことで、いわばパートナー的な…。

「…それは、僕とコンビを組もうというお誘いですか?」

「…そうだよ」

ばつが悪そうに口を尖らせてそっぽを向く。

祓魔師は一人では戦えない。
だから常に誰かと一緒に任務を受けるのだ。
そうなるとやはり息の合う人物のほうがいいだろう。
なので、コンビやチームを組んでいる人なんかもいる。

けど僕はそんな事、一度も考えたことがなかった。
いつもただ漠然と、兄さんを守ろう、悪魔と戦おう、そう思っていただけだったから。
それを誰かと一緒に、なんて考えたこともなかったのだ。

「………どうなんだよ?」

返事がないせいかチラチラと僕を気にしだす。
不良っぽいのに、不安そうに彷徨うその視線がなんだか面白くて、思わず口の端が上がるのが分かった。

「…だったら、もう少し成績を上げてくださいね。僕一人で祓魔師になったらコンビなんて組めませんよ」

ニッコリと笑みを浮かべると、その人はちょっと目を見開いてからふにゃりと安心したように笑った。
僕の嫌味ともとれる返事に嬉しそうに笑う。

「お、おう!頑張る!!」

「はいはい」

「あっ、そうだ。竜騎士にしとけ!剣と銃だったら二人してガンガン悪魔倒せるし!」

「はいはい」

「約束な、絶対に約束だからな!」

「はいはい」

嬉しそうにはしゃぎにはしゃぐ。
これじゃあ、どっちが年上なんだか。
けど僕も浮かぶ笑みを抑えられそうになかった。

僕は迷うことなく、医工騎士と竜騎士に丸を付ける。















目の前でゆっくりと身体が倒れる。
真っ赤な色をした粒が彼に続いて床にペシャリと落ちた。

「………?」

何が起こったか分からない。
僕は分からなくて両手を見た。

僕の両手には何もなかった。
たったひとつの愛銃は僕の手元とは違う場所に転がっていた。

そうだ。
確か、授業だったのだ。
課外授業。

それは完全に学園の外だった。
中級以上の悪魔が平気で歩く広い外。

二人一組での行動で、僕は当然のようにあの人と一緒に行動していた。
だけど、そこで起きたのだ。

悪魔。

突然現れた悪魔を倒そうと銃を構えた瞬間、それを振り払わされてしまった。
取ろうにも悪魔の足元にあるから取れもしない。
だからあの人が戦った。


だけど、祓魔師は一人では戦えない。


しかも僕たちは未熟な塾生だ。
悪魔を一人でなんて、倒せる筈がないのだ。

だからあの人は倒れた。

あの人の人生を丸ごと壊すように。
それはもうあっさりと。

僕を守るように、背を向けて、かばい続けて。

ようやく理解した状況に、僕は叫んだ。

「――――!!」

あの人の名前を叫ぶ。
だけど、あの人の身体は地面に落ちて、悪魔はそれを笑っている。

「う、嘘だ…」

ガクガクと膝が震えた。
涙がボロボロとこぼれだす。

悪魔が僕に笑みを向けいてる。

「雪男ォ!!」

僕の名前を叫んだのは、神父さんの声だった。
声と同時に銃の音が聞こえて悪魔の額や身体に穴が開く。
すると煙のように悪魔は消えた。
悪魔は倒されたのだ。神父さんの手によって。

倒されると同時にもう一人、医工騎士の先生が駆け寄ってくる。
彼の容体を見ると先生は顔を酷く歪めた。
そしてゆっくりと立ち上がるのだ。

神父さんに耳打ちをして、そのまま他の人たちを呼びに行くのか、元来た道へと引き換えしていった。

「ねえ…なんで治療してくれないの?このままじゃ、死んじゃうよ…」

そうだ、まだ生きているんだ。早くしないと死んでしまう。
そう思ってせめて血を止めようと傷口に触れた。
ニチャリ、と生々しい音と臭い、そして感触。
思わず吐いてしまいそうになる。

「うっ、ぐぅ…」

生々しい肉の感触。
嫌な感触に胃の中のものがせり上がりそうになるのを必死に我慢する。

そうだ、まだ温かい。
生きているんだ。

「雪男、やめろ」

「とうさん、どうして…?」

血を抑える僕の手を神父さんが止める。
生きている。
まだ生きているんだ。

「もう、無理なんだ」

ハッキリとした声に、受け入れたくない現実が入ってくる。
あの人の傷は深かった。
どう見たって助からない傷。
けど、それを受け入れたくなかった。

「だって、まだ温かいよ…?」

「それでも、死んでるんだ」死んだんだ。
数分前までは確かに目の前で息をして、笑っていたあの人が、ただの血と肉になっていく。

「…僕のせいだ」

「お前のせいじゃない」

「僕がちゃんと、銃を握っていたら…」

「雪男」

ポロリと、涙がこぼれた。
一粒と言わず、また次々と静かに涙がこぼれてくる。

温かかった筈の手が少しずつ冷たくなっていくのを、僕はただひたすら受け入れるしかないのだ。

あの時、なぜ僕は銃を放してしまったんだろう。
もっとちゃんと強く握っていれば、後ろで援護できたかもしれない。
ちゃんと一緒に、二人で戦えていたら、この人も生きていたかもしれない。

「僕、この人と約束してたんだ」

「約束…?」

「祓魔師になったらコンビを組もうって」

「そうか…仲良かったもんな」

「うん」

そうだ、約束していたのだ。
一緒に戦おうと。

「祓魔師は一人では戦えない」

そっと優しく父さんが頭を撫でてくれた。
冷たくなっていくあの人の手とは違う、ちゃんと生きている温度を持った人間の手だ。

「こんな形で学習したくなかったな…」

僕は泣いた。
それはもう、瞼が腫れるほど。
悲しくて、辛くて、苦しくて、声を上げて泣いたのだ。

父さんはそんな僕を見て、あの人の瞼を優しい手つきで閉じさせると、そっと両手を合わせた。
瞼を閉じて、そっと祈る。

「雪男を守ってくれてありがとな。俺の息子を守ってくれて、本当にありがとう」

もう二度と戻らない命にただひたすら祈った。

僕も涙を拭って、両手を合わせる。
そしてまた決意するのだ。

「父さん、僕…強くなりたい」
















それからしばらくして、僕は二丁拳銃にするようになった。
数を増やせばいいなんて、単純な考えだ。
だけどそれでも、なんとかしたかったのだ。

あの人は、騎士を目指していた。
それを叶えることもできず、亡くなったのだ。
一人で戦って、僕を守って。

「雪男?」

「あっ…うん。なに?」

まだまだ未熟だったあの頃を思い出してぼーっとしていたらしい。
慌てて笑みを作るが兄さんは不満そうにしている。

「だーかーらー、なんで二個なんだって」

「…その話、まだ続いてたの?」

「続いてるに決まってんじゃねえか!」

それほど気になることだろうかと疑問に思うが、兄は変な所で好奇心旺盛だ。
その好奇心をもっと勉強の方で生かしてほしいぐらい。

「やっぱり二個の方が便利なのか?」

「便利と言えば便利だけど…」

けど、これを二つ持ったのは便利だとかそういうことでない。
ただひたすら、またあの時の後悔を味わいたくないと思ったから。

手を放さなければ。
せめてもう一つ武器があれば。

そう何度も思ったあの頃。

「兄さんはまだ知らなくていい事だよ」

彼も、いつかきっと味わうだろう仲間の死。そして己の未熟さ。
だけど今はまだ早い。

きっとそれを知るのは、もっとずっと先のはずなのだ。

「なんだそりゃあ?」

兄さんが不思議そうに首を傾げる。
その顔はやはり不満そうで、口を尖らせていた。

やっぱり似てる。
あの人と兄さん。

しばらくして分かったことだが、あの人にも兄弟がいたらしい。
たった一人の幼い弟。

昔、悪魔に襲われて祓魔師の騎士が助けてくれたらしい。
だけど弟だけが間に合わず死んでしまった。
それから祓魔師になると決意したそうだ。

もしかしたらあの人も、僕とその弟さんを被せていたのかもしれない。
だから兄さんと間違って呼んでも嬉しそうに返事をしてくれたのだろう。

お互い兄と弟を被せていたとは、なんとも笑える話だ。
だが不思議と嫌じゃない。

「雪男、お前なんか変だぞ?」

「そう?」

「ああ、だって一人で悲しそうにしたり、笑ったりしてる」

どうやら僕の表情筋が勝手に動いていたようだ。
思わず自分の顔に触れたが、その表情が分かる筈がない。

「やっぱ、さっきの話と関係あるのか?」

「…あるよ」

「そうか」

それ以上、兄さんは何も聞いてこなかった。
兄さんなりに何かを感じ取って気を利かせたんだろう。
だけど、これだけは言いたい。

「ねえ、兄さん」

「んー?」

「兄さんにも、いつか分かるよ」

「…それの理由が?」

「うん」

「そっか…なんか怖いな」

「うん、僕も怖いや」

いつかきっと訪れてしまうだろう、それ。
この人もいつかそれに巡り会ってしまうのかと思うと、怖くて怖くて仕方がない。

「けど、僕もいつか話すよ」

今はまだ怖くて言えないけど。
だけどいつの日か、恐れずに言えるかもしれない。

だから聞いてほしい。

恐れずに、怖がらずに、悲しまずに。

僕とあの人の約束の話を。
僕の決意と拳銃の話を。

いつか、聞いてほしい。























こちらの原案はのづき様が運営されている華鴉様のピクシブ小雪男妄想【死にネタ】から書かせて頂いた作品です。
のづき様、ありがとうございました!

2011/05/11

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