青の祓魔師


嘘つき。

誰かがそう言った。
知っているさ、僕は誰よりも大嘘つきの卑怯者。
だから僕は僕が大嫌いなのだ。

けど不思議なことに、僕は誰かに僕を愛してほしかった。

けどそれさえも望んではいけないものだった。
なんとも虚しくて悲しい。
僕は人に愛されてはいけない生き物なのだ。




「好きです」

目の前の少女がそう言って手紙を差し出した。
愛の告白、という奴だろう。
手紙があるならわざわざ言わなくてもいいんじゃないのかなと思ったけど、両方とも僕にとっては嬉しいことだった。
言葉も、形も、彼女は一生懸命に僕に差し出してくれているのだ。

腕をピンと伸ばして、震えて、懸命に、何とも愛しい少女だと、僕はまるで傍観者のように彼女の姿を見つめていた。

だけど残念ながら、僕の言葉は彼女の懸命な言葉とは違う、いつものお決まりの機械のような台詞だった。

「ありがとうございます。だけど、すいません。僕は、今は誰とも付き合う気はないんです」

ごめんなさい。
最後にそう言うと、彼女はふにゃりと一生懸命笑顔を作りながら、涙を瞳に溜めていた。
その涙を拭う資格さえ、今の僕にはないのだろう。









「兄さん、誰かを好きになったことある?」

「あるよ」

僕の問いかけに簡単に、あっさりと答えてくれた兄さん。

「今でも好きだから」

またもやあっさりと。
だけど僕はそれが酷く羨ましかった。

僕はその誰かを好きだという事さえできないのだから。

「昨日告白されたよ」

「嫌味かよ」

「嫌味じゃないよ」

誤解だと、とりあえず苦笑いを浮かべると横目で棒アイスを食べながらジトリと睨まれた。
まだじんわりと暑い季節。
僕は喉を潤すためにミネラルウォーターを口に含んだ。

蝉の声はもう聞こえない。
だけどそれでも身体を熱する暑さが残っている。

部屋の中で、二人ともその残り少ない暑さを噛み締めながら、窓を開けて床に座り込んで、外をぼんやりと見ていた。

「付き合うのか?」

「付き合わないよ。断った」

そういうと、兄さんは興味もなさそうに「ふーん」とだけ答えた。
そうだ、断ったのだ。

確かに、好きじゃなかったというのもある。
名前もクラスも知らない女の子だった。
声さえも知らない。
そんな子と付き合うなど、想像できなかった。
だけどそれ以上に、ダメだと思ったのだ。

僕は愛されてはいけないのだと。

「お前、好きな奴とかいねえの?」

「いないよ」

嘘だ。

「多分、これから一生できない気がする」

嘘だ。

「僕は、僕が一番好きだから」

大嘘だ。

僕は、僕がこの世で一番大嫌いなのだから。

「…ナルシスト?」

「なんでそうなるの…」

兄さんのちょっとしたボケに呆れつつ、僕はまたミネラルウォーターを口にした。
兄さんも釣られるようにアイスを舐める。

ナルシストほど、ではないが、僕は僕を好きになりたかった。
けれど、それは到底無理な話だ。

「ねえ、兄さん」

「んー?」

「好きな人、いる?」

「…いるよ」

兄さんは分かりやすかった。
なんでもないように表情の変わらない顔の筋肉をいくら上手く操ろうと、僕には分かるんだ。

「そっか」

それだけを答えて僕は黙った。
兄さんも何も言わずにアイスを舐める。

僕らは、男同士で、双子で、血が繋がっていて。
目の前には未来永劫解けないであろう問題が山積みのようにあって、動けずにいる。

僕らはきっと臆病者で卑怯者なのだ。

だけど、それでも僕らは。

「アイス食う?」

「え…いらな」

い、とまで言いかけて口を噤んだ。
僕もミネラルウォーターに目を向ける。

「ありがとう…兄さんも、飲む?」

「…おう」

そう言って、僕は兄さんからアイスを受け取って、兄さんは僕からミネラルウォーターを受け取った。

受け取ったアイスはもう半分ほど無くなっていて、それを少し眺めてから舐めた。
冷えたアイスは酷く甘ったるくて、胸やけがするようだった。
兄さんも僕と同じ、ミネラルウォーターを眺めてから少し口に含む。

「甘い」

「味がしねえ」

それぞれの感想を言うと、またお互いに交換した。
関節キスだ、なんて死んでも口にしない。

だけど、口には出さなくても、どういったことか身体の方に異変が起きていた。

「…なんで泣いてんだよ」

「…知らないよ」

関節キスなんかじゃなくて、本当のキスがよかっただなんて絶対に言わないし言えない。
涙を拭って、僕は俯いた。
自分の鼻を啜る音だけが静かな部屋で聞こえた。

「…なあ」

「何…」

「キスするか」

「………」

「ああいうのじゃなくて、ちゃんとしたのがいい」

僕と兄さんは似た者同士だ。
馬鹿で卑怯で、大嘘つきだ。

「無理だよ」

「じゃあ、今日一緒に風呂入ろうぜ」

「出来ない」

「そんじゃあ、一緒に寝よう」

「もっと無理だ」

そうだ、僕らは昔当たり前のように出来ていたことが出来なくなってしまったのだ。
きっともう、手を握ることさえ出来ない。
また溢れてきた涙を拭って、僕は兄さんを横目で見た。

いつもとたいして変わらない何ともないような表情。
だけど僕には分かるんだ。
変な所で器用だけど、僕には分かるんだ。

「兄さん、僕は僕が大嫌いだ」

僕は、ようやく今日唯一の本当を言えた。

「んだよ、さっきは好きだって言ってたじゃねえか」

「そして…」

「…ん?」

「貴方も嫌いだ」

そう言って、ようやく兄さんの表情が変わった。
酷く傷ついた顔。
泣きそうで、辛そうで、けど精一杯ふにゃりと笑う、僕に告白したあの少女のよう。

唯一違うのは、兄さんが泣いていないというところだけだった。
けど、やっぱり兄さんは変な所で器用だから、きっと涙を別の部分で止めているのだろう。
僕にはその溜まった涙を流させる資格さえない。

兄さんが嫌いなのは本当だ。
嘘ではない。

僕は兄さんの事が好きだ。
だけど兄さんの事が好きな自分が嫌いで、そしてそんな僕を好きな兄さんが嫌いなのだ。

そういう矛盾した感情を、この人に向けているのだ。

「兄さん、僕らはもう…どこにも行けないんだ」

進めないし、戻れない。
僕らはこの感情を自覚した時から、付け焼刃のように作って張り付けた、見え透いた嘘の上で生きていくしかないのだ。
そうでしか、お互い一緒にいられないのだ。

兄さんは泣かなかった。
僕はまた泣いていた。

摂取した水が溢れていくようだと、傍観者のようにしている。

「雪男、それでも俺は…」

絞りだすような声は震えていた。
兄さんのアイスはもうとっくに溶けて棒から落ちていて、僕のミネラルウォーターは温くなっている。

兄さんが、僕の手に触れた。

「それでも俺は」

聞きたくない。
なのに、声には出なかった。
触れた手すら振り払えない。
僕らには少し障害が多すぎる。
世界には少し異常すぎる。

だからこれでいいのだ。
貴方が僕以外の誰かに優しく包まれるようにして愛し、愛されれば、それだけでいいのだ。
それだけでいいはずなのだ。

ああ、だけど。

だけどやっぱり。










嘘つき。

誰かがそう言った。
知っているさ、僕は誰よりも大嘘つきの卑怯者。
だから僕は僕が大嫌いなのだ。

けど不思議なことに、僕は兄に僕を愛してほしかった。

けどそれさえも望んではいけないものだった。
なんとも虚しくて悲しい。
僕は兄に愛されてはいけない生き物なのだ。














「雪男、お前が好きだ」
































2011/04/17
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