青の祓魔師


奥村燐は兄、そして僕は奥村燐の弟。
血の繋がりは絶対で、しかも双子で男同士。
なんだろう、コレ。








最近気がついたことがある。
それは本当にどうでもいいことかもしれないし、だけど実際なってみるとかなりの大問題のような、異常で気狂いのような事だった。

僕は兄さんが好きなんだ。

なんでもない、当たり前の日常の中で見つけてしまったそれは、本当に当たり前のように僕の中に落ちてきてしまったのだ。

(ああ、僕、兄さんの事が好きなんだ)

こんな感じだ。
どうして、なぜ、こんな事になっているのか、切っ掛けも何も思い出せない。
ただ分かるのは兄さんが笑ってくれるとすごく嬉しくて、胸が締め付けられるということだけだ。
思考が追いつかない。なぜ好きなのかも思い出せない。

コレを兄さんが知ったらどう思うだろう?
コレを皆が知ったらどう思うだろう?

テキストを読み上げてから黒板に文字を書くと、背中に視線を感じた。
誰の視線かは分からないけど、きっとこの塾の生徒の誰かだろう。

とりあえず次に進めないといけないので、教科書を次に進ませページを捲る。

ペラリ

さっきの、皆が知ったら、の続きを考えた。

しえみさんが知ったら?
しえみさんは優しい。
あのおっとりとした雰囲気で落ち着くことが出来る。
努力家で、一生懸命な彼女。
そんな彼女が、コレを知ったらどうなるのだろう?
きっと、困惑する。

“えっと、あの…雪ちゃん…”

困惑して、言葉が思いつかないという感じだろう。
嫌だなぁ、そんなふうにされるのは。
幼い頃に四葉のクローバーをくれた彼女の事も、傷つけたくないし、傷ついてほしくない。

とある問題に前のページを参考にして考えてください、と言うと皆がページを移動させる。
とりあえず、まだ簡単な問題だから大丈夫だろうと授業を進めた。

ペラリ

それじゃあ、勝呂君が知ったら…?
彼は成績優秀で真面目な青年だ。
そんな彼が、僕のこんな汚い感情を認めてくれるとは思えない。

“先生、それは…どういうことなんですか?”

明らかな嫌悪と困惑。
きっと彼の事だ。優秀な頭で必死に考えるのだろう。
まさに自己嫌悪。こんな事ばかり考えても意味はないのに。

兄さんの隣に座っているしえみさんは一生懸命ノートに文字を埋めていっている。
もう少しゆっくり進めていった方がいいだろうかと、少しゆっくりめに授業を進ませた。

ペラリ

次は、志摩君が知ったら?
彼は飄々としていて、ちょっと助平な所がある。
一体どうなるだろう。

“あー…先生、そんな事よりもこれどう思いますか?”

ああ、誤魔化された。
彼はある意味賢い。
面倒なことは出来るだけ避けようとしているが、それは当たり前の事なのかもしれない。
何より、事が事なのだから。

次の問題に勝呂君を当てる。
少し難しい問題だが、それでも彼は難なく答えた。
やはり優秀だ。
また授業を進めようと次のページを捲った。

ペラリ

次に、子猫丸君が知ったら?
彼は控えめだけど、真面目でいい生徒だ。
彼の場合、しえみさんと少し被っているかもしれない。

“お、奥村先生…”

青ざめた顔をするだろう。
頭が追いつかない、というように、理解できない、というように。
彼はきっと心の底にある言葉さえ、言葉に出来ないだろう。

志摩君が手を上げて「しつもーん」と声をあげた。
自分で解くことも大切なので、そのための要素が載っているページを教えると彼は素直にそのページを捲った。

ペラリ

最後に、神木さんが知ったら。
彼女は中々に気が強い。
ハッキリと物事を言うタイプだから、グサグサ言ってくるかもしれない。
それは傷つくなぁ、と思わず苦笑いした。

“そうですか”

言葉は短いし、特に何も言わない。
だけどそれでもハッキリと顔にはその感情が出ていた。
それで少し傷つく。
なんだ、言われても言われなくても、結局は傷つくんじゃないかと自分を嘲笑った。
なんで、こんな無意味なことを考えているんだろう。

子猫丸君のシャーペンが、兄さんの所にまで転がっていったのに気が付いた。
それを兄さんが拾うけど、膝をぶつけて教科書をバサバサとハデな音をたてて落としてしまう。
ほんと、ドジだなぁ。なんて思わず隠れて笑ってしまって、慌てて思考を切り替えるためにページを捲った。

ペラリ

一番、考えたくない人。
兄さん。
彼の事も想像してみた。
考えたくないのに、考えるって矛盾している。
彼は優しい。不器用ながらに、彼なりに何か言葉を紡いでくれるだろうか。

“     ”

その言葉は思い浮かばなかった。
だけど、それ以上に今までの中で一番鮮明に想像できた。

歪んだ顔。
それでも優しい彼は何も思い浮かばない言葉を紡ぐ。

その想像の中では、少し泣いていたかもしれない。

「………」

何も、言葉が出なかった。
それはそうだ。
これ以上に傷つくことはないんだから。

もしかして自分は泣いているんじゃないかと思ったが、顔は濡れていないし、生徒もいつも通りだから、いつもと変わらず笑顔が張り付いた仮面を被っているのだろう。
それと、何か声が聞こえた気がしたけど、気のせいだったらしい。

読んでほしい所を神木さんにお願いする。
スラスラと、難しい文字さえも読み上げていく彼女の声は綺麗だった。
彼女が読み上げるペースと同じように、次のページを捲った。

ペラリ

もし、もしもコレを父さんが知ったらどう思う?
それを考えると、胸が痛んだ。
兄と僕を育ててくれた義父だ。
怖くならないわけがないし、胸が痛まないわけがない。

兄さんのも怖かったけど、父さんのも同じくらい怖かった。
もう何も考えたくなかった。

なぜこんな事ばかり考えてしまうのだろう。
これは意味のないことだ。
だって本当に無意味で、無駄で、汚いものなのだから。
なぜ、こんなことになってのだろう。

兄さんは双子の兄で男で僕の唯一の家族だ。
そうだ、そうなのだ。
必死になってそうやって理解しようとした。
コレを拒否しようとした。
すると驚くほど悲しくて、胸が締め付けられるのだ。

兄さんがコレを受け入れてくれるなんて考えられない。
汚い、醜い。
彼は、僕を好きになってくれない。

拒否した。そんなもの絶対にありえなくて、直ぐに消し去ってしまわないといけないものだと拒絶した。
そしたら悲しみしか残らなかった。

「奥村君、次の所読んでください」

誤魔化すようにして、兄さんにあてる。
兄さんが立ち上がり、教科書を見る。

好きだ、兄さん。

心の中で一度だけ告白をする。
けど兄さんはただ教科書と僕を見るだけで返事は返ってこない。
当たり前だ、心の中でなんだから。
返ってくるはずがない。

だがそれでも兄さんは中々読み上げないから声を掛けた。

「奥村君?」

「ワリィ…どこから…?」

聞いてませんでした。
そう言って苦笑いをする。
僕はこんなに悩んでいるっていうのに、相手はヘラヘラと…。
この温度の差にため息がでた。

「123ページの二行目からですよ」

「ヘーイ」

兄さんは文章を読み上げた。

優しい声だった。
この生きてきた中で、一番愛しいと思った声だ。


きっとコレは持っていてはいけないものなのだ。
だから捨ててしまおう。
何があっても、もう二度と姿を現さないように。
何があっても、もう二度と生まれてこないように。
ひたすら無視をして、何も知らないふりをしておこう。

だってコレは悲しみしか生まない。
それ以外何も生んでくれない。

だったら誰にも気が付かれないように、自分でも忘れてしまうぐらいに、粉々に砕いて捨ててしまおう。
そしたらきっと、もう大丈夫なはずだから。

僕は砕いた。
兄さんが教科書の文字ををひとつひとつ読むたびに、何度もそれを壊していく。
これでいい、これでいいのだ、何度もそれを壊して確認する。

壊したソレは、底の隅っこに放っておいた。
そしたら目が熱くなる。
自分で壊して、未練もないはずのソレが酷く恋しいだとか、愛しいだとか、そんなことのせいじゃない。
きっと別の何かの筈なのだ。

熱い、熱い、泣きそうだ。
じんわりと教科書の文字が滲んできていた。


壊したソレは心の奥底の、さらに隅っこに捨てておいた。
もう二度と姿を見せないように。
もう二度と生まれてこないように。






























2011/4/10
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