青の祓魔師時が過ぎるのは遅いもの。 未来に何かを残していたら突然時間が逆らうかのように、早足だったものがゆったりと歩き出すのだ。 ようやっと一年。 僕はいわゆる国認定の大人というものになったのだ。 「成人、おめでとうございます」 そう言って一年経っても変わることない姿のフェレス卿はニヤリと笑った。 この言葉は何度目だろうと、今日貰った祝いの言葉を数えたが途中で面倒になってやめた。 「ありがとうございます」 「いやぁ、時が経つのは早いものですねえ」 昔はこーんなにも小さかったのに。 なんて人差し指と親指のほんの小さな隙間で大きさを表すが、僕とフェレス卿が会ったときの僕はそんなに小さくない。 「獅郎にもその成長した姿を見せてあげたかったですね」 「…そうですね」 今は亡き義父。 血が繋がっていなくても、僕にとったら本当の父親だった。 このうえなく、優しく憧れで最高の父親。 「さて、本来ならここで祝いの酒でも用意すべきなのでしょうが…残念ながら、その余裕もないのです」 「…任務ですか」 YESと彼が頷く。 呼び出された時点で予想はしていたが、やはり言葉にされると実感が湧いてため息が出てきてしまう。 「どういった任務で?」 だがそれでも悲しいことに僕は祓魔師なのである。 誕生日だろうがクリスマスだろうが成人祝いだろうが、そんなもの放り投げて任務をしなければいけない。 「そうですね、実はこちらのほうを」 そう言って差し出された分厚いファイル。 それは魔障に罹った少女を助けるという仕事だった。 なんだかしえみさんを思い出すなと懐かしい記憶に呑まれそうになって、開けたファイルを静かに閉じる。 「これなら、すぐに終わりそうですね」 「そうですね、頑張ってください」 「はい」 「ところで、その後のご予定は?終わったら祝いの酒でも交わしませんか」 いいのをキープしているんです。 そう言って彼はご機嫌に笑った。 「いえ、残念ながら予定がありますんで」 「ほう、それはそれは…」 顎に手を置き、もう分かりきった相手との予定を想像して笑っているのだろう。 もう早々に立ち去ろうとフェレス卿に背を向けるが、ふと思いついてまた向き直す。 「フェレス卿」 「はい?」 「見張りを退けてもらう事は出来ませんか?」 「ほう…それは“なぜ”と聞いても宜しいのでしょうか?」 「兄とシますんで」 「……また、それは…“なにを”と聞いても?」 「セックスします、兄と」 だから見張りを退けてほしい。 そう希望したのだ。 するとフェレス卿の顔が俯き、身体をギュッと縮こませるとフルフル震わせた。 一見泣いているようにもそれ。 僕はそれをただ眺めていると震えはより一層大きくなり、堪えきれないというように時折声が漏れ出す。 「ひっ…く、ふ…」 「…フェレス卿?」 流石に怖くなってきて呼びかけてみると、もう我慢できないとフェレス卿は声を出して大笑いしだした。 まあ、大体想像は出来ていたけど。 「ぶわはははははははは!!!!ひーっ、ふはっ、あははははは!!き、君のような、潔癖そうな、青年から、そ、そんなフフフ、セ、セックスなんて言葉が…ぶはははは!!!…あは、はぁ、はぁー…」 笑いがまだマシになるがそれでもフェレス卿は腹を抱えて小さく笑っている。 「はぁー…ふふ、本当に…くくくっ、君達兄弟は面白い、はははは」 涙を滲ませた瞼を拭うと、落ち着かせるために深く息を吐いた。 僕はただそれを見つめるだけ。 「同性であり親近相姦、それに片方は魔神の落胤」 それはそれは楽しそうに笑っていた。 「君達兄弟は一体どこまで堕ちていくんでしょうね?」 「どこまででも、行きますよ」 二人なら、どこまででも。 地獄でも奈落の底でも天国でも。 二人一緒ならどこだって行けるし、どこにでも行く。 「まあ、私は別にどうとでもいいんですがね☆」 「…もうそろそろ、時間ですんで」 「ああ、任務頑張ってください♪」 フェレス卿はヒラヒラと手を振って見送るが、途中で思い出したように声を上げる。 「そうそう、先程のご要望ですが、宜しいですよ。あなたがあの部屋に入ってから明日の昼まで、見張りを退かせます」 なのでご自由に。 ニコリと笑ってそう告げた。 「…どうも」 「今日は、本当におめでとうございます。奥村雪男君」 また祝いの言葉を貰い、それを聞き終えると僕は黙って執務室の扉を閉めた。 兄さん、と 呼べばいつだって振り向いてくれる。 そんな世界が大事で大好きだった。 それだけを望んだはずなのに、なぜ神様はそれさえを奪おうとするのだろうか。 ただそれを望むことでさえ罪なのだろうか。 ならば神様とやらを恨むしかないじゃないか。 ようやっと任務が終えると、例の部屋へと向かった。 あの白い檻のような部屋。 その前には見張りが二人ついている。 だが僕の顔を見ると軽く会釈をし、すぐにその場を退いた。 どうやらフェレス卿はちゃんとお願いを聞いてくれたらしい。 辺りを見回すと人一人いないシンとした廊下。 きっと見張りは全て外されているんだろう。 それもそうだ。 あんなにもハッキリと何をするのか言ったのだから。 聞かれたいとも思わないし、見張りの人たちにもとんだ災難になってしまう。 真っ白な扉のドアノブに手をかけた。 この怖いほど真っ白な扉の先には兄さんがいるのだと。 回そうとした瞬間、扉の向こう側から大きな音がした。 「兄さん!?」 勢いよく扉を開ける。 すると、そこにはこちらに背を向けた兄さんが部屋の真ん中で立ち尽くしていた。 「………」 兄さんは返事をしない。 一体どうしたのかと、とりあえず部屋の中に入って扉を閉めた。 「大きな音がしたけど…一体どうしたのさ」 「…………」 何も答えない。 兄さんの傍に近づく。 そして真っ直ぐと窓の外を見ているのは虚無の瞳だった。 「…兄さん」 呼んでも答えてくれない。 笑ってくれない。 「…ああ、コップ割っちゃったんだ」 仕方がないなと、足元にあるコップの破片をひとつ拾い上げる。 兄さんの足は素足だから踏んだら危ない。 だけど自らの意思で中々動いてくれようとはしないから、一旦破片は置いておいてベッドの脇に座るよう手を引いて導いた。 その握った手は恐ろしいほど熱かった。 あの約束をしてから一年。 兄さんの静かな暴走は少しずつ進行していた。 「大人しくしててね」 そう言って頭を撫でる。 だけど反応も何もなかった。 ただ、窓の外を見つめるだけ。 カチャカチャと割れたコップの破片を拾い上げる。 すると背後からまた何かの割れる音が聞こえた。 「…兄さん?」 驚いて振り向くと、案の定兄さんがまた別のコップや花瓶を次々と割っていっていた。 僕が慌てて止めようとすると、ヒョイと避けて窓のほうへと近づいていく。 すると先程割った、まだ拾い切れていないコップの破片を何の躊躇もなく踏み付けた。 肉の裂ける音が聞こえた。 「っ!!兄さん!!」 腕を掴んで止めようとすると、驚くほどの熱い体温で咄嗟に手を離してしまった。 「あっつ…!!」 火傷するかもしれないというぐらいの熱。 尋常ではない体温だ。 それが酷く辛くて、思わず鼻の奥がツンとして、それを食いしばろうとしたら顎がピリッと痺れた。 だが兄さんはそんな僕に構うことなく窓のほうへと歩み寄る。 するとガラスに触れた瞬間、悪臭が部屋の中に広がった。 「ガラスが…!」 溶けている。 兄さんの体温でガラスは溶けだしていた。 だがそれでも兄さんを閉じ込めるための窓のガラスは分厚く、頑丈だからすぐに溶けることはない。 けれどそれも時間の問題だ。 「兄さん!!」 意を決して、兄さんの手首を掴んでガラスから手を離させる。 やはりそれは酷く熱くて数秒も握っていられない。 すぐに手を離して、ジンジンと熱い掌の痛みを堪える。 「っつ…」 「………」 熱さで悶える僕を兄さんはじっと見ていた。 そしてまたコップの破片を踏んで、僕に近づく。 僕の掌を焼いた皮膚が、ゆっくりと、ゆっくりと僕のほうへと近づいてきていた。 僕のコートに人差し指が触れた瞬間、それは青い炎を灯した。 「う、あああああああっ!!!」 肩から腕まで、僕のコートは走るように青く燃え出す。 その熱さと痛みにどうすることもできず床に転がり、僕がコートを脱ぎ捨てようとした瞬間、突然冷たい水を当てられた。 すると火は簡単に消えて、残ったのは床に這いつくばった全身びしょ濡れの僕だけだった。 あまりにも突然でしばらく呆然としていると、前方のほうから荒い息が聞こえた。 視線を上に向ける。 「…兄さん」 「ゆ、ゆき…」 真っ青な顔、荒い呼吸、苦しそうな表情。 聖水が入っていたのだろう、空っぽのタンクを抱えていた。 この部屋には、いつ燃やされても大丈夫なように聖水が常備されている。 「兄さん、足が…」 兄さんの足の裏にはコップの破片が刺さっている。 それだけじゃなく、僕に浴びせた聖水がそのまま床に広がって兄さんの足元にまで染みわたっている。 それは確実に兄さんの足に傷を負わせていた。 「手当を」 しなくちゃ。 そう言い終える前に、空のタンクが床に叩き付けられた。 ガラガラと空しい音を立ててそれが転がっていく。 「……んなもん、どうだっていいんだよ」 声が震えている。 それがなぜかは僕には分かっていた。 強く握りしめる拳が酷く痛そうで、それを解いてやろうとまた手を伸ばすとその手を弾かれた。 「兄さん」 「触んな…」 そう言って兄さんは一歩後ろに引いた。 ピチャリと水の音が部屋に響く。 僕に見えないように、顔をそらして俯かせた。 酷く静かな部屋の中で、僕と兄さん二人。 兄さんは泣いていた。 僕は、それを黙って見ていないふりをするしかなかった。 「兄さん」 「……んだよ」 鼻を啜って背中を向ける。 とりあえず僕としては速くその場から退いたほうがいいんじゃないかなと思った。 だって、彼の足にはまだ聖水が染みわたっていて、どんどん兄さんを傷つけていくから。 「逃げないでよ」 だけど僕から出た言葉は逆の言葉だった。 兄さんの肩が震えている。 「…お前、バカだろ」 「なんで」 「逃げろよ…」 震える声。 僕はタンクと同じようにコートを床に脱ぎ捨てて、兄さんの人差し指を掴んだ。 「逃げたくないよ」 人差し指を強く掴んだ。 それは酷く冷たくて、今の僕には心地良いものだった。 「雪男のバカ」 そう言って指を掴んでいた僕の手を取ると、兄さんも強く僕の手を握りなおした。 手の聖水がまだ乾いていないから痛くないかなとか、足にはまだガラスも刺さってるのにとか、色んなことが頭の中に浮かんだけど、どれもこの手を握るより到底優先することなのに出来なかった。 「ねえ、兄さん。今日僕が何しにきたか分かってる?」 「知ってるよ…」 背中を向けたまま、手を握ったまま、兄さんはそう言った。 「お前、ほんっとうにバカだ。…いくらだって外にいんだろうが、カワイイ女の子も、ちゃんとした、マトモな奴も…ゴロゴロいんだろうが…」 逃げてくれればよかった。 そう言って、兄さんは泣き崩れた。 けど、手だけは離さなかった。 それに僕がつられて泣きそうになったのは秘密だ。 「兄さんこそ、馬鹿だ」 僕が貴方以外を愛せるはずもないし、兄さんだって僕以外を愛せるはずなんてないじゃないか。 人間だろうと悪魔だろうと魔神だろうと。 どれだけ堕ちていこうとも、別の道になど、僕は逃げたくなかったし行きたくなかった。 「んっ、…」 つめるような甘い声。 頭の中が解けそうになる。 「兄さん…」 「ゆき…」 見つめて溶け合ってしまいそうな熱の中。 ベッドの中で布団を被って僕ら二人は愛し合っていた。 足の裏の傷も、腕の火傷も、全部無視して僕らはお互いを貪るように深いキスをする。 兄さんの中は熱くて溶けそうで、もうこのままひとつになれるんじゃないかとさえ錯覚させる。 「ねえ…今日、フェレス卿にさ…言ったんだ」 「なっ、にを…」 胸の突起に吸い付き、もう片方を親指で押しつぶすと身体がビクリと震える。 それが楽しくて、わざと見せつけうようにしてそれを弄る。 「ちょっ、それ…やっ…あ…」 「…今日、セックスするって」 「ふわっ…あ、…あ?」 喘いでいた声が一変。 呆けたような、口を広げてアングリとしたまま理解できていないようだ。 その開いた口に僕の唇を軽く重ねると、再起動しだしたのか突然暴れだす。 「お、おまっ!!バカかあああああ!!」 「ちょっと、暴れないでよ」 色気がないなぁ、なんて暴れる身体を押さえつける。 「こ、今度からアイツとどう顔合わせりゃいいんだよ…!!」 「別に、気にしなくていいんじゃない?」 「お前はそうかもしれなけどなぁ…わっ、ちょっ…」 兄さんの言葉を遮るようにして身体を動かす。 すると先程の甘い声がまた兄さんの口からあふれ出した。 目をきつく瞑り、僕の手を握って快感をやり過ごそうとする。 「うっ、あ…くそ、ゆき、の…バカ…」 「うん、ごめんね」 そう言ってまた身体を動かし始めた。 兄さんの中は暖かくて、ずっとこのままでいたいとさえ思えてしまう。 ポロリと、兄さんの瞳から涙がこぼれた。 それを舐めとってやるとやめろと睨まれる。 「あ、あぅ…ば、かだ…おまえは、ばかあ、あああ…!」 いいところばかりを重点的に突いてやる。 そうするともう抗えないというように背を弓なりにしならせて身体を震わせた。 その酷く絞められた瞬間に、僕も兄さんの中に搾り取られるようにして出してしまった。 「うっ、…はぁ…」 「…はっ、ばか」 また馬鹿と言い出す兄さん。 もう自分が馬鹿なのは充分すぎるほどわかっている。 「…ねえ、兄さん」 「なに…」 二人とも荒い呼吸を繰り返し、お互いを見つめ合う。 とろけた様な顔の兄さんは驚くほど色っぽくて可愛かった。 「来年は、何しようか…」 「おまっ、これ以上のことがあんのかよ…」 きっとあるよ。 そういう意味を込めて兄さんのピンク色の頬にキスをした。 だってそうじゃないと次がない。 次があるための約束なんだから。 「腕…」 そう言って僕の腕に触れる。 僕の焼かれた腕は少し赤くなっていた。 燃えたのはコートだけで、皮膚のほうはまだ無事だったみたいだ。 さすが祓魔師のコートと、この時ほどその頑丈さの有難みを感じたことはない。 「ごめんな」 「いいよ。それよりも、足大丈夫?」 今更ながら二人とも怪我の心配をしだした。 兄さんの足の裏を持ち上げて見るが、もう傷ひとつない。 「…治ってるだろ」 「……」 それが酷く虚しかった。 怪我の治りは確かに前から速かった。 だけど、その理由をしると酷く辛くなるのはナゼだろう。 「おい、放せよ」 掴んだままの足首を離すと軽く蹴られる。 「あと、いつまでいれてる気だよ…」 そう言ってまた一蹴り。 僕はまだ兄さんの中に入ったままだった。 「…出たくない」 「で、出たくないって…いいから早く退け!!」 嫌だと兄さんの上に倒れてきつく抱きしめる。 途中で「ぐえっ」なんて言う色気の欠片もない、蛙の潰れたような声が聞こえたけど無視しておいた。 「ねえ」 「…んだよ」 「来年、何しようか?」 「…まだ続いてんのかよ」 決まるまで離さないよ。 そう告げると「うー」だとか「あー」だとか意味不明な声を上げる。 「…けっこん?」 そして爆弾のような言葉を落としたのだ。 「…すごいとこまで行き着いたね」 「おっ、お前が決まるまで離さないっていうから!!」 それに、これ以上のスゲーことってそれぐらいしか思いつかない。 そう言ってゴニョゴニュと言い訳をしだした。 僕はその間、頬がにやけるのを抑えるので精一杯だった。 「…ねえ、兄さん」 「んだよ!!もういい加減離せ!!重い!!」 バタバタと暴れる兄さんの言うとおり、僕はあっさりと身体を離す。 すると案外簡単に離れたから兄さんは驚いた顔をしていた。 それでも僕は気にせず微笑んで兄さんを見下ろす。 「僕のずっといたい未来はね。僕が兄さんって呼べば、いつだって笑って振り返ってくれる、そんな当たり前の未来なんだよ」 「…うん」 ふにゃりと、兄さんは笑った。 それはどこか切なげで苦しい。 その笑みが苦しくて、微笑んでいた筈なのに、いつの間にか滴が一粒兄さんの頬の上に落ちていた。 「そんな未来が欲しいんだ」 「俺も、欲しいよ」 そう言って、また兄さんを強く抱きしめた。 次は兄さんも抱きしめ返してくれる。 それが嬉しくて苦しい。 「…来年は、結婚だね」 震える声で、誤魔化すようにしてそう告げる。 すると、また「バーカ」と言われた。 欲しくて欲しくて堪らないものは、すごく当たり前のものなのに、なぜか届かない。 近くて遠い。遠くて近い。 そんな矛盾したものなのだ。 「次からは、ちゃんと俺が出迎えてやるから」 そう言って、頭を優しく撫でられた。 僕はそれに頷くしかできない。 もう一生このままだったらいいのに。 なんて、ふざけたことを思ってしまう。 けど、一生このままだったら、兄さんがこれ以上暴走することも、これ以上苦しむこともないかもしれない。 そう思うと、この考えはとても魅力的に思えた。 「一生、このままだったら…」 いつの間にか出てきてしまった呟き。 それはもちろん僕だけじゃなくて、兄さんにまで聞こえていたらしく、驚いたような顔をしていた。 だがそれもすぐにいつもの笑みに変わった。 「バカだなぁ」 「………馬鹿なのは、自分でも知ってるよ」 そんなありえない考え。 するだけ無駄だ。 「一生このままだったら、ずっと苦しいままじゃねえかよ」 次は僕が驚く顔をする番だった。 兄さんが頭を撫でる。 そうだ、もしもずっとこのままだっら、ある意味もっとずっと苦しいじゃないか。 いつまた暴走するかに怯えて、いつ死刑宣告されるか怯えて。 これ以上暴走の進行がなくなっても暴走するには変わりない。 奴らが今でもヒソヒソと兄さんの心臓を潰すと決定するか分からない。 なんだ、それじゃあ、戻るも留まるも出来ない。 だったら、と僕は自嘲気味に笑った。 まだ撫で続けていた兄さんの手が止まる。 「雪男?」 兄さんが不安げに僕を見上げていた。 「やっぱり進むしかないんだね」 そう言って兄さんの唇に軽くキスをした。 最初は驚いていたが、まだ引っ付け合っているとしばらくして大人しく目を閉じてくれた。 そうだ、逃げたくないと言ったのだ。 ならば進むしかない。 少しずつ口内の中に舌を入れていく。 兄さんもそれに応えてくれるように絡めて来てくれた。 「ねえ、兄さん」 「…なに?」 「もう一回」 そう言うと、しばらく間を置いてから「仕方がねえな」とモゴついた口調でOKを出してくれた。 ここから先は不安と期待のカウントダウンが始まるらしい。 どちらに転ぶか、僕にも分からない。 だけどそれでも進むしかないのだ。 希 望 と 絶 望 の カ ウ ン ト ダ ウ ン 2010/03/22 top |