5



燐、燐、と何度も呼んでくれるのが嬉しかった。







夢を見る。
それはまるでビデオを何度も繰り返して観せるような光景だった。
父である獅郎が死ぬ時の夢だ。

サタンがとり憑き、燐を守るために自殺する夢。

人が死ぬのは簡単だ。心臓にナイフを刺すか首を締めるかすればいい。
そうすれば人は簡単に壊れる。
獅郎もそうだった。獅郎はナイフを心臓に突き刺して死んだ。(主な原因はサタンの憑依でもあるが)
たったそれだけで死ぬのだ。
燐はその人の儚さと自分の無力さを味わらせる夢を何度も繰り返して見るのだ。
だが今日は夢の中で会話までできてしまうから堪ったもんじゃない。

「燐、燐」

獅郎が呼ぶ。
だがその姿はサタンに憑依されていた時同様、血に濡れて牙や耳が尖っている姿だった。

「テメェが呼ぶな」

「なんだよ、連れねぇな」

パパが呼んでるんだぜ?
なんてふざけた事を言う。

「俺の父親は藤本獅郎だけだ」

「だから俺がそうだろう?」

「テメェはジジイの身体乗っ取ってるだけだろ」

「そうだな、だがコレがお前の親父だぜ?
同じ血を流し、同じ魂を持ったまぎれもない親子だ」

止めてくれ、と泣きそうになった。
そうだ、確かに目の前にいる獅郎の姿をしたそれは父親なのだ。
同じ血と肉と魂を分け与えた父なのだ。
だがそれでも認めたくないという気持ちがあり、自分の父は藤本獅郎ただ一人だと思いたかったのだ。

「もういいから消えろよ」

これは夢なのだ、きっと目が覚めたら終わる筈。
燐は早く起きろとひたすら自分自身に強く念じた。

「燐」

「止めろ」

「燐」

「お前が呼ぶんじゃねえ」

「燐」

「…っ、呼ぶなって言ってんだろうが!!」

「愛しの我が子」

「お前なんて、父親でもなんでもねえんだよ!!」

ゆっくりと伸ばされた手を払い落とした。だがすぐにその両手はこちらに伸びて燐の両頬を乱暴に、逃げられない力で掴む。

「逃げられると思うなよ」

「…っ、」

目と鼻の先に獅郎の顔。
だがそれは別人だった。
藤本獅郎ではない、他の誰かなのだ。

泣きそうになった。
目の前の獅郎ではない獅郎の存在に。
どうやったって逃げられない、変えられない、現実に。

「お前は俺のものだという事を、俺の息子だという事を」









「兄さん!!」

開いた瞼、一番最初に視界に入ったのは自分を呼ぶ心配そうな顔をした雪男だった。

「……雪男?」

「よかった…兄さん、すごくうなされていたから…」

「あ、ああ、ワリィ…うるさかったか?」

「そうじゃなくて、心配したんだよ」

「…」

「大丈夫?」

「…ああ」

燐がベッドから上半身だけを起こすと、辺りがまだ暗い事にようやく気がついた。
時計の針も1時を指している。

「ワリィな…なんか、嫌な夢見ちまってさ」

もう大丈夫だから、そう言って弟の頭を撫でてやった。
だがその手は掴まれ優しく触れられる。

「嘘だ、こんな冷たい手をして…大丈夫なわけないじゃないか」

そう言うと掴んでいた手に唇を落とされた。
優しく、熱の籠った唇に一気に全身の血が沸騰するように沸き上がっていくのを燐はこの身で感じた。
大慌てで掴まれた手を振りほどく。

「なっ、何すんだよ!?」

「温めてあげようかと」

穏やかな笑みを向ける弟は至って冷静。
余裕のある態度がまったくもって気に入らなかった。

「汗もすごいよ、タオル持って来るね。あと水も」

喉が渇いてるだろうからと、ベッドから離れようとした雪男に燐は反射的に腕を掴んで止めた。

「なに?」

「あっ、」

「?」

首を傾げる雪男に燐は何か言おうとしたが言葉が出なかった。
反射的に腕を掴んでしまったから何故こんなことをしたのか自分でも分からないのだ。
「ワリィ、何でもない」

「…」

そう言って腕を離そうとしたら逆に腕を掴まれ、起こしていた上半身をベッドに押さえ付けられた。

「ゆ、雪男…!?」

「大丈夫、何もしないから」

雪男も燐の寝ているベッドに潜り込み、燐を後ろから抱き締めるような形にした。
燐は突然の事に頭がついていかず雪男の成すがままになっている。

「な、なんだよ突然」

「寂しいんでしょ?」

「さ、寂しい…?」

「嫌な夢を見たときは一人になりたくないもんでしょ?」

「……そうかも」

確かに、それだったらあの行動の説明がつく。
自分はあの時、身体が汗で気持ち悪い事よりも、水分を出して喉が渇いた事よりも、ただ何よりも離れて欲しくなかったのかもしれない。

「他に、して欲しいことはある?」

「………なまえ」

「ん?」

「名前を、呼んで欲しい…」

「…いいよ」

背中越しに強く、だけど優しく抱き締められる。
それが何よりも温かくて安心するからまた泣きそうになった。

「燐」

耳元で吹き込まれるように囁かれ、雪男の声に鼓膜が震えるのが感じた。

「もっと、…」

「燐」

何度も呼んでくれた。
もっととねだればうなじや肩にキスを落として名を呼んでくれる。

あの夢の中で、何度も呼ばれた名前を書き消すように、燐は雪男に名前を何度も呼ばせた。


























top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -