青の祓魔師




駅から五分という近い距離にある喫茶店。青年はそこでウェイターとして働いていた。

両親はおらず、孤児院で育ったため、高校に行かずに小遣い稼ぎとしてここでバイトをさせてもらっている。
両親がいないということを除けば、どこにでもいる普通の青年だった。
だがそんな平凡な青年だったが、顔は中々に良かった。見た目の派手さはないが、スッキリとした爽やかな顔立ちと物腰柔らかな態度が好印象を与え、この喫茶店に来る女性客の心を虜にしている。
駅から近いという立地条件だけではなく、この青年目当てに店にやってくるほどだ。

だがランチの時間も過ぎ、先程までの満席が嘘のようにガラガラの店内。そんな青年にとって唯一の休憩時間であろう時間に珍しくも男性客がやってきた。

いらっしゃいませ、とお決まりの言葉を言って出迎えると、男性客はチラリと青年を見てひとりであることを伝えた。

だが青年はこの男性客を店内に入れてもいいか、非常に迷った。
男性客は変わった形の黒い厚手のコートを羽織っており、唯一の荷物だろう肩に掛けられているそれは刀袋であった。

見るからに怪しいだけではなく、武器まで持っているといったら普段穏やかな青年も警戒してしまう。
キッチンが見えるように作られている店内で、コーヒーを入れていた店主に視線だけを向けると、店主はアッサリと店内に入れることを許可した。
なので、店内の一番奥にある丸いテーブルと椅子が二つある席へと案内をする。
男は席に座るとコートを脱ぎ、青年は注文が決まるまでの間、店主の方へと向かった。

穏やかな笑みを向ける店主に、なぜあの如何にも怪しい男性客を入れたのかと聞くと、店主曰く、あれは祓魔師という人物らしい。
なんでも悪魔を退治するのが仕事だとか。
だが悪魔退治と言えば、カソック姿の男が十字架や聖書を持っているイメージだが、あんな如何にも武器らしい武器を背負っているとは思いもしなかった。
まあ、あくまで青年の勝手なイメージであり、たいして祓魔に詳しくもないのでそんなものかと納得しておく。
すると男性客に呼ばれ、青年は自らの仕事を真っ当すべく早々に気持ちを切り替える。

「オムライスセットひとつ」

そう注文されたメニューをメモにかき込む。ここのオムライスはかなり美味しいと評判なので、きっとこの男もその美味しさに驚くだろう。セットでついてくるサラダの他に、好きなデザートも選ぶと、青年は注文を頼んだ客をなんとなしにチラリと見た。

年齢は自分と同じ十代だろう。それなのに悪魔退治などしているのかと驚いたが、なぜかこの男性客は若いのに大人独特の貫録があるように思えた。
するとじろじろと見てしまっていたせいか、バチリと男性客の目とあってしまい、慌てて柔らかい笑みを向けた。
青い瞳が特徴的で、青年にとってそれは深く印象づいた。

「なあ、預かってくんねえ?」

屈託なく笑い、刀を手渡されて慌てて受け取ると、それはズシリと重く間違いなく本物だった。
中身が本物。それにも驚いたが、その武器を自分に渡されたことにも動揺する。

「俺が持ってると怖いだろうからな」

まるで先程の自分の思考を読みとられかのようで、恥ずかしくなる。
だがただ単純に思考を読まれたということだけではなく、青年が無実の客を疑ったことに恥じたのだ。

客はまるで気にするなというように屈託なく笑う。
いたたまれない気持ちになった青年は受けた注文と預かった武器を持って、店主が待つキッチンへと行った。

自分の役目の半分は終えただろう青年は、先程の罪悪感のせいでいたたまれない気持ちがまだ続いていた。
いつもだったらひっきりなしに女性客が青年に話しかけ、少しでも相手をしてもらおうと注文を取ったりして青年を構い倒すのだが、生憎店内にいるのは罪悪感でいっぱいの自分と料理をする店主とオムライスセットを待つ男性客のみだ。

せめてもの暇つぶしにと必死に円周率を心の中で唱えていると、男性客に声を掛けられた。
追加の注文だろうかと近づくと、注文ではなく年齢を聞かれた。

15歳だと正直に伝えると、若いなと驚かれる。そんなにも老けて見えるだろうかと若干ショックを受けつつも、貴方も同じぐらいだろうと言うと苦笑いを浮かべられた。

「俺、そんな若く見える?」

それではいくつなんだと聞くと、秘密だと言われ、結局は教えてもらえなかった。
どうやら男は自分との会話を望んでいるらしく、青年も先程の事があったので拒否はせず促されるまま向き合うようにして置かれていた椅子に座る事となった。

男性客の名前は教えてくれなかった。
お互いしかいなかったので、別段困ることはなかったのだが、企業秘密と言われれば少し気になってしまう。
だがその癖に、男性客は色々な話をした。料理が得意ということや、祓魔師として中々に強いこと。
そして同時に青年のことも知りたがった。趣味だとか、中学時代の事だとか、普段は大人しい青年が饒舌になるほど。

相手の親しみやすい雰囲気のせいか、仕事の事も忘れて夢中になって話し続けてしまった。
注文したオムライスセットが出来ると慌てて取りに行き、そこで相手が客であり、自分が店員だということをようやく思い出した。

だが男性客は青年の事が気に入ったのか、食事中も会話を望み、店主も普段はこんなフレンドリーな接客をしない青年を珍しがってか、他の客が来るまでという許可まで貰ってしまった。
店主の許可付となると、堂々と話せるわけで、男性客と青年は遠慮なく会話を続けることにした。

最初に想像した通り、オムライスの美味しさに男性客が絶賛しながらも話していると、家族の話にまで発展し、両親はと聞かれて緩く首を横に振った。
生まれた時からいないと告げると、男性客は「そうか」とさびしそうに笑った。

「あの人が親父さんなのかと思った」

そう言って指差した先はコップを磨く店主だった。あの人はただの店主だと告げるが、「本当か?」とニヤニヤと笑いだす。
どうやら彼は勘が鋭いらしい。

実は自分の事を養子に欲しがっていると言うと、やっぱりと自分の勘が当たったと自画自賛する。
どうして分かったのかと聞くと、焦らしに焦らしてようやく教えてくれた。

「お前を見る目が優しかったから」

それだけかと聞くと、そうだと頷かれた。あとはやはり勘だと告げられる。
男性客は青年の事を引き取りたいという店主の話を聞きたがり、えらく変わった人だと青年は思った。

中学時代の友人たちは両親がいないことに触れようとしない。
周囲も腫れ物を扱うかのようにするので、青年も家族のことや店主のことを話すことは今までなかった。
その話題をしないのは周囲の気遣いだろうし、青年にもその気持ちはなんとなしに分かる。だがここまで積極的にこの話を聞いてくるこの男の存在はとても珍しく思えた。
オムライスを全て平らげた男性客にそれを告げると、次にデザートを食べようと口を大きく開けている所だった。

「だって、俺もある意味親無しだし」

何でもないことのように続きのデザートを食べる。青年はなるほどと納得した。こうやって気が合うのも、もしかしたらそのせいなのだろうかと。

「まあ、親父はいたけどな」

どうやら話によると教会育ちらしい。血は繋がってはいないが、それでもそこの神父を実父と思っているとのことだ。

そして双子の弟がいることを教えられた。昔は自分の後ろについて歩くばかりだった泣き虫な弟は、成長すると成績優秀で運動神経も良く、しかもイケメンというこの上なく腹が立つ存在になってしまったとか。
だがそれでも最後には自慢の弟だということを必ず言うので、この人の弟はとても幸せ者なのだろう。

「俺な、弟の事が好きなんだ」

サラリと爆弾のようなものが落とされた気がしたが、青年は気にせず話の続きを聞いた。だが話せば話すほど、その好きという単語は兄弟愛とはまったく別の意味になっていく。

「今はちょっと離れてるけど、絶対に帰ってくるからって、約束したんだ」
「だけどすげえ遅いから待ちくたびれてさ」
「けど、それでも俺は待ってるんだ」

次々に告げられていく言葉はまるで愛の睦言のようで、青年は自然と顔が赤くなっていく。それに気が付いたのか、男性客もまたニヤニヤと笑い出した。
その笑みがムカついて、足の脛を蹴ってやろうかとさえ思ってしまう。
だがそのにやけた面はすぐに消え、青い目が静かに伏せられる。

「俺は、ずっと待ってるんだよ」

あまりにも寂しそうな声だったので、青年は目の前の客をどうにかしてあげたくなった。
だが残念なことに青年はモテると言っても恋愛経験が豊富という訳ではなかったし、しかも近親相姦相手の慰め方なども分かりはしなかった。

青年が困っていることに相手も気づいたのだろう、男性客は伏せていた瞼を持ち上げ、花が咲くように屈託なく笑った。

「悪いな、変な話して」

そんなことないと首を振ると、話題はあっという間に変わり、また青年と店主の話になっていた。

「養子になるの、嫌なのか?」

嫌ではない。むしろ喜ばしいことだろう。
この店主さんもいい人だし、奥さんだって優しい人だ。だがそれでも中々頷くことはできなかった。

ただ、居場所が出来るのが怖いのだ。

きっとあの夫婦の子供になったら幸せだろう。だがそれがある日突然失うことになったら思うと、怖くて頷けないのだ
だったらずっと一人のほうがマシだと思ってしまう。

そんな心の内をさらけ出すと、目の前の客は目を細める。
それは優しい、愛に包まれているものだが、それと同時に酷く悲しいものだった。

「大丈夫」
「大丈夫だ」
「怖がらなくていい」「お前の帰る場所はそこだよ」

最後には涙を流すので、青年は困惑した。なぜそんなにも泣くのかと聞くと、歳のせいだと返される。

だがその間、何度も大丈夫だと言われるので、本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。

お前はそこで当たり前みたいにして居座って

可愛い嫁さん貰って

幸せになれるよ。

まるで確信めいたように言うので青年はありがとうとお礼を言った。
それはどこまでも、青年のために送ってくれる、優しい言葉だったから。


だが次第に顔がグチャグチャになるほど泣くので、ハンカチを差し出すとそれで涙を拭う。

「俺が保証するよ。お前の居場所はここだって」

グチャグチャだった顔が、最後にはまた屈託なく綺麗に笑うので、青年は静かに頷いた。

店の奥では店主が心配そうな視線を向けている。
貴方の子供になりたいと言ったら、一体どんな顔をするだろうかと、想像すると自然と笑みがこぼれてしまった。






なんとか泣き止んだ男性客は、早々に会計を済ませて店の外まで出た。
名残惜しかったので、青年も同じようにして外に出て見送ることにする。

また来てください、とただのお決まりの台詞ではなく、本心を告げると首を横に振られた。

「もう、二度と来ねえ」

その言葉に、何か自分が失礼な事をしてしまっただろうかと酷く青年は慌てた。だがそうじゃないとすぐに否定される。

「来たらダメだから」

なぜ来てはダメなのかと問い詰めるが教えてはくれない。
どうして彼はもうここには二度と来ないだなんて言ったのだろうか。青年はこの客に好印象を持っているし、出来れば今後も話が出来ればいいと思っていた。
それは相手も同じだと思っていたのに、自分の勝手な思い込みだったのかとショックを受けた。

すると男性客は困ったような顔を浮かべると、最後に、と言われる。

「抱きしめさせてくれ」

そう言って、了承も取らずに青年に抱きついた。首に腕が回され、温かい体温が青年の身体に飛び込んでくる。

あまりにも突然のことに、青年は動揺し、こういったことに耐性がないので顔がカッカッと熱くなるのを感じた。
抱きしめられている間も、どうすればいいのかと腕を下ろしたり上げたりしている。

だが最後には諦めたのか、青年は恐る恐る男性の背中に手を回し、その華奢な背中を撫でてやる。

少し小さい彼の身長は青年の首筋に顔を埋められ、同性同士だというのに不思議と嫌悪感や不快感はなかった。
ただあるのは困惑と、ふわりと香る、知りもしない懐かしいと感じるものだった。

まるで今生の別れというように強く抱きしめられ、青年も黙ってそれを受け入れる。

そして首筋から顔が放され、耳元にそっと囁かれた。

















サヨナラ、雪男

















囁かれた言葉は震えていた。聞き覚えのない名前にさらに困惑していると、男性客は身体を放し、そのまま走り去ってしまった。

放れた瞬間に見た顔は、今にも泣きそうで、あの印象的だった青の瞳は酷く揺らいでいた。


追いかけなければ。


そう思った。

だが彼の足はあまりにも速く、呼び止めようにも彼の名を知らない。
彼はあっと言う間に消えてしまった。

呆然と立ち尽くす。
一体何が起こったのか。
一体何をしてしまったのか。

ただ分かるのは、呆然と立ち尽くしたまま頬に伝う生ぬるい涙。






そして遥か昔の、大事な故郷を失ったかのような喪失感だった。





























青年→雪男
男性客→燐
という雪男転生パロでした!


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