青の祓魔師手を繋いだ。 抱きしめあった。 唇を合わせた。 恋人として軽く思いつくだろうことが一通り終わると、次のステップに踏み込まなければいけない。 手は繋いだし、抱きしめたし、キスもした。 ならば次はなんだろうなんて考えなくても分かる。そもそも好きだと思いを告げた瞬間からそれはもう決定事項みたいなものなのだ。 燐はキョロキョロと部屋の中に注意を配り、誰もいないことを確認するとベッドの下に隠してある裸体を惜しげもなく晒している女性が表紙の雑誌を取り出した。 いわゆるエロ本だ。 それをペラリと捲ると豊満な肉体を晒した美しい女性たちがこちらに向かっていやらしいポーズをとっている。自分には無いものをたくさん持っている女性は美しい。 豊満な胸にスラリとした足、しなやかな優しい身体。どれをとっても自分とは比べ物にならないなと落ち込んで、だけど続きが気になるのでまたページを捲った。 燐もどちらかというと男の身体よりも女の身体のほうがいい。触ったら柔らかそうだし、見ているだけでも充分奥底にある欲を引っ張り出してきてくれる。雪男だってそうだ。 男よりも女のほうがいいだろう。 燐は今、猛烈に悩んでいた。最近の弟の目がいやに熱いのだ。それは普段とは違う、欲を含んだ目。 抱きしめたいだとか、キスをしたいだとか、それ以上の熱を含んだ目で見てくるから困っているのだ。 だが別にその視線を向けられていることが嫌なわけではない。燐だって雪男のことが好きなのだから、むしろそういう目で見てくれて嬉しいというような気持ちさえあった。だがやはり困ることが多々ある。 まず最初の問題、恋愛初心者丸出しのような言葉だが、燐には詳しいやり方が分からなかった。 触る、濡らす、入れる。 なんとなしの手順は分かっていたが実際やれと言われるとまったくもって動けなくなる。初めてキスをするときでさえ歯をぶつけてしまったぐらい変なところで不器用な自分ができるだろうかとまた雑誌のページを捲って考えた。 「エロいことが好きなのになぁ…」 燐はエロい女が好きだった。こういういかがわしい本も好きだし、ビデオだって観ることがある。だけどそれが男となると途端に分からなくなるのだ。 やはり一番の問題は性別だった。異性同士ならなんとかなるものも、同性になるとなんとかならなくなってしまう。 「つーか、まず俺を見て勃つのか?」 それだ、それがなければどうにもならない。燐は一気に青ざめた。男なら、この雑誌のような柔らかい身体に興奮するだろうが、自分の身体で興奮するのはありえない気がした。 「やべえ、本番になって出来ないとか言われたら、俺ショック死する自信がある…」 絶望的だ、と燐は見ていた雑誌を見るのが苦しくなって八つ当たりするように乱暴に閉じて壁にぶつけてやった。ベッドに寝転んで考える。 もしかして、こうやってグダグダ考えているから嫌な方向にばかり考えてしまうのではないだろうかとふと思った。そもそも燐自身、考えるよりも動いたほうが性にあうと言っているのだ。 ならこうやって考えてばかりなのはいけないと燐は立ち上がった。 「やっぱり俺って実戦向きじゃん!?だったらやっぱり実戦するしかないよな!?」 ようやくいい答えがでたと仁王立ちになってガッツポーズ。だがすぐさまその場に崩れた。 「…その実戦に悩んでんじゃねえか!!」 そうだ、その実戦に悩んでいるのだから意味がない。壁にぶつけて床にへにゃりと崩れているいかがわしい本をチラリと横目で見る。そこでふと思ったのだ。 雪男も見るのか? あのいやらしい本を。 そしていいことを思いついたというように、燐はノロノロと立ち上がった。 「スマン、弟よ。兄は、兄ちゃんは…お前の秘蔵のエロ本を、探す!!」 ちょっとワクワクしつつ、燐はそう宣言した。よくよく考えれば一緒に暮らしているのに弟の好みも知らないし、好みのエロ本も知らなかった。 やっぱそういうところから知らないといけないんじゃねえか?と勝手に理由をこじつけて燐は好奇心だけで動いていた。できるかできないかに悩んでいたはずだったが、いつの間にか弟のエロ本という好奇心になっており、ある意味関係があるようなないようなことになっていた。 「これも弟の好みを知るためだ!!まずはベッド下だよな!」 もっともポピュラーとされる場所を探ってみるがベッド下は何も置かれていなかった。 「それじゃあベッドの中か!?」 バサッと乱暴にシーツを取り上げてみせるが本の欠片も見当たらない。燐は取り上げたシーツをそのまま適当にベッドに放り投げた。 「ベッドには無いのか…」 う〜んと滅多に使わない頭を捻って燐は考えた。 「なら、本棚か!?」 意外とあるかもしれないと本棚に目をつけたが見た瞬間やる気が失せた。雪男の本棚には燐では到底理解できない本がズラリと並べられているのだ。それを表紙だけでもひとつひとつ見なければいけないのかと思うとウンザリする。 「いやっ!だがこれも弟のため!!」 燐は弟のためと言いつつ、当初の目的を見失っていた。 「なになに…悪魔薬学について(基礎知識編)」 さすがというべきか、弟はもう既にマスターしているだろう基礎の本もしっかりと取ってあるのだ。いや、こうやって講師をしているからこそより基礎を知っておかないといけないのだろう。 「んじゃあ、これはっと…英語…?」 次に取った本はどこの国のものかも分からないミミズみたいな文字の本だった。試しに中を開いてみたがやはりまったくもって理解できない。 「…これはエロ本とは関係ないな」 どうやっても関係ないだろうその本を閉じると燐はまた別の本を一冊取って表紙をみた。 「これは関係なさそうだな。これも、こっちも…ねえな…」 「何がないの?」 「あー、あれだよ、エ…」 最後まで言い終える前に、燐はピシリと石のように固まり「ヤバイ」と心の中で呟いた。背後で聞こえた声は聞き間違えるはずもなく弟の雪男だった。 振り返るのが怖い。痛いほどの視線を背中にビシビシと感じるのだ・それでも燐はギギギッとブリキのようにゆっくりと振り返ると、任務の帰りなのだろう、そこにはエクソシストの制服を着た雪男がいた。 「オ.オカエリー…」 「ただいま、兄さん。それで、僕の本棚で何をしてるのかな?」 「イヤ、これはだな…」 「“エ”の付く言葉だったみたいだけど、一体何を捜してるのかな?」 僕の本棚で。雪男の表情は一見穏やかな、人当たりのいい微笑みのように見えるが、燐にはまったくもって違うものに見えた。 とりあえずこの場を誤魔化さないといけないと燐は頭をフル回転させた。とりあえず“エ”だ。“エ”の付く言葉で誤魔化さないといけない。 「エ…………“エクソシスト”!!」 これだ!とばかりに叫ぶ燐。自分たちにとって“エ”の付く言葉といつたらコレしかないだろう。 「それで、そのエクソシストの単語と僕の本棚を勝手に漁るのはどう関係があるの?」 「……ど、どうあるんだろうなぁ?」 「……」 怪訝な目を向ける弟。燐は居た堪れなくなってこちらをジッと見る雪男の視線から逃れようと脱兎のごとく逃げ出した。 だがすんでのところで雪男にTシャツを掴まれ逃亡は失敗となる。掴まれていたTシャツをそのままグイグイと引っ張られ、雪男の腕の中にスッポリと納まるようにして背中から抱きしめられるとようやくTシャツは放された。 「おいっ、近いって…!」 燐の顔のすぐ横には雪男の顔があってかなりの至近距離。無意識のうちに燐の心臓は速くなっていて、顔にも赤みが増していた。 「兄さん…“エ”の付く言葉、他にも教えてあげようか」 「ヒッ…!」 耳に息を吹きかけるように囁く雪男。絶対にワザとだろうそれに背筋がゾクリと震えて思わず可笑しな声が出てしまった。 「エロ本」 「うっ…」 「AV」 「ううっ…!」 「僕に言うことは?」 「ゴメンなさい…」 とうとう折れた燐が謝ると雪男は「よろしい」と背中から放れた。 「ただの好奇心だったんだ…お前はどんなの読むのかなって思って…」 「あのね…そんなの知ってどうする気だったのさ」 「どうするって………………あっ!」 燐はようやく当初の目的を思い出し顔を一気に赤くさせた。 そうだ、燐は雪男とのベッドインについて悩んでいたのだ。 自分でいいのか? 女とは程遠い自分の身体でいいのか? どうやって自分とヤるのか? それに悩んでいたのに、なぜか弟のエロ本探しになっていたのだ。 「兄さん?」 いきなり赤面して固まる兄を不審に思ったのか雪男が顔を覗き込んできた。燐は咄嗟にに後退りするが、後ろに行き過ぎて勢い余って壁に頭を打ち付けてしまった。 「うぉおおおお……」 「何やってるのさ…」 最早呆れ顔の雪男に燐は情けないし痛いしで涙目だった。 「兄さんが頭を打ってもこれ以上頭が悪くなることはないと思うけど、大丈夫?」 「お前なあ!!余計な一言が多いんだよ!普通に“大丈夫?”だけでいいだろう!!」 「頭大丈夫?」 「なんか別の意味にも聞こえるから腹立つ!!」 なんだかこれではヤるとかいう雰囲気ではなさそうだ。珍しくグダグダ悩んでいた自分がバカみたいだと思いつつも、今日は何もなさそうだということに少し安心する。 「それで、どうする気だったの?」 「へ?」 「僕が持っていると予想して探していたやらしー本」 「あー…」 どうやらその話はまだ続いていたらしい。狙ったわけではないが、燐の捨て身とも言える頭部強打で話を逸らせたと思ったのに、どうやらこの賢い弟には通じないようだ。 「た、ただの知的好奇心だよ…!」 「兄さんの知的好奇心がコレなの?」 「そうだよ!!悪いか!!」 もう開き直りと半場自棄になりながら燐は叫んだ。まあ、確かに事実でもあるから余計にタチが悪くしかも本人にバレたというから恥ずかしい。 燐はなんだか本当に恥ずかしくて雪男を避けて自分のベッドに乱暴に座った。すると何がおかしいのか雪男が突然クククと笑い出す。 「僕の好みが知りたかったとかじゃなくて?」 「は?」 「どうやって僕とするのか悩んでたでしょ?」 グアッと一気に燐の全身の血が駆け上がった。 顔を真っ赤にさせて、口を魚のようにパクパクと開いては閉じるを繰り返すばかり。 なぜ、どうして、と考える。 それを弟は至極楽しそうに燐を見て笑っていた。 「兄さん、独り言大きすぎるから部屋に入るタイミングに困ったよ」 どうやらあの悶え苦しむ燐の声が、部屋に入ろうとしていた弟に筒抜けだったようだ。それを聞いてさらに恥ずかしくなって、燐はもう死ねるとベッドに仰向けに倒れこんだ。 ベッドの上の天井を視界に入れるのも嫌で両手で自分の顔を覆うと予想以上に自分の体温が上がっていることに気がついて、また恥ずかしくなった。 「照れてる?」 「ウルセー…」 もうほうっておいてくれというように投げやりに言うと、ギシリとベッドの軋む音と重心が傾くのを感じた。 「聞いてて楽しかったよ」 「もう黙れ」 「あと嬉しかった」 「…あっそ」 もうなんとでもいいやがれと燐は諦めて両手をそろりと放すと、雪男が笑っていた。それはもう本当に嬉しそうに笑っているから、燐は慌ててまた顔を両手で隠す。 「なっ、なんで笑ってんだよ!」 「だから、嬉しいからだよ」 「ばっかじゃねえの!」 ゴロリとうつ伏せになって体勢を変えるが、雪男の柔らかい視線や時折聞こえる静かな笑い声が気になって仕方がない。 「兄さん、キスしたい」 「勝手にしろよ…」 うん、勝手にする。そう言うや否や、雪男は燐の肩を掴みまた仰向けの体勢に変えると口付けをした。 柔らかい唇が押し付けられ、しばらくの間その柔らかさを堪能すると、息を吸い込もうとした割れ目からおずおずと舌が入ってくる。 「んっ…」 舌の先がぶつかり、ぬるりとした感触が身体を震わせる。相手の舌が自分の舌を弄るかのように動き嬲るともう頭がぼうっとしてくるのだ。 無意識の内に雪男の服の裾を掴み、もしかしたらこのまま最後まで行くのかなとまで考えていた。唇が放されると額に、頬に、瞼にとキスを落とされる。 だがそれらが終わるとすぐに雪男は離れてしまった。 「…おわり?」 拍子抜けするかのような声に今度は雪男が驚いていた。 「あれ、足りなかった?」 それじゃあもう一回と顔を近づけると燐がストップをかける。 「……そうじゃなくて、もっと先があるだろ」 「え、したいってこと?兄さんが?」 「言わすなよ!」 「覚悟もないくせに?」 覚悟。という言葉に燐が息を飲んだ。一体なんの覚悟だ。ただ一緒に気持ちよくなれるものにどんな覚悟がいる。 弟の言っている意味が分からず燐は眉尻を下げた。これはもしかして遠回しに拒否されているのではと。 自分にはない柔らかい身体は可愛らしさが目に浮かんだ。 「…俺に勃たねえからしねえのか」 「なんでそうなるのさ」 「だってそうだろ」 自分には何もない。そう呟くと、シャツが捲りあげられた。 「分かった。いいよ。しよう」 今すぐに。突然の事に目を見開き、だが燐は大人しく受け入れようとした。 シャツを捲られても恥ずかしくなんてない。男だから。だが雪男が胸の突起に触れた瞬間、肩がビクリと跳ねた。 首筋に顔を埋められ、舌を這わされてチリッと痛む奇妙なキスをされる。 いつの間にか掌が汗で湿っていた。 今までにない体験。 それは恐怖だった。 「雪男…!」 慌てて雪男を押し返そうとするが、それを視線で遮られる。誘ったくせに、やめろというのか。目がそう言っていた。 確かに誘ったのは自分だろう。だがしかしいざ始めるとなるとどっと汗が噴き出した。 怖い。ただそれだけでいっぱいになる。 いつの間にか奥歯がカチカチと鳴っていた。身体も寒くもないのに震えだす 「兄さんの馬鹿」 「ゆ、ゆき…お…」 「何も知らないで、覚悟も準備も放ってしようだなんて、本当に馬鹿だよ」 そう言うと雪男は燐から身体を放してベッドに座った。やめてくれたことに安堵し、息を吐くと「ごめん」と雪男に小さく謝罪した。 やっと先程言っていた覚悟という意味が分かった。燐はあやふやにしか分からず、ただ先へ先へと行こうとしていたのだ。 自分の奥底に隠れている気持ちや心を無視して。 「マジでごめん」 身体を起こすとズビッと鼻を啜る。流れそうになる前に両瞼を手の甲で拭ってやった。 「ゆっくりでいいよ」 そう余裕ぶって言うものだから、なんだか自分だけのようで腹が立つ。いつも野獣のような目で自分を見る癖にと文句を言ってやりたいが、今は何も言えない。 「覚悟ができたら言ってよ。僕はいつでも大丈夫だから」 「…お前は辛くなったりしねえのかよ」 「我慢強いから平気」 「あっそ…」 「なんで残念そうな顔するのさ。僕は強姦したくないから我慢してるんだよ」 「う、うるせー!ンなこと言うな!!」 「はいはい」 そう言うと雪男は徐に立ち上がり部屋から出て行こうとする。 「どこ行くんだよ?」 「トイレ」 「なんで?」 「なんでって…好きな人とあんなことしたら生理現象が起きるでしょう」 当たり前のようにして言う雪男に、燐は目をパチクリとさせて瞬きをした。 「それって…勃ったってことか?」 「…ハッキリ言うね。まあ、確かにそうなんだけどさ」 「………」 「なんで黙るの」 「…いや、なんか…不安が一個無くなったから」 自分で反応してくれなかったらどうしよう。そんな燐の悩みのひとつがあっさりと解消されてしまったのだ。 「ああ、そう言えば僕がどうとか言ってたもんね」 クスリと笑って、雪男は自分の下半身にちょいちょいと指を差した。燐も自然とその指の方向へと視線が行き、ほんのわずかに膨らむ布を直視してしまう。 「なんなら見てみる?」 「見たい」 「…冗談なんだけど」 「なんだよ、嘘かよ」 それはもう残念そうにして言うので雪男は小さくため息をついた。きっと心の中ではそれはもうたくさんの理性を総動員させて馬鹿兄と思っているのだろう。 燐は徐に立ち上がり、雪男の前に行くと手を握り肩に顔を埋めた。息を吸うと肺の中にいっぱいの雪男の匂いが入ってくる。 それがなんだか幸せだなと思い、燐はそのまま肩に頬ずりをした。 「なあ、雪男」 「なに?」 「あのさ、もうちょい待っててな」 「うん、大丈夫だよ。言ったでしょ?僕は我慢強いって」 「うん」 ぎゅうっと手を握り返され、空いているもう片方の手が腰に回される。密着する身体に我慢強いなんて言ってるくせに、下が当たってるぞとからかってやりたくなる。 「あのさ…ちゃんと、お前にやるから」 「うん?」 「その、俺の…初めてとか、処女だとかをだよ…」 「……兄さん、煽らないでよ」 「ふひひっ」 「なんで笑うのさ。こっちの身にもなってよ!」 「なんでって、嬉しいからだよ」 そう言うとギュウギュウと抱きしめられ、当たる欲望がより強くなるのを感じる。雪男もそれにきっと気が付いているのだろう、だがそれでも身体を放さなかった。 抱きしめられながら「今の僕、格好悪い…」なんて言う情けない声が耳元で聞こえるものだから燐はまた笑ってやった。 今はただその欲望が嬉しかった。まだ雪男の言った覚悟だとかは出来てはいないが、それでも嬉しい。 燐も同じように唇を耳元に寄せ、囁いてやる。 きっともうすぐだから。 一 歩 を 進 む た め の そ の 一 歩 2011/11/27 top |