青の祓魔師



「起きて、兄さん」

ユサユサと揺さぶられる感覚で目を覚ます。雪男がわざわざ起こしてくれているのだと燐はすぐに理解したが、頭はまだ覚醒していない。
それにおかしな夢をみたようなとベットにうつぶせに寝ていた身体をもぞりを動かす。
そうだ、おかしな夢だったのだ。弟が奇妙なノートで使い魔の契約だなんて悪趣味な事をする夢。

いくらなんでもあの雪男がそんな非道な事をするはずがないとぼんやりと考えながら大きな欠伸をした。起きなければと思う、だがそれでも頭は眠いと睡眠を要求してくるので、燐は欲望のままあと五分と口を開こうとした瞬間。

「ひぎっ!!!」

「早く起きないと、もっと締め付けられるよ」

「おおおお、起きる!!」

慌てて身体を起こすと尻尾を締め付ける痛みが治まった。それにほっとするが、それと同時にとある現実を自覚してしまい、燐は急激に泣きたくなった。

「ほら、今日は学校に塾もあるんだよ。さっさと起きる」

弟である雪男の右手と左手。そこにはノートとペンが握られていた。
夢ではなかったのだ。あの恐ろしい契約を説明もなくされ、おかしな命令まで出されてしまったと現実。

「ゆ、夢じゃ…ない…」

ああ、そうだったのだと、頭を抱えたくなるが雪男が視線でチクチクと早く動くと訴えてくるので、燐には現実を嘆く暇さえなかった。

そこからは時間に余裕があるというのに燐は大慌てで準備をした。顔も洗って歯も磨いて朝食を一緒に食べて、朝の支度を全て終えたので洗い物をしていると雪男が食堂の椅子をポンポンと叩いた。それは雪男が座っている隣の椅子で、燐は躊躇しながらもそこにいそいそと座った。

「兄さん、昨日の命令ちゃんと覚えてる?」

「…し、しらね」

「嘘ついたら、もっと酷いこと書くよ?」

「ひっ…!…〜っ、お、覚えてるよ!!」

「それじゃあ言ってみて」

「………」

「兄さん」

少しきつめに呼ばれて、燐は身体をビクリと震わせた。どうして弟である雪男にこうやってビビらないといけないのかと泣きそうになるが、酷い命令を書かれたら燐はそれを自分の意志とは関係なく実行しなくてはいけなくなる。
それが嫌で燐は渋々と昨日の命令を答えた。

「じゅ、塾が終わったら…まっすぐ帰る…」

「うん、そうだね。寄り道は絶対にダメだよ。友達に遊びに誘われても断る事。買い物ぐらいだったらいいけど、その場合はちゃんと僕に伝えてね」

「……お、お前のいう事に、暴れない…文句を、言わない…」

「うん、暴れたらより一層酷いの書くからね。ちゃんと覚えておくように」

「………あ、あとは…忘れた」

そう言って燐はとうとう顔を真っ赤にしてうつむかせた。本当は覚えているのだ。
だけど言ってしまうのがなんだか酷く恐ろしくて恥ずかしかったのだ。この命令はどう考えても雪男が燐に対して何をしてもいいということになっている。
しかも同意の上で。それを認めるのが怖くて恥ずかしいのだ。

「本当に忘れたの?」

「わ、忘れた…」

「そっか、それじゃあしょうがないね」

何かされると一瞬身構えたが、雪男は学校の鞄に手を伸ばすだけだった。特に何もされる様子が無くてほっとするが、鞄の中から取り出した物に青褪める。

「ゆ、雪男!!」

「なに?兄さん」

「ななな、何を書く気だよ!?」

雪男の手にあるのはやはりあのノートだった。どうやら鞄の中に入っていたらしい。
燐が大慌てで何かを書こうとする雪男を止めに入ろうとするが、また尻尾に激痛が走った。

「な、んで…!?」

「ほら、僕の命令であったでしょ?“僕がすることにいちいち暴れない、文句を言わない”って」

まさかこんな些細なことでも効果を発動するだなんてと燐は激痛に身悶える。痛みのあまりに椅子から転げ落ち、その場で身体を丸くしてなんとか痛みをやり過ごそうと必死だった。雪男と言えば、何食わぬ顔でテーブルにノートを広げて新しい命令を書いている。

「ゆ、き…」

「ん、もういいよ」

そう言うと締め付けられる感覚が無くなり、燐は少しだけほっとする。もう今朝で二回目である激痛はさすがに堪え、燐はふらふらと先程座っていた椅子に手をついて何とか立ち上がろうとした。

「ほら、次の命令」

“朝食の味が無くなるまでキスをする”

次の命令に、燐は顔を真っ赤に染めあげた。思っていたよりも可愛らしい命令で、身構えていた自分が馬鹿みたいだと思った。顔を赤く染めながらもこんなの命令じゃなくてもしてやるのにとひっそりと思う。

「命令は絶対だからね」

ほら早くと燐の腕を引っ張り、不安定な身体はすぐに雪男のほうに倒れこんでしまった。それを受け止めると、雪男はまた燐を両足で立たせてニコリと笑って見上げる。

「膝の上、乗って」

ぽんぽんと、先程食堂の椅子に座るよう促したのと同じで有無を言わせぬものだった。

「な、なんで膝の上なんだよ」

「いいじゃない、乗って。じゃないとキスしたくない」

なんて我儘な奴だと思うと同時に、なんて可愛い奴だとも思った。燐は仕方がないなと嫌そうな素振りをしつつ、雪男の膝の上に跨った。
膝の上だから距離が近く、前を向けばすぐ目の前に雪男の整った顔があるからなんだか気まずくて顔を俯かせて視線を逸らした。

「ちょっと、それじゃあキスしにくいよ?」

「わーってるよ…って、俺からなのか?」

「当たり前でしょ」

「………」

「に、い、さ、ん」

名前を呼ばれ燐は恐る恐ると顔を上げ、雪男の頬に軽く口づけをする。次に額、その次に眼鏡をテーブルの上に置いて瞼へと軽いキスを繰り返すと雪男はくすぐったそうに身を捩った。それに気を良くした燐は命令されていたことを忘れてそれを何度も繰り返した。

「兄さん…命令と違うよ」

だが雪男にじとりと睨まれて、見せつけるようにしてテーブルの上に置いてある開かれたノートをトントンと人差し指で叩く。燐はようやく命令を思い出し、慌てて自分の唇を雪男の唇へと寄せた。

「んっ…」

味がしなくなるまでと、燐は雪男の膝の上で必死にキスをした。最初は軽く触れ、上唇をはむはむと軽く甘噛みするが、雪男は一向に反応してくれない。ただキスをし続ける燐を黙って瞼を開けてみているだけだった。

「ん、ふっ…」

「…そんな軽いキスじゃダメだよ。もっと舌使って」

まったく動く気配のない雪男に燐は少し焦れる。少しぐらい動いてくれたっていいじゃないかと思ってしまうが、その文句ももしかしたら命令違反になるのかもしれないと思うと何も言えなかった。

「ん、ふぁ、あ…」

「ん…上手上手」

ニコリと笑う雪男。燐は言われた通り、雪男の口内に拙いながらも舌を侵入させていく。
おずおずと舌を入れると雪男の口内からは先程食べた目玉焼きとトーストの味がした。自分からも雪男にその味が伝わっているのだろうかと思うと少し気恥ずかしくなる。

ゆっくりと雪男の舌に自分の舌をチョンと触れさせると、雪男がようやく舌を動かしてくれた。すると突然後頭部を片手で掴まれ、じゅるると音をたてるほど強く舌を吸われて燐は咄嗟に舌を引っ込めようとした。だがまるで放さないと言わんばかりに雪男は燐の舌を歯で噛む。

「ん、んん、っ…む、ん!」

何か喋ろうとしても唇が引っ付き、舌が噛まれているから何も喋る事が出来ない。幸い噛まれている舌はたいした力ではないからそんなに痛くはなかったが、うっすらと目を開けると逃げたら酷いよと目で訴えてくる弟の姿が見えて、その噛まれた舌を逃げさせることすら出来なかった。
挟まれていた舌を解放されても、何度も吸われ、裏側まで舐められると燐の身体はとうとう疼きだした。呼吸ももう隠せないほど甘ったるく、下半身に熱が集まりだす。
だがそれでも息をつく暇もないほど長く乱暴なキスをされ続けた。

「ふう、あ、ふ…ゆ、き…っあ…」

「兄さん、気持ちいい?」

「ゆき、く、るひ…ふぁ、ぁ、ひっ…」

「ん、ちょっと待ってね」

そう言われてようやく解放されたと思ったら雪男は口をもごもごと動かし始めた。一体何をしているのかと、燐はその間なるべく気づかれないように疼く熱を覚まそうと深く深呼吸をした。数回肺の中を酸素で満たすと、肩で息をしていたのも少し落ち着いてくる。

「ん」

「…ゆきお?」

「ん」

雪男は燐を見上げてそれだけしか言わず、これはキスをしろという事かとようやく気が付く。だがよくよく見ると雪男の頬は少し膨れていた。

「…雪男くーん、これは一体なにかな?」

「………」

「も、もしかして…唾液?」

「ん」

コクリと頷き燐はピシリと身体を硬直させた。弟の意図は分かった。この頬に含まれている唾液を飲めと言っているのだ。

「無理」

「んむ!」

夢中になってキスをしているときは気にもしないのだが、こうやって一旦落ち着いてからだと途端に他人の唾液だとかそういうものを意識してしまう。燐は雪男の膝の上でもう終わりにしようと首を振って言うが雪男は不満そうな顔をしていた。

「ほ、ほら、飯の味がしなくなるまでだろ?もう味ほとんどしねえ、うぉわっ!!」

なんとか説得しようとすると、膝の上に乗っていた燐の身体が持ち上げられ、テーブルの上に倒される。硬いテーブルの感触を背に、燐は咄嗟に閉じていた瞼をおそるおそると開けた。
するとそこにはとても不機嫌そうな雪男の顔が。

「ゆ、ゆき、んむっ」

雪男は燐の顔の両側に手を付きキスをした。だが燐はかたくなに口を開けようとしない。すると尻尾のほうがだんだんと窮屈になっていくのが分かった。どんなきつい命令でも笑顔で受け入れるというあの忌々しい命令が効いているのだ。
じわじわと締め付けるような感覚に燐はあの壮絶な痛みを思い出した。今、ここで口を開かないとまたあの痛みを味わうのだ。
雪男もそれに気が付いているのか、無理やり口を開けることもしない。ただ燐が自分の意志で開けるのを待っているのだ。
あの鬼畜眼鏡めだとか、今日の晩飯魚は無しだとか、散々心の中で罵ってもう本当にダメだという所で燐は恐る恐ると口を薄く開いた。

「ん、ふ…」

ごぷりと音がするほど溜めこまれていた唾液は雪男の口内から燐の口内へと注ぎ込まれる。ねっとりとするその感触を味わいながら喉がゴクリと数回鳴り、口の端からは漏れだした唾液が一筋流れていた。

「うん、いい子」

ちゃんと飲んでくれたねと雪男は先程の不機嫌そうな顔はもう消えてなくなっていた。それに少しほっとしつつも、なぜだか一気にどっと疲れた感じがする燐。

「ねえ、どんな味だった?」

「…め、だまやき、と…トースト…あと、お前の…味」

「うん、僕もしたよ」

コツンと額を合わせ、グリグリと動かす。雪男はチラリと時計を見ると燐の身体を起こし身なりを整えた。

「さっ、命令はクリアしたから。そろそろ学校に行こうか」

「う、うん…」

「…兄さん」

呼ばれて燐はビクリと身体を跳ねさせた。

「興奮してるでしょ?」

次はギクリともう一度身体を跳ねさせる。

「き、気のせいだよ…」

「だってモジモジしてる」

「こ、れは……」

何も思いつかなくて燐はとうとう黙り込んだ。雪男はそれにクスリと笑うと燐の頬に優しく触れる。

「ごめんね、さすがに今からじゃあ時間が足りないや」

「だから、気のせいだって…!」

頬を何度も擦られ、耳を軽く弄られると身体の疼きはさらに増していき、顔を赤らめ期待を映した目でブルブルと身体を震わせ雪男を見た。

「だからこれで我慢してね」

そう言って雪男が取り出したものに燐は一気に青褪めた。





2011/09/4
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